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柳田国男100年の旅 晩餐会

行程
平成20年7月21日(月)
【晩餐会】
総合司会 秋本 治
18:00〜18:10 開会挨拶 黒木勝実(実行委員長)
18:10〜18:20 歓迎の挨拶 原田俊平(五ヶ瀬町副町長)
18:15〜18:20 乾杯 石井勇(五ヶ瀬町地域振興課特別対策室長)
感想:一言コメント


歓迎行事

於 やまめの里 えのはの家
秋本 治(総合司会)
 みなさん、どうも長い道中お疲れ様でした。そして、皆様全員ご無事で最終目的地まで到着できましてありがとうございました。これもひとえに皆様のご協力の賜物でございます。スタッフの皆様も長い間しっかりサポートしていただきましてまことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 特に実行委員長を務めて頂き、名ガイド役を発揮して頂いた黒木勝実さんは、長い間、闘病生活を続けられましたので、当初はこの役を引き受けられるのを躊躇されていましたが、この三日間にすっかり体力も自信を取り戻されて、昨夜は鶴富屋敷で「完全復活宣言」をなされました。まことにおめでたい限りでございます。それでは、早速実行委員長の黒木さんに開演の始めのご挨拶をお願いします。

黒木勝実(実行委員長)
 今回は柳田国男の旅を追体験することによって、彼がどのような人々に出会い、何を考え、何を求めようとしたのかという「柳田学の原点に迫る旅」に仕立てたいという思いで出発しました。果たしてその旅に近づくことができたかどうか、それは皆さん一人一人の思いがどうであったかでありますが、とうぞご遠慮なくお聞かせ頂きたいと思います。
 私は、綾部先生の所に伺うと、会うたびに、非常なる感動を覚えるのです。今日も熱い感動を禁じ得ませんでした。とうとうここまで感動の余韻を引きずって来ました。
 今回は、そうした感動は、まず出発の南郷で出会いました。本来、椎葉村が中心になって峠の伐開作業をやるべきところですが、南郷の職員の方でしていただきました。柳田が難渋した笹の峠を、10日間も汗水たらして、然もブトに食われながら、あのようにきれいな歩道を確保して頂きました。外にも感動することはいっぱいあります。
 今日も大河内の椎葉徳蔵邸に行きましたら、なんとまあ、十数名の地区の方々がお茶、お菓子の接待でもてなして頂きました。更に、松木ではバスを止めて龍神館の椎葉英生ご夫妻が、手作りの饅頭やお茶の差し入れをしてくださいました。これぞ、椎葉の村民心からのおもてなしで、本当に感激でヒートしっぱなしでした。これは、このままで終わらせてはいけないなあと、その大枚をはたいてこの「柳田国男100年の旅」に参加頂いた皆さんのためにも、ひとつでも何かの形でこれを継続することができればいいなあという思いでおるところであります。
 今回の計画は、実は、熊本の民俗研究家、江口司さんの「99年柳田国男を歩く」という熊本日日新聞連載が発端でした。シナリオは秋本会長さん。江口さんを柳田国男に扮して3日間皆さんと一緒に付き合う「民俗の旅」という段取りでした。ところが、こともあろうに彼は三角の海から浄土に旅立ってしまいました。これが一番残念なことであります。
 秋本会長のもって生まれた緻密な企画力と行動力によって旅を継続することができました。皆さんの熱い思いを抱いて参加された人々に支えて頂きながら無事、今日の千秋楽を迎えることができたわけで本当にありがとうございました。心から御礼申し上げます。
 三日間の旅をただ漫然と終わるのではなく、今回のイベントをどのように総括するかということが大事だと考えます。秋本さんがやるイベントは、常にやったことに関するきちんとした反省をして幕を閉じるのがセオリーであります。どうぞ皆さん、今後につながるすばらしい旅にするためにも、ご意見をいっぱい頂きたいと思います。以上心から感謝を申し上げ厚くお礼を申し上げます。

秋本 治
 ありがとうございました。それではここで五ヶ瀬町の原田副町長さんにもご出席頂いておりますので来賓のご挨拶を頂戴したいと思います。

原田俊平(五ヶ瀬町副町長)
 本日は『柳田国男100年の旅』ということで2泊3日の最終日、皆さん一番お疲れのところに参加させて頂きまして誠に有難うございます。今日は役場から私と地域振興課特別対策室長の石井と担当の奥村の三人でお伺いさせて頂きました。今回の『柳田国男100年の旅』ということで『霧立越の歴史と自然を考える会』の秋本会長は、非常に地域づくりに取り組まれ、日本民俗学を含めた形のいろんな取り組みをやられています。特にこういった中山間地域の着地型旅行という事で、地域密着型の旅行をいろいろ企画して、観光協会を含めていろいろとやっているところです。
 五ヶ瀬町も今、地域づくりに一生懸命取り組んでいます。鞍岡地区と三ヶ所地区と桑の内地区と大きく分けて三つのグループに分かれるんですが、ここ鞍岡地区については五ヶ瀬ハイランドスキー場、日本最南端の天然スキー場を中心にここでなければできない地域づくりをやっています。それから五ヶ瀬町の中心部、三ヶ所地区はGパーク総合運動公園で、非常に夏は涼しいということで、夏場の気候を生かしたスポーツ合宿に取り組んでいます。色々な実業団や学生を含めて約五千人程度の方々が今五ヶ瀬で夏場の合宿に利用されています。それから桑野内というところでは、グリーンツーリズムということで地域資源、ワイナリーや農業を活かした地域づくりをやっています。今9軒の農家民泊ができていますが、先週から中国の修学旅行生が度々訪れていまして、二ヵ年に約千名程度のお客さんが利用されているということです。
 今日は最終日ということで皆さん大変お疲れでしょうけど、最後に総括のパネルディスカッションもあるということですから、思い出に残るいい旅になることを祈願いたします。今日は懇談会の方でお世話になります。宜しくお願いいたします。

秋本 治
 原田副町長様ありがとうございました。それでは、乾杯のご発声を五ヶ瀬町地域振興課特別対策室長の石井勇さんにお願いしたいと思います。今回は、南郷、そして椎葉、と、それぞれの地域で差し入れ頂いた飲み物で乾杯をさせて頂いていますが、五ヶ瀬町では五ヶ瀬ワインを差し入れて頂きましたのでそのワインで乾杯をお願いします。石井様よろしくお願いします。

石井勇(五ヶ瀬町地域振興課特別対策室長)
 本日は『柳田国男100年の旅』ということで、皆様におかれましては大変ご満足をされたんじゃないかなと思います。そして元気にこの地に到着されて安心されているんじゃないかなというふうな気がしております。皆さんの方がお詳しいんですけれども、私達もこの地域にブナ林がありまして、これを地域の宝物として多くの人に知って頂きたいし、多くの人に訪れて頂きたいと企画をしております。是非五ヶ瀬のファンになって頂いてそして周辺の人達に一人でも二人でもお声を掛けていただいて、隣近所の方とお誘い合わせの上またここにお出で頂けたら有り難いなあと感じているところです。
 少しワインのPRをさせてください。今日皆さん方の前にあるワインはナイアガラといいまして、昨年日本のワインコンクールで一位になりました。五ヶ瀬のブドウで造った五ヶ瀬ワインです。このワインで乾杯したいと思います。お気に入っていただけましたら、1本でも2本でもお買い上げいただけたらありがたいなあと思っているところです。それでは、皆さんの旅が無事終わり、今夜のパネルディスカッションが実り多いことと、ご参加の皆さんのご健勝とご多幸をご祈念申し上げまして乾杯します。乾杯!。

秋本 治
 石井様ありがとうございました。それではごゆっくりお召し上がりください。尚、先ほどご説明がありましたように日本のワインコンクールに入賞した五ヶ瀬ワインでございますが、必要な方は、お申込用紙を配りますのでご記入ください。後ほど係りのものが持参いたします。ありがとうございました。

感想:一言コメント抜粋

秋本 治
 宴もたけなわのところ失礼します。アルコールも程よく回ってリラックス頂いたところですが、皆様の感動覚めやらぬうちにご参加されての観想など一言コメントを頂戴したいと思います。どなたからでも結構です。どうぞ。

■広島から参加しました黒木です。一つ一つ取り上げても本当に感動の連続でまだ勢がつきません。それで最後に、今回は焼畑とか狩のお話をお聞きしましたけれど、私は松岡国男の詩を読み上げて私の総括と致したいと思います。
松岡国男【野辺のゆきき】より (※松岡国男は柳田国男が養子に行く前の姓)
ある時
○人まつ山のももちどり ことしも群れて遊ぶなり めでつる君はなけれども 花は咲きけり、この春も
○あまり昔の恋しさに このやま里に来て見れど 変わらぬものは野山にて 我は一人になりにけり
○なぐさむよしもありやとて 夕のかどに出て見れど ちまた吹き来る風ならで 我をとぶらふものも無し
○物おもふ我をあわれとて なきつる人はありけれど 遠きやま辺のおくつきに おきて来つればすべもなし
○むかしはさしも白かりし 麻のさごろも袖ぬれて けがるる迄ぞかるるなる いたはりもなき市のちり。
以上です。(拍手)

■最初の日から参加しています、久留米の古賀ヒロシです。私は、ここ「やまめの里」に一番最初の時には霧立越で実は泊まったんですが、それから後メールの会に参加させて頂きまして、それからずっともう4回目、5回目くらいになります。それでほんとに今日の企画、江口さんのメールもずっと読んでおったんですが、秋本さん、黒木さんがこれだけずーっとやって頂いてほんとに素晴らしいと私はそう思います。一言だけですが、今回の皆さんが南郷町から椎葉そして五ヶ瀬、山都町の人もお出で頂きました。このように霧立越の地域を中心に活動頂いて100年の再発見です。まあそういう事になります。100年のうちに日本は変わってしまってますよ。そこをどうぞひとつ大切にして続けられるようにお願いしたいと思います。(拍手)

■佐賀県から来ました木原と申します。古賀さんが佐賀に若い頃おられて古賀さんの紹介で参りました。そのところに立つということの意味深さを痛感しております。私の先祖も平家ということで、佐賀県はですね、福岡、長崎両県のところの山に平家の落武者の集落があって、私は歴史文化を知るということは非常に人生にとって、人の生き様を思う訳で、私も残り少ない人生を心豊かに生きたいと思っております。そこに立つという意を痛感しております。以上です。(拍手)

■皆様こんばんは、鶴ヶ野トモコと言います。普段は歯科衛生士という仕事をまだ大学でやっております。いつもは「みんな歯磨きしてる?」とそればっかり言っているんですが、今度はこの美しい椎葉の自然に触れまして、もうほんとに深い緑と青い水をしっかり受け止めましたので、今度は歯磨きの後に「みんな大きな緑を吸って息をしてる?」と言うことを加えようと思います。(拍手)

■こんばんは、しろながです。民俗学会にはいって30年になります。昔はこうだったではなくて、100年後の今はこうなんだと、そこだけで終わったらだめじゃないかなと思うんですよね。温故知新でございますので来年は「どんげすっと?」と黒木さんに質問したところでございました。見守っていきたいと思います。(拍手)

■延岡市北方から来ました小野でございます。子ども会とか子供の部活の関係でこの夜の会だけ参加させて頂いております。柳田国男100年の旅という事で参加したかったんですけど、まぁ時間と空間は制限がありますけど空想力は無限ですので、行ったつもりで参加させて頂いております。子ども会ですので、先ほどの方も言われましたが、未来につなぐ事を子供に教えていけたらいいかなと思っております。そういう活動の中の一環として今回のこの会に参加してよかったなぁと思っております。どうも有難うございました。(拍手)

■高鍋町から参りました山田と申します。高鍋町はよく知られてないんですけれども、秋月三万石でごさいまして、福島県の米沢藩に上杉鷹山、成せばなる成さねばならぬ何事もとあるんですが、この上杉鷹山は高鍋の秋月藩の出でございます。それと孤児の父と言われております石井十次という先覚者がいるんですけど、この間、松平健とか竹下景子とかその他いろいろ出ました映画がありまして、私もエキストラで出ましたが非常にあの辰巳琢郎の前でノーカットで嬉しいばかりでした。
 今のが高鍋のピーアール2つです。次にシンポジウムのことですが、一つは黒木勝実さんの人脈の多彩さにびっくりしたのと同時に、ご病気からの回復をこの眼でしっかり見ることが出来ましたのが一つの大きな収穫です。言うならば現代の柳田国男じゃないかと。それから高鍋の先輩になられる綾部先生の、今日おじいさんの話がありましたね。芝刈の、あれはどういう結論かよく分かったんですが、おばあさんのほうの桃のどんぶらこはまだなかったので、なんかの機会があればその時知りたいと思います。(拍手)

■宮崎市の大津留です。この一ヶ月間にですね、大河内の演習林に3回行きました。もう椎葉に浸かってですね。それからクマタカに憑かれているんですけど、今日不土野に行ってご主人さんに聞きましたらクマタカとタカはあの向うの山にしょっちゅう見るそうです。そしてお宮さんがあってそこから時々将軍家にクマタカを献納しよったそうです。昨日は尾前さんにクマタカのことについて聞いたんですけど、クマタカは巣を三つ作って一つの巣にヒヨコを孵らかして、一羽の時もあれば二羽の時もある。これがあのクマタカに浸かった男です。(拍手)

■大分の清水と申します。どうも大分といいますとマスコミで大変評判が悪くなってしまいまして、大変申し訳ありません。教育長に代わりましてお詫びを申し上げます。(大笑い) もう、ほんとびっくりしました。こういう状況になりまして私も心苦しい思い出一杯なんです。
 実は、私がもう還暦を迎えるんですが、30年前の30才くらいの年だったと思いますが、その時の会社の旅行で、実は椎葉や五木村とかに旅行で回ったんです。時期が同じ頃だったと思います。その時は道の便が悪くて大分から熊本に行って、熊本市で泊まりまして、朝早くみんなと一緒に車で回ったんですが、どう回ったかは覚えておりません。ただ覚えておるのは台風の後かなんかで雨の中を回って大きな吊り橋があった事や、道が狭くて今日みたいにぐるぐる回って行って、途中で工事をしていたおっちゃん達がおって、その道がとうせんぼになっとって、そこを車が来たちゅう事で工事をやめて渡してくれて行った。その先に、えのはの食事を頂いたのはどこだったんかなぁとよくわかんないんですけども、そういう所を回りました。
 その当時、家内と結婚しましてその時にお腹が大きくてその旅行に連れて行けなかったんです。その時こちらの方を回った旅行が大変思い出深くて楽しくて、またいつか行ってみたいなぁと思ってましたところ、ちょうど西日本新聞で小さく紹介記事が『柳田国男100年の旅』というのがございまして、ハッ、これこそ天に恵まれた旅行だなぁと思って家内の罪滅ぼしの為に今日参ったような事であります。
 そんな中で今日お邪魔させてもらって、昨日から鶴富屋敷でお食事を頂き今日色んな山の中をグルグル回って楽しく過ごさせてもらった、そして素晴らしい先生方のお話を聞かさせてもらった。ほんとに嬉しく楽しく思い出しているとこであります。ここが民俗学の原点なのかなぁと思いながらジワジワ味わっているとこであります。家内に代わります。(拍手)

■主人について来ました。初めて椎葉に来まして大自然にすごい心を酔わせて頂きました。グルグル回るうちにちょっとバス酔いいたしまして、それから綾部先生の尺八にも心酔わせて、バスの中では甲斐先生の歌にも酔わせて頂きました。有難うございます。そして今ステキなワインに酔っております。皆さん有難うございました。(拍手)

■福岡から参りました福田でございます。椎葉の自然の豊かさ山の高さ、谷の深さ、そしてそこらにお住まいの方々の心の豊かさ、これに大変感激致しました。そしてここにお集まり頂きました連日爽やかな少年、少女にお礼を申し上げます。有難うございました。(拍手)

秋本 治
 ありがとうございました。それではまもなく総括のパネルディスカッションを開催したいと思います。お食事がまだお済みでない方は、お済ませ頂いて、ひとつご準備方お願いします。

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第13回霧立越シンポジウム
九州脊梁山地文化圏
平成22年10月24日〜25日


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第11回霧立越シンポジウム
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森シンポジウム
―地域の光の創造と発信―
1992年10月25日

五ヶ瀬ハイランドスキー場
パネリスト
竹内宏氏(長銀総合研究所理事長)
後藤春彦氏(三重大学助教授)
藤井経三郎氏(リブ・アソシェーツ代表)
車 香澄氏(福岡大学教授)
長沼武之氏(宮崎県観光振興課長)
秋本 治 (やまめの里代表)
コーディネーター
鈴木輝隆氏(落ち穂拾いの会)



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2009.03.10〜