霧立越

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第9回・霧立越シンポジウム

過疎山村の町村合併を考える


平成14年11月22日(金) 五ケ瀬町町民センター

第二部 パネルディスカッション

◎パネリスト
鈴木輝隆氏
青木一義氏
小笠まゆみ氏
◎コーディネーター
秋本 治
◎総合司会
黒木勝実氏


秋本 それでは、これから私の方で進行させて頂きます。先ず、お断わりとお願いですが、パネリストの皆様方には、本来、先生とお呼びしなければなりませんが、和やかに進行させていただきたいので、これからはひとつ、さんづけでお呼びさせて頂きたいと思います。よろしくお願いします。
 先ず,先ほどご講演を頂いた鈴木さんです。引き続きよろしくお願いします。それから、青木一義さんです。青木さんは、かつて町会議員もされていましたが、実は熊本県境近くにお住まいでありまして、家の庭先に県境があるという境遇にあります。青木さんの地域は、学校も保育園から高校まで熊本県で、農協も宮崎県と熊本県の両方に入っていられるという地域です。昭和31年の合併時は、熊本に合併するということで一大運動を展開されましたが思いが叶わなかったということであります。今は、悠々と晴耕雨読の余生を楽しんでおいでです。
 それから、小笠まゆみさんです。小笠さんは、五ケ瀬の伝統あるお茶の産業を育てられ、お茶の生産から販売までを長年取り組んでいらっしゃいます。有名な小笠園の若奥さんであります。五ケ瀬町のみならず県のいろんな委員等もされて地域づくりにも活躍されておいでです。  それでは早速始めたいと思います。先ず、青木さんからお願いします。先ほどの鈴木さんのお話、そしてかつての五ケ瀬町の合併劇から、今の町村合併についてどのようなお考えをお持ちであるか、お話を聞かせてください。

青木 青木でございます。こういう催しを考えたから青木さんひとつ協力してくれないかという話しがありました。あまり突然の事で即答は出来ないから2〜3日考えさせてくれと言ったんですけど、あまり時間もないということで3日という余裕もなく、また来られたのでこういうことになりました。1町民として合併について考えてみたいということで参加させてもらいました。
 合併の噂といいますか、私は、現役を引いておりまして1町民として暮らしておりますので合併というものが議論されましても、行政から、あるいは住民の関係者から最近話を聞いたばかりであまり詳しくありません。そのなかで私の考えた事は、だんだん合併のタイムリミットが近まってきている。そういう時期になっても合併の話が五ヶ瀬町の中で興らないということは、これは不思議な現象だなと。これは何処かでこの話し合いを起こしていく運動が必要ではないかなと考えはじめておった矢先でした。
 私は、以前にも町村合併を体験しております。その時の苦い経験からいたしまして、皆さんご存知のように私たち住民サイドで考えたいということで昭和の大合併というものを取り組みましたけれども、その時は、私達の願いは叶わず、結局、五ヶ瀬町合併という事になってきたんです。
 その過程から考えましても、今度こそは新しい法律の下で私たちはこの問題を考える事が出来るわけですから、市町村合併問題というのは、自治体自身の問題であり、何よりも住民の意思で最終的には決定されるべきであると私は考えます。今の合併問題は、国が旗を振って県がパターンを決めているような形になっていますが、これは私の考えからするには間違っていると思います。
 ですから、この合併については五ヶ瀬では白紙で考えたいというふうに私は思います。ま、そういう考え方からしますと五ヶ瀬町民の一人として町民の目線で考えた場合、今、平成17年3月までの期限で来年意志決定ということでございますので、今どうするかということは、そういう意味合いで急いで合併をしなければならないという理由はありません。だから、私は合併についてどう考えるかと言われれば、今考えられている、進められている合併には反対です。
 五ヶ瀬で起きていることから考えますときに、今、この市町村合併問題について五ヶ瀬町では町長さんが各地区で説明会をして廻っておられます。その時、私共の地区での座談会の時のことですけれども、町長さんの意向としては、今の時点での合併という事には反対の意向であるというふうに語られました。合併しないでやっていく道は非常に険しい。だけれども見通しは、やっていける自信はある。ただ相当な困難が予想されますから、町民の合意を得るために座談会を開いて町民と話し合いたい、というふうに言われました。
 その時点で考えますと、町長さんがそう言われるんですから、私は、町長さんの考えに賛同します。五ヶ瀬町民は、町村合併についてこれから考えていく時に、町長さんを強く支持する運動を高めていくことが非常に大事な事ではないかということを私は考えますのでそういう宣言をしたいと思います。
 今、鈴木先生あるいはコーディネーターの秋本さんが語られたような色んな財政の問題とか、実際問題という事については、又後から出てくる討議のなかで、私の考えを申し上げたいと思います。以上述べまして基本的な合併に対する私の今の考えを申し上げます。

秋本 昭和31年の町村合併の時は、熊本県へ合併するということで随分頑張られた訳でありますけれども、ま、今回は時間もないので合併を考えない方がいいということでしょうか?。

青木 私は、合併問題について町民のサイドから率直に考えを述べたいと思います。それは国の財政問題など現在町の行政にタッチしておられる議員さんとか町長さんとかが数字を色々並べられて申される話は別にして、町民サイドで考えた時、さっきも申したように合併問題は時限立法ですから、タイムリミットがもうないという事ですね。そうして今、初めて町民サイドからこのような催しが開かれたのは今日が初めてといえます。
 私は、合併は将来にわたってしないという考えを持っている訳ではないんです。当然考えなければいけない時期にはきていると。合併を考えるということは今日から考えて出発しても遅くはないんだなと思います。急いで結論を出すには、合併を町民サイドで話すというには、あまりにも時間というのが限られてきているのではないかと私は考えています。
 だから私の合併に対する考え方を、もう少し先のことを申し述べますと、これからは町民サイドで合併問題を考えていきたいと、そうして将来にわたって五ヶ瀬町というのはどうあるべきかと、皆で考えた末に合併問題の結論を出していくことが筋ではないかと、私はそういうふうに考えております。

秋本 なるほどですね。いずれにしましても手続きからしまして来年の5月、遅くても9月には方針を出さなければならないということで時間がないということですね。わかりました。
 それでは小笠さんお願いします。小笠さんは、体調を崩され入院されていたわけで、本日ご出席頂けるか危ぶまれていたのですが、こうしてお元気でご出席頂き嬉しく思います。そこで、小笠さんは、五ケ瀬みどりというお茶の銘柄を確立されてお取り組みですが、ご自身の日頃の合併についての考え方はどのように思っておいででしょうか。

小笠 小笠です。よろしくお願いします。あの、なんで私がここに座っているんだろうかと不思議に思うのですね。私の頭の中では、この合併問題は、町長が選挙で合併はしないとおっしゃっていた時点で終っていたと思っていたんです。今の町長だったら絶対それで引き受けていって下さるんではないかという気持ちが自分の中に強くあったので、申し訳ないんですけれども今の町長だったらどうにかその道を切り開いていってくれるんではないかという思いだけで、合併ということに関してニュースにでても興味をもって目を通すという事は、そうはなかったんです。
 でも、さっき秋本さんがいわれたように合併しなかったらどうなるかということを考えて、その脅しみたいなものに負けて合併をやってしまったらおしまいだなという感じがするんですね。私は、五ヶ瀬が大好きですから五ヶ瀬というものを他の所と一緒にしてもらいたくないんですよ。
 五ケ瀬ならではのものというのもありますし、同じ農業に関しても農産物とか特産物は、やはり寒暖の差の激しい所、それから同じものにしても味の違いがある。こういうものを大切にして付加価値を付けて農業を充実させていくのが大切で、合併してこういうものをぼやけたものにしてはならないと思っています。個性がなくなってしまうというか、五ヶ瀬ブランドというものを考えた時に、合併せずにいた方がこれから大きなチャンスとなるのではないかと思います。今、産地表示とかそういうことがたくさん起きている中で、どこのものとも解らないということが合併した時に起ると思うんです。そういうことを考えますと五ヶ瀬というひとつのブランドとして出すということが、今からは消費者にとって必要とされていることではないかなと思っています。
 で、地産地消運動だとか、町づくりだとか、今まで県でも市でもそうですけれども地域の個性を、ということで推進してきて、いざ国の方から「はい合併しなさい」といわれると、じゃ今までやって来たことは何なのだろうと。そういう個性がぼやけてしまうんじゃないだろうかと。今までのそうしたこと全部を又根本的にやり直して、組み立て直してやらなくてはならなくなるんじやないか、今までのことは何だったんだろうというような状況が生まれ兼ねないという疑問があります。
 先程のシュミレーションの中でも、椎葉、蘇陽、清和と合併したら一人あたりの特例債の金額がいくらだと、西臼杵合併ではいくらだと、こっちと合併したらラッキーなんだけど、こっちと合併したらアンラッキーというその政策自体も私はおかしいと思います。また、果してこっちが高千穂や日之影と合併したいと言っても、高千穂や日之影が五ヶ瀬と合併したいといってくれるかどうかということ、それもまた分らないことです。何処と合併するのか合併しないのかと、何をどう考えていったらいいのか、今後の五ヶ瀬の未来が見えてくるものが何もない状態で五ヶ瀬ブランドというものをあやふやにしてしまう。
 現在、お茶に関してでも、釜入りお茶で日本茶100%というのは五ケ瀬ぐらいしか作られていない、とても貴重な価値のお茶なんですけれども、これの産地は昔から五ヶ瀬だけといっても決して過言ではないと私は思っているんです。なのに、ブランド化されていない、産地化されていない。この状態で又何処かと合併してしまったらどうなんだろうという気持ちがものすごくあるんですよ。
 私達は、消費者と直接出会って、情報を直接発信していける立場にありますので自分達がもっているこだわりとかを伝えていくことは1人でもやっていけると思っているんですね。でも、この五ヶ瀬という五ヶ瀬緑という名前を付けて出しているんです。自分としては生き残れるものなら本当にこのまま合併せずに残っていった方がいいんじゃないかって思います。
 五ヶ瀬は、農林業の町ですから農林業に従事する人に潤うような政策をたてて町独自のやり方をつくりあげていけば、農林業が潤っていく、五ヶ瀬町も潤っていく、それしか生きていける道はないのかなあと思っているのです。そのためには自分が何をやれるのか、どうしたらいいのかということを探さないといけないと思います。只何もせずに生活しているだけではなく、おおいに同世代の人と話し合うことはできますので、そういう人たちと話し合って考えていきたいと思います。
 タイムリミットがきているとか、遅過ぎるとかいうこともありますけれども、私は、皆の意識を高めていく、皆の意識を確認するという意味では、大いに話し合いの場を設けて頂いてもいいんじゃないかなと思います。町長が合併する理由は見当たらないといっているわけですから。私は、合併はしたくないです。はい。

秋本 はい、ありがとうございました。町村の枠組みを替えるということは大変なことになりますね。本当に合併はしない方がいい。只ですね、行政の場合は、例えば財政力指数というのがありまして、人口5千人規模の町村では、標準が0.20というのが五ケ瀬町では0.11で半分しかないことや、借金の比率、公債比率17.5%というのも群を抜いて高い指数にある、年間に10億円づつ借金を返しているわけですから。反面、交付税は今年2億近く減額された。このようなことがこれから2年3年と続いていくことになれば大変なことになりますよということも考えていかなければならない。
 両方考えて、例えば合併しない選択をすれば、今後、道路の舗装に穴が空いたり側溝が壊れたりしても全部住民が直していかなければならなくなる可能性もあるわけですね。合併しても、しなくても、その先が見えないわけですから、見えないものを見えるように議論していくことが大切だということでこのシンポジウムを開いたわけです。
 そこで、鈴木さん。五ケ瀬ではだいたい今お二人が述べられたようなことが合併問題に対して大部分の住民の受け止め方ではないかなあと思うわけですが、今のお話を聞いて鈴木さんはどう思われますでしょうか。

鈴木 今、町の名前やこれまでのことを考えるとそのまま残したいという気持ちは全国的に共通してあることは事実です。只、時代が急激に変化していくという中でですね、例えば都市銀行なんかでも、昔の名前で続いている銀行なんてひとつもないですね。大手の銀行は絶対安定していると思っていたのが時代の流れで名前すら残せなくなったということですね。時代の流れというのはそういうことでとても恐ろしいことだと思うわけですね。
 それで、合併をしないという町でも合併協議会をつくって取り組んでいるのですね。そこのしたたかさも学ばなければいけない。合併しない、または合併するという時に、いろんなことを考えてその裏打ちもしなければならない。数字の積み上げもしなければならないということですね。
 それはどういうことかといいますと、町の職員を雇えるのかどうか、給料が払えなければ町はパンクするということですね。それをどうやっていったらいいんだろうとかですね。いろんなことを考えてその中で間違いを起こさないようにしたたかに生きていかなければならない。
 どんな偉い人でも間違いを起こさないということは有り得ないわけですね。どんな企業だって失敗はある。どんな人間だって私の判断が全て当っていたということはないわけです。でも、したたかに知恵を出して生きてきたので今、五ケ瀬はあると思うのですね。本当に知恵を出しながら工夫をしながら、例えば病院が赤字だと、このままでは倒産しちゃうんだろうかとか、数字を積み上げながら冷静に知恵を出して経営していくことが必要であって、したたかに、力強く、そしてしなやかに考えるということが必要になってくる。
 例えば役場の職員が100人いるんだと、そこで必要なのは70人だとするとそれじゃ30人の首がきれるのかということです。もっと言えば、交付金がどんどん減ってきた時、じゃ何人の職員が雇えるのかと、それで町がやっていけるのかということを冷静に判断して、それでも合併しないということであればそれはありうると思うのですね。
 例えば、小布施の町は合併しないということをやっているのですが、介護保険についても住民と企業が二億五千万出し、町が二億五千万出して介護保険の80%についてはそういう補償ができるシステムをつくっていくとかをやっているわけです。そのように実は、いろんなこまやかなこともいろいろとやって初めて合併しないという方針を出しているわけですね。
 ですから、自分たちの暮しが成り立たないからという勢いだけで、或いは感情でものを言っていてもやっぱり駄目なんですね。自分たちのものを残したいということは、するところまでやって考えるべきだと思うのです。それは、考えるだけではなくて自分たちがお金を出してでも実行に移さなければ駄目ですね。介護保険にしても自分たちがお金を出してでも仕組みをつくっていくということがなければ感情論だけでものをいっていても、それは私は有り得ないと思うのですね。
 そうした補償ができるようなことを町役場とともに考えていく。議員だって本当に減らせるのか、それから財政も試算して本当に経営できるのかということを考えないと非常に厳しい。それは、今の五ケ瀬町の経営的なものから考えると相当な努力をしないと今の住民サービスは続けることができない。今の水準を維持しようとすれば、税金が今の2倍かかる、或いは3倍かかるとしても堪えきれるのか。そういうことまで考えなければならない。
 皆さんが、この町がこのまま生き伸びることを考えて、具体的に数字的でも役場といっしょに積み上げて、歳月を超えてやっていける戦略があるならば、それはやった方がいい。合併するなら早く決めて計画論に入った方がいい。平成17年の3月までに計画を策定しなければならないわけですから。先ほどの特例債の100億とか200億とかの数字もお金を使えるからといってハードの施設で要らないものまで急いで絵を描いても、それは、かえって財政を硬直化させることも有り得るわけですから、それはそのようにしっかり考えなければならない。
 具体的にどうしていくかといいますと、個人的な意見としては、合併論も進めながら、合併しなことも考えて、どっちに転んでも生きていけるようにする。運、不運もあって合併することになっても生き延びていかなければならないわけですから、それは歳月を越えて今生きている世代でできるだけのことを考えて次の世代の人たちにバトンタッチをしていかなければならない。もうひとつは、若い人が住むようになったり、自分たちが楽しく生きれるような基本的なやれることは同時並行的にやっていく、そのことが自信をもってやれる時には、それは合併しようとしまいと生き残れると思うのです。
 今は、感情的なものが先走っているように見えます。裏付けがないと自信をもっていえない。行政もそういうところを自信を持って言わなければ。自信がなければやっていけない。自信がなければないとはっきりいわなければならないんだよと正直に。それくらい厳しいところに今は立っているというところで考えていく。いうならば、ピンチを乗りきるために知恵と工夫と実行力をやっていくしかないのじゃないかということですね。
 いくら皆が議論だけしていても進まない。1歩でもそれを進めるためには自分の金も出す、労力も出すと。汗も出す、知恵も出す、金も出すというところまできているんじゃないかなあとということですね。だから、したたかに皆さんが生きれる方法を議論していく、したたかに五ケ瀬は生きぬいていくんだということを具体的に議論して行動を起こすことが大事だと思うのですね。

秋本 はい。したたかに生きぬいていくためにどうしたらいいのかと、具体的に議論し、行動を起こすんだというようなことでございます。実は、五ケ瀬町も任意の合併協議会に向けて動き出していまして、来年1月中旬には、任意の西臼杵合併協議会を立ち上げる方向であり、議会も任意の会をつくって対応しようということになっております。
 このままでやっていければ一番いいのですが、これまで市は人口5万以上といわれていたのが3万人まで認めましょうということや、町村の規模の最低ラインを一万人にするとかですね。で、1万人を割ったらどうするかというと周辺の合併した市に事務を委託させるようにするとか、県の直轄にするとか、不確定な情報が次々と流れてくるんですね。
 人口2千人の町でも自立していこうというところもあるわけで、それなりの町づくりをきちんとやれば、やってやれないことはないかもしれないけれども、いずれにしても各地で合併は進む。すると今度は県の統合の問題が必ず出てくる。そこで、九州は最初から道州制ができればいいのですが、福岡と熊本と鹿児島の綱引きがはじまる。鹿児島は大きな島もいくつもあるし鹿児島の政治力はとてもじゃないが強いので、福岡を中心とした道州制はそう簡単にはできない。すると南九州の統合が出てくる。
 そうすると鹿児島の政治力からして、とてもじゃないが宮崎はかなわないので、明治時代のように鹿児島に統合されるという可能性もでてくる。すると宮崎には支庁しか残らないわけで、我々は鹿児島まで出かけなければならない事態も起る可能性がある。これは高い確率であると思うのですね。県南地域は鹿児島文化圏でそれで問題がないわけです。その場合はまさに五ケ瀬は熊本側にいた方がいいということになる。このようにあらゆることも想定して考えなければならないわけで、そう考えた場合まさに近隣町村とも知恵比べの時代だなあと思うわけです。
 そこで、森林組合ですが、西臼杵の森林組合が合併しまして当時の組合長の戸高さんがお見えです。戸高さんは、合併問題に対してどのようにお考えでしょうか。

戸高 合併についての考え方ですが、今、いろんなお話がでましたが、先急ぎは無理じゃないかなと思います。町長さんは、自主財源ができればこのままでいきますという確固たる自信の程を見せておられますが、この自信は非常に厳しい自信だと思います。合併すれば、先生方がおっしゃるとおりで、交付金や特例債で充分やっていけるとは思います。それはそれで、各町は町としてその交付金の使い道をどうするかという基本的なことをしっかりしてかからないと結果的には合併したけれどもその交付金は一体どこへいったのだろうということになりかねません。
 農林業の問題では、小笠さんがおっしゃったようにブランドについて、これは五ケ瀬町を残すんだという意気込みはもっとも賛成でございますし、またそれが当然だと思います。そういうことよりも、私は、合併して得られる交付金はどういう使い道をするんだと、五ケ瀬は五ケ瀬としてどういう使い道をするんだと、西臼杵3町なら3町の任意の合併協議会でもそういうところをぴしゃっと決めて、そして町民に改めてまた出して頂くというところで進んでいただきたいなあと思います。
 今でも、林業では材価が非常に低い。40年間育てたものが平均価格で?で1万1千円くらいで今やっているんですが、本当に踏んだり蹴ったりなんです。そういう意味からも、これは個人として言いますならば、なんとか行政からの支援はできないのかと何度かお願いしましたがやはり財政上できないということになっていますけれども、それが本当に合併しないという結論が出た時には益々厳しくなる。個人的にはそういう林業についてもかなり厳しい財政の中で押さえ込まれかねないと思いますので、その任意の協議会の中でこれが一番よい方法だというところまで詰めて、改めて町民とディスカッションをしていただくといいなあと考えます。以上でございます。

秋本 はい、ありがとうございます。合併協議会は、そのプログラムがあってですね、その特例債や交付金の使い方も含めてすべてにきちっとした町づくりの計画をつくらなければならない。それを住民に公表して住民で決めなければならない。議会が決めても住民がそれを覆い返すこともできるような住民主体で決められるようにしてあるわけですね。その作業が22ヶ月くらいかかるということです。
 そこで、したたかにこの町が生き抜くにはどうしたらいいのかということなんですが、産業を振興するにしても住民サービスを高めるにしても、自主財源がなかったら何もできない。自主財源があって、補助金と組み合わせ、起債をして初めていろんな事業ができるわけですから、自主財源を増やすにはどうするかということが地域づくりには欠かせない訳です。その自主財源は、地域に魅力があったらそこから生まれる。その魅力とはどのようなものかということも考えなければならない。
 今日は小田さんがお見えです。小田さんは、京都から鞍岡に移住された方です。4億3千万年前の地層がある祇園山から湧出する妙見の湧き水に感動されて「ここに住みたい」と思って決意されたと伺いました。そこで小田さん。突然振りますが、小田さんから見た五ケ瀬はどういうところでしょうか、また、今回の合併問題についてどのような目で見ておいででしょうか。

小田 突然のことで考えがまとまっておりませんけれども、これまでいろんな方のお話を聞いていて、私は小笠さんのおっしゃった五ケ瀬独自の特性、特色をより出していくためには合併しない方がいいという意見に賛成です。なぜかと申しますと、なんでも大きい方がいい、大きな傘の下におればいいんじゃないかと、そういう国の施策というものがもう見え見えなんですね。合併してもマイナス面がありプラス面がある、合併しなくてもマイナス面がありプラス面があるということですから、住民1人1人がそれを充分認識してこの町をどうしたらいいのかということを考えなければならない。1人1人が責任を持って意見を固めていく、それを地域の声として反映させていくことが大事ではないかなあと考えます。
 それから、鈴木先生がおっしゃった長野県の(野沢組の)お話ですね、地域の住民自治があって地域のことは地域で決めていく、そして外部資本を入れさせなくて地域独自で守っていくというその仕組みに大変共感しました。そのことから考えると、これは最近聞いた話ですが、私たちの近くに大変素晴らしい名水があります。その名水の近くに他所から業者の方が来て土地を買収しましてその名水を商業用として販売するという計画が進んでいるということですね。それを住民の方があまり反論を示さないのが不思議だなあと思います。そのことについていろいろと意見もあると思うのですが、それが表立って地域の意見、町の意見として出てこないというところが非常に残念だなと思っております。
 先生のお話に(早川町の)水税ということがでましたので、これもひとつ水税をとったらどうだろうかと、そういうことが参考になりました。名水というのは大切なもので、人間は体の70%が水でできて生きているわけです。そういう意味からもこの生命の源になる名水を後世の遺産として、これは地元がしっかりと守っていかなければならないのではないかと思います。行政は勿論、近くに住んでいる者も、五ケ瀬の宝としてしっかり守っていくべきではないかと強く感じております。答えにはならないかと思いますがそのように思います。

秋本 はい、ありがとうございました。小田さんのおっしゃったその名水とは、五ケ瀬町の真中にある標高1300m余りの祇園山の裾から湧き出る水で、日本で最も古い地層、シルル紀のクサリサンゴやハチノスサンゴを含む古生層から出ている。イオンカルシュームも12PPMあります。飲んで美味しく、美容と健康にいいとか、この水で病気が治ったとかいう噂があり、県外からもこの水を汲みに来る人が多いわけです。地元では妙見の水と呼ばれて知らない人はないわけなんですが、その価値の認識はあまりないように思いますですね。
 水田の用水として古くから使われていますが、考えてみると4億年の古生層から湧出する水で育てた妙見米などとして販売すれば面白いかも知れない。水質が独特のものなので味も違うかも知れませんねえ。こういう地域の大切なものは、灯台元暮らしで地元では案外気づかないことが多い。この水に魅せられて京都から移住された小田さんだからこその発想です。大切にして議論を起こさなければと思います。ありがとうございました。
 さて、今日はお隣、高千穂の町会議員の方もお見えでございます。せっかくですから、高千穂では合併問題についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。突然に振って誠に申し訳ありませんがよろしくお願いします。

岡部 高千穂の岡部です。夕べの夕刊デイリー新聞を見ましたら、今日のシンポジウムのことがでておりましたので伺いました。町村合併のタイムリミットがきているのに西臼杵では議論が沸かない。そういう状態で私共大変心配しているところです。今まで西臼杵地方というのは、案外、国、県のいいなり行政といいますか、高千穂は特に強いところなんですから、今度の任意合併協議会を1月中に立ち上げるということを新聞記事で読みまして、ちょっとこれは、やはりもっと住民の人たちに情報公開をたくさんして皆が考える、そういう場を作ってからでないと駄目じゃないかなあと思って、今日は五ケ瀬の皆さんのお声を聞きたいと思って参りました。
 最近の情勢をみますと分権一括法がでまして、いよいよ地方分権の時代かなあと思う時に町村合併問題です。これは地方切り捨てに他ならないと私はそう思っています。私たち地元に住んでいるものは、地元を愛したいし、一人一人の人間がほんとに大事に生かされて生きていける、そういう自治体をつくりたいのですね。
 今の政治は構造改革という名のもとに、医療制度から何から全て弱者切り捨て、大変な時代に入ったなあと思うわけですがその中でも、どうしたら私たちの町を元気のある町にしてやっていけるのか、今一生懸命考えているところなんですけれどもなかなか難問です。  先程、長野県の栄村のお話がでました。私は、今年の2月でしたか、自治体問題研究会のセミナーに参加したんですけど、そこに栄村の方が来られてですね、栄村のことを報告されました。あの小さい村が観光客をそうとう呼び、豪雪地帯ながら皆さんがいろんなものを沢山つくって関東方面に産直をやられている。契約栽培で成果を上げられているとかいろんなお話を聞いた時にですね、小さい町でも立ちあがっていける、知恵さえ出せばですね、それを強く感じたんですね。
 だから、先ほど小笠さんもいわれましたけれども、大事な五ケ瀬茶のブランドもですね、やはり自分たちで頑張ってきたものをもっともっと大事にしていきたいというその思いもわかります。
 高千穂町ですといろいろな文化もあります、伝統芸能もあります、自然景観もあります、いろんなものを持っています。だからそういうものを本当に理解しながら、生かしながら、理解しながら私たちの地域を育てていきたい。ということになると今度の合併問題というのは、先ほどからいわれていますように、合併しても、合併しなくても、どちらにしても苦しくなるということです。
 その合併特例債というものが10年間あるとしても、おそらくハード事業に使ってしまうのではないかと、その後はどうなるのか。そうじゃなくて、ここは過疎地域ですけど、過疎法なんかで過疎債を使っていろんな事業も起こせるし、いろいろあるとしたら合併特例債などそんなものは関係なく自分たちの町は自分たちで造るぞと、できたら五ケ瀬の方たちも頑張ってもらいたいし、私たち高千穂町もそのように思っているわけです。ですから、合併には絶対反対したいと思っています。だから、この町の町民の皆さん方と意見交換してみたいとそのように思っています。

秋本 どうもありがとうございました。五ケ瀬から見ればですね。高千穂は、合併してくれたほうが高千穂の中心部が発展するからいいと思う人たちが高千穂にはいらっしゃるのではないかと思うのですが、そこへんはいかがですか。

岡部 確かに、うちの議会では話題にならないのですけど、「皆さんどう考えている?」と私が聞きますと「高千穂は中心部だから、うちはいいよ」と、「かえって周辺部が寂れるだけだから」と、そうおっしゃるのですね。実際、高千穂町が4町村合併でてきた、旧高千穂町に岩戸村、田原村、上野村、これが今どうなったかといいますと、2万9千人いた人口が、1万5千人になり、そして田原村なんていうのは商店街もなくなりました。人が通りません。岩戸の方は観光客が来ますけれど、周辺部は、それは寂れ方が激しいですね。このような町づくりはもうやってはいけないと私は思っているわけです。だから、高千穂の町の人は「内はいいよ、やったって」と。「だから高千穂からは合併しようしようということはいえないんだ」と、「回りが気の毒だ」と、そういういい方をしています。

秋本 はい、隠れた情報をどうもありがとうございました。東郷町からもお見え頂いていたと思うのですが、あっ、そうですか、先ほど帰られたそうです。それでは、これまで会場からも各々の立場でお話を頂いたわけですが、それでは、鈴木さん。これからの町づくりにどう知恵をだすか、手探りの部分が多いと思うのですが、究極の戦略みたいなことはないでしょうか、特に、これは面白いよというような考え方なりヒントになるようなことがございましたら、お話をいただきたいと思います。

鈴木 究極のというのはなかなか難しいのですが、実際、日本の過疎の問題といいますか、山村の問題というのは、世界中の問題でもあるんですが、なかなか解決できないんですね。都市の便利さ、快適さの方にあこがれて、そこへ向っているというのが現実なんですね。大きな流れはそういうふうに行っていると。
 ですから30万の都市をつくって合併をしていくという構想は世界でもないのですが、日本全部を都市にしていくという考え方ですね、これは。フランスでも人口が六千万人くらいで、確か、3万4千くらいの自治体ですから、日本のような大きな自治体を作っていくというのは世界的にも例のない実験をやっているというホントに信じられないというようなことがあるのですね。そういう中で、実際、究極の、というのはむずかしいですね。
 栄村も議会の全員協議会が2日前あってですね、そこでは合併論がいわれているのですよ。自由にそういう論議をしているのです。世の中は、地域も人間も全て生きものなんですね。そういう議論をしながら絶えず柔軟にやっていくという、裏を見ているとそういうところがあるんですよ。
 昨日の夜、早川町の町長と一緒だったんですが、(栄村の合併しない)サミットに出るんですか、といったら、「俺は絶対出ねえぞ」というのですね。「そんなことをやれば、総務省に叩かれるだけだ」と。やはり日本は中央集権で、山村は国からお金をもらっているというのは事実ですから、それは様子を見ながらどこへ有利に進めるかということしかないのですね。
 かなり頑張っているなあ、と思われる村もいくつかはあるんですが、それは本当に数は少ないのですね。小布施でも湯布院でも合併に足をいれながらも自立の道を探っているわけです。私は、やはり先ほど言いましたように、地域は生き物ですから、そこの中でしたたかに行き抜いていく戦略をたてるということしか有り得ないと思うのですよ。
 五ケ瀬もまだ産業的に弱い、観光的にもそんなに強いとは思えない。足腰が非常に弱いですね。やはりまだまだ寄りかかって生きていかなければならない。それをどうやって足腰を強くするかということを片一方ではやらなければならない。そうして絶えず地域に別のエネルギーを入れていかなきゃ駄目なんですね。ひとつのことをやりながら次のエネルギーを入れていくということです。
 どんな産業だって続かない。ITがいいなんて言いながらIT産業もだめになっている。銀行だってだめになっている。昔は米屋がいいといわれていたが駄目になった、本屋さんだってコンビニなんかで売っていてだめになった。若い人は銀行に行かなくなってコンビニでお金を出し入れしてギンビニという。だから、どのようにこれから変っていくかわからない。そういうなかで絶えず別なエネルギーを入れていくことですね。そのエネルギーというのは若い人たちです。究極の戦略ということで言えば、若い人たちをどういうふうに住んでもらうようにするかということになりますね。
 小布施では、今度ケアハウスを作って町外の年寄りの人に住んでもらって、そこから知恵をもらってまた若い人を住まわせたり、高柳町では福祉施設の特別養護老人ホームを作って若い人の働く場をつくるとかですね。とにかく若い人に住んでもらうためにどうするかという戦略を立てない限り山村は生き抜けないと思いますね。今の世代はいいかもしれません。次の世代が住んでいくように若い人をどうやって引きつけるかということで福祉でもなんでも考えられることはあらゆることを考えていくということですね。
 種子島には今、日本のサーファーが300人来て定住しているんですよ。私も15年ほど前からお手伝いしているんですが、初めはサーファーは地元の人に嫌われていたんですね。それでサーファーの人たちと話して、それが今ではサーファーの人に農業をやってもらって、サーファーが作ったサーファー米という名前で売り出すようになった。それから、サーファーの人たちに介護保険をやってもらう。サーファーは、朝4時から夜の8時までサーフィンをやっている、その人たちの元気さで介護保険をやって住んでもらう、農業をやって住んでもらうということです。とにかくそういう戦略をもっていかないと、皆さんの代でこの町がいくら残すかということより、若い人に住んでもらうということの方が究極の一番の戦略だと思うのですね。
 早川町の日本上流文化研究所でも、早稲田の大学院とか筑波の大学院とか、東大からも来たいといって、地域の研究所みたいなところでやりたいといって来るんですね。それは、ホントに安い給料ですよ。それでも集ってくる。こうして若い人をどうやって引きつける魅力のある町にするかという取り組みがいろんなところで起っています。NPOで農業の支援センターみたいなものをつくれないかと、そうすると棚田のようなところも今は駄目だけれど若い人が自分たちで作った組織だとやるかもしれない。
 こうして究極の戦略というのは、合併論も進めながら、一方では若い人にどうやって魅力的なものをつくって支援していくかということを、今ここにいらっしゃる世代の方が作り出さなければそれは有り得ないと思うのですね。自分の子供でさえ、公共事業で、建設事業で呼ぶ以外なかったらですね。学生の来る交流の場みたいなところを作り出したりしているところは結構それなりに皆んな残っているんですよ。だから、学生からも見捨てられる、若い人からも見捨てられることではこれはもう先がない。そういうことまで今の世代の人たちが考えなければ駄目だということですね。
 今までは、自分の子供が帰ってこない教育をしていたんだと思います。そうじゃなくて、どこの若い人でもいいからこの町に住んでほしいということをやる、その魅力あるものをつくらざるを得ないというのが、これからの一番の究極の戦略だと思うのですね。

秋本 なるほど、究極の戦略は若い人を住まわせる魅力をどうつくるかということですね。私が子供のころ、学校区では同級生が60人ほどいました。それが、今では学校の運動会なんかに行って見ますと1学年に10人前後なんですね、6分の1です。運動場に広がるとポツンポツンとしか見えない。そこで思うのは、この子供たちが何人地元に残って、残った子供たちが何人子供を産んでその子供たちが何人残るだろうかと考えてみた時に、これは、もうこの村は消滅するのではないかと思うのですね。少なくとも大半はなくなると。そうでなくても、日本の人口はこれから減少をはじめ100年後には今の人口の半分になるようなシュミレーションがあるわけです。
 そこで、青木さん。このままでいきたいという時に、じっとしてもいずれ駄目になってしまうと。若い人に魅力がもてるような戦略はどういうことが考えられるかということなんですが、どうでしようか。

青木 五ケ瀬は基本的に中山間地帯であるということです。そこで、ここの産業というものを起こしてしていく為には、山とどう向き合っていくかということと、先祖が切り開いてきた農地をどう生かして五ケ瀬の農業というものを守っていき、発展させていくのかということにかかってくると思います。それを都会の人と結びつけてどういうふうにそれを生かしていくのかということが問われていると思います。
 そういう意味では、先程小笠さんのお茶についての話がありましたけれども、水田農業にしても有機農業とか安全な食がほしいという要望が高まっています。だからそういう農業に取り組んでいくならば、先は明るい方向にいくと思っています。
 先ほど、妙見さんの水を汲みにくる人がたくさんいるという話がありましたが、そういう水を汲むということも発想として生まれてくるわけです。そうでなくても、私たちは家族や親族縁者が帰ってくる時に今は水をペットボトルで持って帰って来ますね。そういう現象というのは、妙見さんだけではなくてどこでも聞ける話ですね。
 今、都会では水さえも買わなければならないというような非常に住みにくい都会の生活というものがある。そういうものから比べて見た場合、五ケ瀬に住んでいるということは素晴らしいことだと、これが財産です。私はこのような財産に目をつけてこれを活かしていく取り組みをそれぞれでやっていくならば道は開けると、そういう点で私は楽観しています。
 今の状況をみますと、こんなに水が汚れていいのか、環境汚染といわれますけれども、私たちは水のきれいな山深いところに住んでいて、その水のありがたさというものにどれだけ感謝した生活をしているんだろうかと考えた時、私は農業者ですから農業の立場で考えた時、あまりにも農薬を使い、そして肥料を使ってやってきた自分に気づきました。やっぱり私も水を汚し、空気を汚す農業を50年間もそれをやってきたと。
 じゃ、それを克服して農業を続けていく為には、何かを考えにゃいかんなということで5年ほど前からEM農法を取り入れて一切科学肥料を使わない自然に帰った農業に取り組んでいます。私たちは農家ですから、米はモミで保存しています。それで米を搗いた時に米糠が出ます。その米糠を使って農業をやっていくという試みです。それを始めて6年目になりますけれども、一切肥料を使わなくて米糠だけで米は充分とれていきます。しかも、うまい米が余計採れる。都会の人たちに喜んでもらえる輝いている米がとれます。
 福祉の方で「青木さん、あんたとこの米は確かにうまいし、野菜をもらって食べてみても、なんでもうまいし、どういう農業をやっているか」といわれたので、ま、こうこうだということをいいましたら、「それじゃひとつ老人クラブの活動の中でそれを広げる活動をやってくれないか」と頼まれましたので去年から五ケ瀬町を9箇所まわり、そういう米作り農業を紹介しました。
 皆がそういう農業をやってくれるならば、水もきれいになっていく、自然もきれいにしていくことができるし、全然科学肥料を使わない、そして無肥料、無農薬の米を作っていくならば、これは五ケ瀬のブランドとしていつか日の目をみる時代がくるのではないかとそう考えています。そして、実際それを実践しております。私が回ったところでは喜んで居られます。皆さんがやってもらうならば、その成果は来年からどの集落でも出てくるだろうと期待しております。
 そういうふうに、私の生き方というのは米づくりを通じてそれを実践しておりますが、五ケ瀬町には、これまでもそうですが、今頑張っておられ人が、いろんな体験をもっている人が、自信をもっておられる方が町民の中にたくさん居られます。そういう人たちを掘り起こして町づくりというものにその人たちの力を発揮してもらったら必ず五ケ瀬はりっぱにやっていけると、町長さんが言われるように私もそう思っています。これは私の1人の経験ですが、やっぱり町民の力を引っ張り出していくということをこれからやっていかなくてはならないなあというふうに思います。

秋本 はい、ありがとうございます。それでは小笠さんどうでしょうか。地域には新しいエネルギーが必要であって、そのエネルギーは若い人であると。若い人が住みたい魅力をつくることが究極の戦略ではないかということですが、何かこうあるべきじゃないかということなどありましたらお願いします。

小笠 もし、合併をしたらどうなるか、しなかったらどうなるかということで、今、話を聞いているうちに、本当に五ケ瀬は合併しなくても大丈夫なんだろうか、どうなるんだろうという不安ばっかりです。
 今、エネルギーを追加して若者が住む町にするということを耳にした時に思ったのですが、随分前から青年時代とか学生時代は結構友達が多く、時々帰ってきていたのですが、その後は皆んな他所にお嫁にいっちゃうんですね。私も多分他所にいくだろうと思っていたんですけど、しかも、実家が建設業だからその関係に行くのかなあと思っていたら農業なんですね。全然畑違いの所でわからないのですけど、農業に従事してみて一番よく聞くことは、「農家には嫁が来ない、だけど自分の娘は農家にはやらない」といっているのが現状で、それと農業をやっている親が「農業はやおういかん(辛い)」というので、子供も農業に魅力を感じないという現状と、そういいながら育てた息子に魅力を感じる女性がいないという現状があります。
 私は「農家だから、お嫁に来ないんじゃないよ、貴方に魅力がないから来ないんだよ」って同級生に発破かけた時期があったんですよ。「職業じゃない、人間なんだ」と。「それをなぜ農業ということばに置きかえるのか」と、それがものすごく腹立たしく思えた時期があったんです。ただ、五ケ瀬町は基本的に農林業の町なんですね。だから農林業を「やおいかん」というものにしてはいけないんですよ。農林業を楽しんで、農林業で所得を上げて、農林業に若者が魅力を感じる、そういう町にしていかなくっちゃ五ケ瀬は駄目なんですよ。
 本当に大切な土地、畑、そういうものが後継者不足でどんどん荒廃していきますけれども、そういう土地の有効利用について少しは動きがありますけれども表立ってばあっと動きがあるわけではないのですね。
 私は、今すぐからでも、先ほど先生のお話にあったように、病院の赤字は、お金がこなかったらここまでこうなるとか、その他、福祉センターとかGパークとかスキー場とか、いろんなものを全部シュミレーションする、試算するチームというものを早急に立ち上げて頂いて、本当に五ケ瀬町は将来こうなるんだと、合併しなかったらこう、合併したらこうなるんだよという数字的なデータを町民の方々に示して頂いた上で、先生のおっしゃったとおりですよ、それを両方一緒に考えていく、そういうデータをつくることを早急にやって頂いて、考えることはじっくりやっていくというようなことをやらないとにっちもさっちもいかない状態が本当に出てくるんじゃないかなあと、今日は不安になって帰りそうです。
 本当にそういうデータをちゃんとしたものにしていかないと、多分町民のほとんどの方が今日、ここに来る前の私の感覚じゃないのかなあと、何も知らない、世の中が、行政が決めたことだから仕方なかったねというような今までの流れどうりになってきて、自分たちで自分たちの首をしめる結果になる。あの時話し合いをしていれば、あの時あれを言っていればということが後になってでてきちゃ駄目だなと思うんですよ。
 この際、五ケ瀬町の皆んなでとことん話し合いの場をつくっていって、そういうところに行政が動いていってくれるといいんじゃないかなあと。そういう話し合いをしなさいということを強調して言って頂いて、それで先が見えた段階でどうやったら生き残れるかということも考えていく、そうことが大切ではないかなあと考えます。

秋本 そうですね。神風が吹くことを期待しても神風が吹くわけではないし、まあ、国からのお金は減ってくる、役場の職員は民間企業のようにリストラするわけにはいかない、給料も大幅に減らすわけにはいかない。赤字部門はだんだん膨らんでくる、入ってくるお金はだんだん少なくなってくる、いったいどうなるのか、人口も減ってくると、そういうことも考えてみなければならない。このままでは存続できないのではないかとかですね。そういう不安定な要素もあるのですね。ですから、先が見えるようなしっかりしたデータを集めるということが非常に大事なことですね。そこから判断材料を提供するということですから。
 そこで、坂本亀十さん、先ほどから手が上がってありますが、どうぞ。

坂本 今の小笠さんがいわれたことについて、私もこれから先、私共が合併するかしないかは別にしても、充分に考えなければならないことではないかと思っています。
 農村に若い人が残らないというのは一昔前のことであって、ちょっと前には建設現場に若い人がいないということであったですね、ところが今は建設現場に若い人が多い。なぜかというとやはり都会に行っても決して将来、死ぬまで都会で生活できる環境にはないということです。田舎に帰らざるを得ない条件というものがでてきたということだと思います。やはり、若い人が田舎に戻ってきてもいい面を見つけてもらうこと、見つける条件を私共年配のものが作り出す努力をしなけりゃならんと思っているところであります。
 田舎にはまだまだ努力すればいいことがありますけれども、県境におりますと県境の壁がありまして、例えば農地が欲しくても、県外の農地を利用するといろいろな問題が出てきてそこへんが心配しているわけであります。それをなくするためには、西臼杵3町の合併だけではなくして九州山地の同じような条件を持つ矢部まで含めた8ケ町村の合併はどうかということも考えなければならないのではないかということを町長に質問した経緯があるわけです。なかなか今の段階においては、県境を越えた合併というものは決して楽にできるものではないと思っているところであります。
 鈴木先生に聞いてみたいことは、先ほども合併問題の功罪についてマスコミがあまり取り上げないということをいわれたわけですが、私は法律のことは、全くの素人で解りませんけれども、考えてみますと、国のやることが少しづつ何かこう憲法違反の疑いをもつような状態になってきているのではないかなあという気がするわけです。これは国が親なら町村は子供でありますが、よく社会的に子供の虐待問題がでてくるわけでありますけれども、国のやっていることをみますと小さな町村をいじるのは子供に対する虐待に近い、私は大きく言えば、憲法違反にじわじわとなっていく状態ではなかろうかなと思います。
 こういうこをマスコミが取上げてくれることが、一番いいわけでありますけれども、鈴木先生にも、このような問題を少しずつでも講演会などで出して頂けれたら全国からそういう雰囲気がすこしづつ盛りあがってくるんではなかろうかなあと、とっぴなことでありますけれどお願い方々申し上げたいと思っているところです。

秋本 はい、ありがとうございました。時間も迫ってまいりました。シンポジウムですから、結論を出すことはないのですが、今の坂本さんの意見も合わせてこれからの山村のあり方について鈴木さんのまとめをお願いしたいと思います。

鈴木 本当に、今おっしゃったように憲法違反といわれるようなところもあると思います。そういうふうに憲法学者も指摘しています。ところが今の日本の状況では経済の方が勝ってしまうということがあるのですね。不景気をどうやって克服していくかという論議の中で、金がないという状況はどうにもならんじゃないかということですね。だから、そこへんのところは充分に議論なされていない。法科系の大学院でもそれをどうやっていくかというと、むしろ日本の経済をよくしてくださいとなる。日本の経済が気落ちしているということで不景気の中で議論されなくなっているのではないかなあという非常につらいところがあるのですね。
 景気と言う言葉は、経済のことをいうわけではありません。景気がいいというのは山の紅葉が美しいことを景気がいいというのですね。自然とか空気へ気が移ることを景気がいいという、これが語源なんですね。それが人間に移ると気がでるということですね。本当は決して景気が悪いということではないのですが、お金のことだけをいっている。だから先程の山の中にも魅力があるというのは、紅葉がきれいになると景気がいいなあと昔は言ったわけです。そういうことも言える余裕さえなくなってきているというのが現状ではないかなあと思うのですね。
 先ほど別のエネルギーを入れなければならなくなってきたと言ったのはですね。戦後、社会が長く続いてきた時に、農山村はリズムが変らないのですよね。ずーっと同じなんです。組織もですね。住民の人たちが住民パワーを発揮できるかといったらそういう組織ではないのですよ、残念ながら。そして議会もそうですね。いろんなところが住民の、特に若い人たちがその能力を発揮しようにもなかなか発揮できない地域になっている。それで別なエネルギーを入れようとしてもそのリズムを替えない限りうまく入れられないのですね。
 それで、数も力だ、数字も力だということも理解しながら生きなければならない。で、どうしたらいいかということを考えると、やはり若い人が何を考えているかということをコミュニケーションする場さえなくなってきている。例えば、若い人を連れて四万十へいくとですね、四万十川も年取った人が多くて若い人がくると喜んで話すのですね。でも、嫁と姑、年寄りと若い人との話し合いがなされているかというと殆どなされていない。実際、皆んな何を願っているかということが、若い人の考えが解っていないのですね。
 それは、いつのまにか自分の社会がそうなっていたから、若い人と話すことがなくなっていた社会のしくみというものがあります。若い人とコミュニケーションしてもらいたいなあ、そういうチャンスをつくってもらいたいなあ、というのがひとつありますね。ですから、伸びている社会というのは、絶えず若い人たちとの交流があるということが重要なことなんですね。
 若い人が帰って来ないのは雇用の場がないからという場合もあるんですが、いろんなことの計画で、ああすればこうなるというなかで、ああすればこうならなかったのですよ。全然ならなかったのですよ。それは、やってみなければわからないのです。学生たちを農山村に連れて行って見るとはじめて解る。市町村合併もそうです。やってみなければ解らない。しなくてもやってみなければ解らない。そういう状況の中でやっていくということですから、今やれることはやるということですよ。
 コミュニケーションをとることは面白いということを今学生たちに教えているわけですが、若い人たちは自分の生きがいとか、人間の生きがいとかは金儲けの為だけではないのですね。それは、人とコミュニケーションをとることが楽しいのですね。楽しいとか面白いとかいうことは重要なんです。
 サッカーでもそうですが、皆んな面白いとか楽しいということは夢中になるんですね。そういうような町をどうやってつくっていくかと言うことを皆が楽しく考えられるような町が今活き活きしているのですね。じょんのびというのは、ジョンノービーとフランス語っぽくて面白いし、小布施の町も若い人がきて皆が面白いという、そういう相互作用がいろんなものを生み出す。楽しいからやっている、面白いから集るということです。
 私も、皆さんもそうでしょうけれども、若い頃異性の人と話す時ドキドキしていましたですね。知り合った時にこんなことを言えば嫌われちゃうかなあとか思ったりして、でも仲良くなればもっと知ってもらいたいし、自分も相手を知りたいというように一生懸コミュニケーションする。それが、いつのまにか、結婚して子供ができると、外から帰っても飯、風呂、寝るということで夫婦のコミュニケーションがなくなってくる。実は農山村がそういう状況に陥っているのじゃないかなあと思うのですね。やはりコミュニケーションが高い時が一番面白がっていろんなものがうまれてきた時代なんです。
 ワクワクドキドキするような面白さ、楽しさ、何やってもいいんだよというようなことをやったら面白い。だから、この町でですね。本当にこれからどうやったらいいのかという時に大学生なんかを呼んでみようじゃないかと、よそ者の若い人たちともコミュニケーションしてみようじゃないかということも面白い。そこでマスコミの人たちも振り向いてくれたり、市町村合併の話や、どうしたらこの町に住んでみたいみたいなことを話し合う。
 和歌山県では、知事が提唱していろんな地域に若い人をいれるというので林業では112人入って定着しています。私の学校でも林業やっていきたいという人がいるんですよ。やはり面白いことを伝えたりしてやれば全国ではそういう若い人もいるんですね。そういうのを楽しい面白いとやらなければいけないのだけれども、皆んなが言っているのは、補助金もらうために農業は辛いね、大変じゃねといっているからちっとも面白くないから皆んな行かないのですよ。
 この前は、四国の四万十(しまんと)で猪の尻尾をもっていくと1万5千円だと、狸の尻尾は1万円だという話しがあると、学生たちは見に行きたあいというのですね。鹿の角が欲しいといったら頭を持ってきて埋めておけば角だけ残ると首ごと持ってきてもらってびっくりしたのですけれど、こんな世界があるのかなあということでびっくりしたわけですね。そのあと猪汁を食べたりしたんですが、そんなことすら驚きなんですね。それを楽しいという形で表現したことはこれまであまりなかったのですね。秋本さんところへ行った時も、地元の青年が、猪は後ろ足を掴むと身動きできなくなるんだと、猪の一輪車は面白いぞという話しをしていましたが猟師のそういうことを見たこともない。やってみなければ分らないから一度見に来ないかというような面白いようなことをやって自分たちの暮らしを見せる。そこで交流することが必要なんですね。
 もてなしという言葉があるんですが、あれはもってなすと言うことなんですね。「持って成す」という、ものの使い方なんです。使い勝手なんです。語源からいうと自分たちの暮し方なんですね。自分たちはこんなふうにものを使いこなしているよ、こんなふうに楽しく暮しているよという、そんなコミュニケーションをやる。そんな中に別のエネルギーを入れてそのエネルギーを皆さんもらって考えていくというようなことを一方ではやってみるということが大事だと思うのですね。
 こういうシンポジウムでも大学生に来てもらって一緒にまとめて、皆んなと議論していくということをやるとですね。「いや、そうじゃないよ、そんなこといってもちっとも面白くないよ、こんなところにはちっとも住みたくないよ」という時に「じゃあ、どうしたら住みたくなるんだよ、どうやったら」というようなことを本当に真剣に論じたことがなければ、想像力だけでいっても、ああなればこうなるということにならないのですね。一緒に論じる場をつくったりすれば面白いと思うのですね。みなさんも面白いということをやる。それしかないのです。で、面白いところからしかアイディアやエネルギーは生まれないのです。護りの暗い市町村合併の議論ばかりではですね。
 サッカーだって皆んな守りのディフェンスだけではだめなんですね。ディフェンスも重要なんですよ、さっきの数字を追うから。でも一方ではオフェンスで攻めればいい。だからサッカーではないですが、攻めも守りも一緒に進めていくということが実は重要なんですね。
 今度は、ここに学生たちが10人くらい来てですね、皆さんの議論を聞きながら一緒に考えるということもやれるようなことをつくったり、そういうものから新たなエネルギーをもらい、地域のリズムを変えていく。そういう中から市町村合併もディフェンスもオフェンスも考えていく。そうすると他所から来てそんなに議論して面白いならば、俺も地元で参加するかというような方法にどうやってもっていくかということが実は重要なんですね。
 先ほどの種子島の話でサーファー米といいましたが、サーファー米は、サーフィンショップで売っている。今度はおばあちゃんのサーフィン教室ということでおばあさんが波乗りをやるサーフィン教室を開いている。そしたらおばあちゃんと一緒になって車椅子マラソンをやったり、料理を一緒につくるということをやっている。だから若い人だって決して馬鹿にできないのですね。海のお米ということで海を汚さない為に農薬を使わない。サーフィンショップで売れる。そうしたら全部売り切れる。テレビでも15局に出ました。
 高柳でもじじいばかりで米をつくっているから爺の米ということで米をつくって売っています。もう遊んじゃうこと、爺ばかりだったら爺で遊んじゃえばいいじゃないかと。もうそういうことをやって、情報発信やって、面白いから来てみないかということをいってその中から皆んなが町をつくっていく時代じゃないかなというふうに思います。深刻に悩みや欠点ばっかりいっていても人間には欠点もあるし、失敗もある。でも楽しい方向に歩を向けていくということで町村合併をするとかしないとかいっても何回かそういう会合をやっていくなかで何回もそういうコミュニケーションする中でよい知恵が生まれてくると思うのですね。数字をきちっと押さえることと、楽しくやることを是非今後もやっていただけたらと思います。

秋本 はい、どうもありがとうございました。地域は生き物であるということでございまして、示されたようにはならないんだと。これまでも考えてみれば、バブルがあり、リゾート法によってこんなになるんだというばら色の夢をみていたのが実はどんでん返しを食ったという経験もあります。そういう結果に対して、どう生きていくかということで、特に合併問題に対しても上からいってきたからとか、行政に任せておけば大丈夫だということでは、もうどうにもならないと。やっぱり住民が動かしていくということ、それだけはもうはっきりしておると思うのですね。
 けれども、住民が動かしていくには、どうするんだという、実はまだわかっていないところがある。そういうところをどうやってそのリズムを変えるかですね。そういったことを考えなければならないと。そして、そこは深刻な議論だけではだめだと、若者も交えて面白い、楽しい議論の中でエネルギーやアイディアはでてくるということでございますので、今日は新たな気持ちで皆さん方も周りの方々にそういうようなことを伝えて頂いてその輪を広げて頂ければなあというふうに思います。  議論は、まだこれからというところですが残念ながら時間が来てしまいました。お昼の1時半から長い時間を市町村合併についてご議論して頂いてありがとうございました。小笠さんも健康がすぐれないという時に無理しておいで頂きましてありがとうございました。青木さんも大変忙しい時においでいただいて貴重なお話をありがとうございました。鈴木さんホントに遠いところをお出で頂き素晴らしい示唆を与えて頂きありがとうございました。これでパネルディスカッションのコーディネーター役を終わらせて頂きます。

黒木 大変長時間に渡り皆さん本当にありがとうございました。今、会長がまとめのご挨拶も頂きましたので司会がすることはないのですが、本当に今日は真剣な議論をして頂きました。  なぜ市町村合併なのかということですが、特に合併のメリット、デメリット論は盛んに論議されておるのですけれども、これは本当に国と地方の借金が700兆円ほどあるということで交付税の制度が破綻をして、それがひいては地方自治体の破壊につながるということから打ち出された政策ではないかと私はそう思っているのでございます。
 私は東臼杵南部地区におりますが、合併問題については郡内の5村で任意の協議会を設立いたしました。それは法定協議会を設立するための協議会ではありません。首長さんたちは、ほぼ同様な意味で如何に合併せずに済むかという議論をするために協議会を設立したと言っておりますが、場合によっては合併の方向へ進むかということなんですが、合併の賛否というのは、これはあくまで手段であって合併そのものが目的ではないと思っているのです。
 合併の真の目的を見つけ出すために、先生おっしゃったように魅力ある山村をどのように築きあげていくのか、そのためには合併した方がいいのか、しない方がいいのか、そういう進め方をすべきではないかと思っているのでございます。いずれにしましても合併議論は緒に着いたばかりで、首長さんと議員さんはある程度合併について関心を寄せておりますけれども、その他大勢の住民はほとんどさざなみすらたっておりません。
 これからそうはいっても、合併しないといいましても、合併論議を避けて通ることはできない窮状にあると思うのです。ですから、これは大いに論議をして、どういう自分達の地域をつくるのかということ、このことのために大いに合併論議を戦わす。こういうスタンスが大事だなあという思いでお聞きいたしました。
 皆さん方の更なるご精進を心からご期待申し上げまして、パネリストの先生方に心から御礼申し上げ、終りにしたいと思います。本当にありがとうございました。(拍手) (終り)

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第13回霧立越シンポジウム
九州脊梁山地文化圏
平成22年10月24日〜25日


第12回霧立越シンポジウム
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第11回霧立越シンポジウム
『自然体験とインタープリテーション』
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平成19年4月21日〜23日



第9回・霧立越シンポジウム
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第8回 霧立越シンポジウム
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第6回 霧立越シンポジウム
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第4回 霧立越シンポジウム
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第2回 霧立越シンポジウム
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第1回 霧立越シンポジウム
「霧立越を語る」
1995年5月14日
 


森シンポジウム
―地域の光の創造と発信―
1992年10月25日

五ヶ瀬ハイランドスキー場
パネリスト
竹内宏氏(長銀総合研究所理事長)
後藤春彦氏(三重大学助教授)
藤井経三郎氏(リブ・アソシェーツ代表)
車 香澄氏(福岡大学教授)
長沼武之氏(宮崎県観光振興課長)
秋本 治 (やまめの里代表)
コーディネーター
鈴木輝隆氏(落ち穂拾いの会)



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2009.03.10〜