霧立越

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第8回・霧立越シンポジウム  「九州脊梁山地の地質と構造」

―幻の滝と構造線を考えるー  

ト躍するセッション

パネルディスカッション 「地質構造と地域学」
―地域おこしへの活用と地域の役割―
パネリスト
山北聡氏(宮崎大学地学教室助教授)
小林伸行氏(滝研究家・医学博士)
後藤拓磨氏(中央構造線の謎を探る会)
森田和美氏(フルート演奏家)
芳賀俊一氏(気の場探索者)
コーディネーター
秋本 治(やまめの里代表)



秋本 それでは、これからパネルディスカッションでご議論頂きたいと思います。はじめに、少し経緯をご紹介しますと、今回のシンポジウムはこれまでとは全く違ったやり方で実現できたものであります。まず、開催に当って、私は講師の先生方は存じ上げない方ばかりで初対面でございました。それはインターネットの情報からウェブ上でメールのやり取りが始まったということです。こちらにお出で頂いて初めてお会いする先生方もいらっしゃった訳なんです。
 山北先生も地層や断層で検索してホームページ上からやり取りがはじまったようなわけで、全くお会いした事も無い先生方とウェブ上で結ばれたということは始めての経験でございまして、今回のシンポジウムの特筆されることかなというふうに存じます。
 さて、昨日の滝のエステとヒーリング体験、地層断層の探険。それから本日午前中は山北先生の地層、断層、日本列島の生い立ちからご説明頂いて、それから小林先生のそういう地層断層からなる滝について新たな視点でのお話、後藤先生からはその断層からなる構造線の謎を、不思議だというような部分がございますけれどもそういうお話をお聞きしました。
 また、新潟からお出での芳賀先生は、これまた特殊な能力をお持ちの方で直感心理探求者、カタカムナの研究者でもございます。私たちの日常のコミュニケーションは、文字としての言葉で情報を伝えるわけですけれども、古代の文字のない時代は、音でもっていろんな意味を伝えていたということで、これまた我々が思いもしなかったような視点をおもちでございます。大激論となるかも知れませんし、方向はまったく見えない状況でございます。コーディネートできるかなあと頭が混乱したような状態です。
 それらのさまざまな視点でこれからの地域づくりにおいて、地域の役割や、これから何をやらなければならないのか、あるいは、どのように活用すべきかというような新たな視座が見えるような形で終れたらいいなあというふうに存じます。よろしくお願いします。
 昨夜も実は、講師の先生方との懇談の席で芳賀先生は黒板にチョークで不思議なことをお書きになって話題がとても盛りあがったのですが、その続きから入りたいと、先ずは芳賀先生にお願いしたいと思います。最初は簡単な自己照会もかねてお願いします。

直観力が冴えていた古代民族
芳賀 只今ご紹介にあずかりました芳賀と申します。私は、新潟から参りました。こちらへのご縁は、お隣の後藤拓磨さんからのご縁でございます。先程の後藤さんの講演の中で私のぶざまな写真が出てまいりましたけれども、昨年の8月でしたか、分杭峠の気の場でエネルギーの出ている場所を探せといわれてのことでした。私の肉体が土地のエネルギーを嗅ぎ分けるという体質に今はなっているからです。こういう体質になるまでの過程は、話せば何日もかかかるくらいありますので、そういうのははしょってまいりますが、いままでの先生方がご指摘のとおり地球ができる時にはいろんなエネルギーを溜め込んで地球はできているといわれています。その溜め込んだエネルギーを放出しながら46億年という歳月を惑星として生きながらえていると私は考えるわけです。
 地球を、先ずこうして黒板に書きますと、ま、赤道がこう真中にありますね。それで、先程後藤先生が地球の磁場が27億年前に2つに分かれたとおっしゃいましたけれども、じゃ、最初の頃の地球のマントルはですね、多分地球がこういうふうに回っていますと、中のマントルはどろどろしていますから、表面にいっしょについていけないのですね。そうするとブレーキがかかったようにゆっくりこっちへ流れるようになるのですね。
 それが、27億年前にこの赤道を中心としてこういうふうな渦にマントルの流れが変わった。マントルの重みに堪えかねてこういう風に変わったのですね、台風と同じです。こういうふうに落ち込んでいる。この落ち込んでいる場所を反流点といいますね、マントルの反流点。実は、この上に日本があるのですね、反流点の真上、もっと正確にいうと北緯37度付近、丁度私の住んでいる付近なんですよ。なんでこういうことをいうかといいますと、反流点ですから、地球のど真ん中に対してマントルとの間に隙間が空くのですね。
 先程、エネルギーは外に向かって放出されているといいました。成層圏がある。出っぱなしでは萎みますよね、そこで、私たちの見えない世界のエネルギーはこの反流点から地球の中心に向って宇宙のエネルギーが入ってきている。ですから、宇宙のエネルギーは常に循環してこの地球は成り立っているのではないかというふうに捉えている説もございます。
 したがって、日本列島は、エネルギーが入る、或いはエネルギーがここから出るかもしれませんね。非常にエネルギーが出やすく入り易い地域といわざるをえません。そういうところに住んでいる民族は、もう何千年も住んでいますからその影響を受けます。それはどういうことかというと、このエネルギーのおかげで我々の直観力が冴え渡るのですね。われわれ日本の古代民族はもともと直観力で生きていた。直観力というのは、古代の我々の祖先は、第1番は、生命を守ることでしょうね。命を守ることです。例えば災害ですね、自分の命を絶つものを素早く感じ取る能力、生命力を維持する能力、災難をキャッチする能力、それから次に食べ物を見つける、食料を調達する能力。どこにいつ頃何ができるかということを察知する能力。もうひとつは子孫を残す能力。
 そこで子孫を残す能力としてぺたっと表裏一体となってくっついているものがあるのです。子孫を残すということは、いわゆる性ですよね、性行為がなければ子孫は残りませんけれども、その性行為の中に実は、我々の生命を活性化させる性というのもあるのですよ、今皆さんが性を考えるときに非常に野暮ったいような、あの野郎気違いか、みたいなことをいわれますけれども、本来は、そういう性の他にですね、自分の命を全うする、或いは活性化するという性も実はそこにあったのです。それを古代の人たちが身につけていたというようなことがあります。
 したがって、私たちの民族は、そういう直観力に優れた民族でしたから、情報交換する時に言葉はいらないのですよ、ポピュラーな話では、テレパシーというかも知れませんけれども、テレパシーと直観力は若干違うのです。

単音の働きカタカムナ
 そして、今から14万年前といわれていますが、日本の古代民族が12種くらいの文字を作っているのですね。文字は必要ないのですけれども、どうしても感の悪い者が出てきまして、どうやっても伝えられない人たちの為に12種の文字をつくったのですね。
 その中のひとつに、私がやっているカタカムナという文字があるのです。カタカムナというのは、それを発見した楢崎皐月先生がつけた名前なんで8鏡の文字です。
 今、あいうえおの五十音は、ダブル音をとると47文字になります。この47音をどうやって決めたかといいますとこの空間に存在する音、いろんな音を47に分けてそれぞれに当てはめていったのが、日本語の起源だと言われています。
 この音を決めますとその音でいろんなことを伝えていくことになります。ということは、ひとつの音にそれぞれひとつの意味をもたせることになるのですね。皆さん、今使っている音にどんな意味があるか考えたことがありますか。我々の祖先は、ひとつの音でひとつのことを伝えていたのです。
 例えば、この地域のことを千穂といっていますよね、千穂と。この千穂のチというのを説明しますとチという言葉は持続すると言う意味なんです。ずーっと持続している状態をチーーーという音で表現するのです。我々の体内を廻っている血液はどうでしょうか。生まれてから死ぬまでずーっと流れていますね。体の中に持続し続けるもの、そういうものをチ(血)と言ったんですよ。
 穂という字はですね、こういうふうにまあるく書くんですよ、カタカナのホに似ているでしょ。図形でいきますとこれはふたつという意味があるんです。ふたつということは、こっちのエネルギーとこっちのエネルギーとふたつ存在しているということですね。対になっているということです。稲穂を見ると真中の茎を境にして両方についていきますよね、こういうふたつあるものをホといったんです。人間に例えますと、こっちがお父さんで、こっちがお母さん、夫婦が対ですよね、対の形を続けていると惚れるということになりますね。夫婦は惚れていないといっしょにいる意味がないですよね。今は惚れていない夫婦もいますが、金で繋がっている夫婦もいますけれども、物理的にいうとふたつのエネルギーが存在しているのを惚れるといいます。
 そうしますと千穂という言葉は、ずーっと太古の昔から存在しているということになりますね。千穂という国は、おおげさに言えば日本の国が生まれてくるときに、ふたつのエネルギーが重なり合ってずーっと存在していたという意味です。日本発祥の地といってもいいんではないでしょうかね。千穂とはそういう意味なんです。ですから、皆さんの地域は、地域おこしをする前から地域は起きていますよね。存在しているのですから、そんな意味があります。
 それから、お隣にある阿蘇、お山の阿蘇ですね。阿蘇のアという音はですね、高次のエネルギー、高い状態になった、凝縮して、もの凄い圧力とか、凄い温度になったものとか凄いエネルギーのことをアという言葉に表されているのですね。ですから私たちは感極まってくるとあーーっと叫びますね。エネルギーがぐーんと高まる状態です。蘇のソという字は、外に出る、外と言う意味です。それで阿蘇という字は高いエネルギーが外に出ることを表しています。言い替えると火山と言う意味です。ですから阿蘇という意味は火山のことです。
 古い文献を見てみますとアソというのは全国いたるところにあったんです。火山の山は全部アソといったんですね。さっき言いましたように直感で繋がる民族はアソと言えば火山とわかるのですね。だからこっちが富士山でこっちが浅間山という必要はなかっんです。火山だけわかればいいわけでしょ。火山に近づいたら危ないとか、火山はどういう働きをしてどういう効果があるかということは直感でわかっていますから、アソというわけですね。アソは全国統一した名前だったんですよ。
 それがだんだん火山がおとなしくなってきて見分けがつかなくなるわけです。そういう状態になってはじめて名前がでてきたんですね、見分けがつかなくなるから。ところが、この阿蘇だけはどういうわけか、時折噴火を続けるのですね。人が忘れたころになるとバーンと噴火する。だからアソ、アソといってきたんです。で、古代の文字がこの阿蘇の山にひとつだけ残ったということがいえると思います。だから、皆さん、阿蘇とは火山をさす言葉とそういうことで使ってください。火山だよと。
 こんなこと学校でいったらカルチャーショックで先生おこりますよ。こんな日本語だれが教えたと怒られますね。でも、私たちはこうして単音の働きを学んで使いこんでいくと、実は直観力が蘇ってくる、体が蘇ってくる、蘇ってきた直観力でものごとをするとですね、商売がうまくいったり、奥さんと仲良くなったり、血行がよくなり体が癒されたり、いろんなことが思いもよらないようなことが起きてくる。そんなことを楽しみながら勉強させていただいています。私たちの勉強はカタカムナといいます。カタカナの原型を勉強しているといった方がいいでしょうか、そんなことをやっております。

エネルギーのある場所ヤシロチ
 それで、カタカムナの民族は、こういう渦巻きです、これが文字ですよ。これが80種あります。そしてこれを解きますとですね、殆どが古事記のご神名のとおりに出てきます。古事記のご神名は、物理用語からきています。お名前ではありません。その中で彼らが一番大事にしたのは、土地のエネルギーだったわけです。土地のエネルギーの良し悪しですべてが決まるというふうに土地のエネルギーに気をつけていたんです。土地のエネルギーの高いところをヤシロチ(社地)といいます。気の場のいいところをヤシロチといいます。
 こういう話をしていると「先生、それでは悪いところはなんていうのですか」という質問がよくあります。カタカムナでは悪いところはいいません。悪いことは無視していいのです。人間はプラス指向なんですねこのころから。私がそういうと必ず「悪いところは」ち聞くから、しょうがねえから、しょうがねえからですよ、私はこんなふうにいっています「ケガレチ」と。「汚れ地」。こっちをイメージしたらだめですよ、病気になります。で、こっちは忘れてとにかくいい方向へ向っていこうと、ヤシロチへということです。
 実は、このヤシロチを私は探し続けているのですね。いろんないいところを引っ張りまわされて「先生ここはどうでしょうか、この場所はどうでしょうか」と辿りついたのがヤシロチなんですが、このヤシロチに生活しなさいと書いてあるのです。皆さんのお宅はヤシロチですかね。ケガレチに住んでいますと夫婦仲は悪くなりますしねえ。病気は出ますし、一家は離反しますよ。脅かしではありませんが、昔の人はこれを知ってそういうヤシロチを探して住んだんでしょうね。そういう悪いところはそんなにありませんよ。
 ヤシロチという観点から土地のエネルギーの磁場というところの結びつきが始まって私の肉体的なものが磁場を感じるようになって、そして良し悪しを嗅ぎ分けるのですね。ですから、こういう山をみても、こういう場所へ行っても「ここだ」って言えるのですね。「ここだ」と思っていると、そこには、でかい樹があってとか、大きな神社があってとかいわれるのですね。そういう場所は、すべてヤシロチなんです。で、そんなことを研究してここまで参りました。また、後ほどお話します。どうもありがとうございました。(拍手)

 ※注・ホームページから:戦時中、一部の産業界や軍部から天才科学者と評価されていた楢崎皐月という人物がいました。その楢崎皐月が戦後、才能を高く買ってくれていた星製薬社長の星一氏の依頼で、当時の食糧難と将来に備えた農業技術の開発という名目で研究を始めることになりました。そこで、助手の青年数名と一緒に六甲山系・金鳥山に入り六十日余りの穴居生活をしながら研究をしていたろころ、穴居の扉をドンドンと叩く者がいました。楢崎皐月が出ていくと、初老の猟師が鉄砲を持って立っていました。猟師は「山に何しに来た。お前さんたちが泉に妙なものを仕掛けるから、森の動物たちが水を飲みに行けなくて困っておるのじゃ。すぐに除けてやってくれ。あそこは動物たちの水飲み場なんじゃ」と訴えるのでした。それは楢崎皐月たちが泉に電線を張り巡らせて水の成分も分析していたからでした。翌朝、楢崎皐月たちが電線を外すと、その夜に再び猟師が現れました。「お前さんたちは感心な人たちじゃ、穴居しなければ本当のことは分からんものじゃ。これは、すぐに外してくれたお礼じゃ」といってウサギを1羽くれたといいます。そして、その猟師は「儂は平十字という者じゃ、父親はカタカムナ神社の宮司であった。これは父祖代々伝わるご神体で、儂たちなんかが見たら眼がつぶれると伝え聞いているもので、秘密にされてきたものなのじゃが」と告げられて古い巻物を見せられたといいます。その巻物は古い和紙に書かれてあり、円と十の字を基本とした図形を渦巻き状に配列したもので、暗号のようなものに見えるものでした。猟師は「今までにこれを見て、刀のつばや定紋ではないかといった学者がおったが、そんなものではないのじゃ、このカタカムナの神を伝える家は、平家と食家(中家を入れて三家という説もある)の二つしかない」と語ったといいます。楢崎皐月はその巻物に描かれていた図形を見て、満州にいた頃に老子教の道志であった蘆有三に聞いた話を思い出しました。それは「日本の上古代に、アシア族という種族が存在し、八鏡の文字を使い、特殊の鉄を作り、さまざまな生活技法を開発し高度な文明を持っていて、それが神農氏らによって伝えられシナの文化のもとになったものと秘かに伝わっている」というものでした。巻物の図形を見て、楢崎皐月はこれが八鏡文字ではないかと直感したのでした。そこで楢崎皐月は猟師に巻物を写し取ることを申し出ました。平十字と名乗る猟師はすぐに了解したといいます。このようにして楢崎皐月が六甲山中で平十字と名乗る不思議な猟師に出会ったことで写し取った図象がカタカムナ文献だとされています。カタカナのもとになったのがカタカムナ文献であり、平十字なる人物がサンカ(山窩)ではなかったのかとの話もあります。

滝の魅力
秋本 はい、どうもありがとうございました。えー、ようやく人間のお話になりましたですね。これまでは、地球誕生から何億年とか、磁場ができたとか、中央構造線ができて、滝ができていとうようなお話でございましたけれども、その中で古代人は直観力が優れていたと、日本人は特に直感力に優れた民族ではなかったかというようなお話でございました。
 次は、小林先生にお願いしたいと思います。実は、小林先生はどういうお方か私は全く知らなかったのですがホームページに非常に詳しい滝の解説が載っていて、それで小林さんひとつお出で頂けませんかと気軽にmailでお話をしていたのですが、いよいよもってパネリストの講師の肩書きを書かなければならないところへきて、プロフィールをお願いしましたら、熊本の病院のお医者さんだったんです。直前までわかりませんでした。このことはあんまりしゃべらないでほしいといわれていますが、言ったらいけないかなと思いますが、でもそれを言わないと解らない面もありますのでご紹介したところです。
 それで、昨日幻の滝へ行かれて、また先程のご講演のなかでもお話がありましたけれども、滝の研究は医療現場とまったく関係がないということでしたが、でも何故滝ですかと、滝に何かを感じられるのかなあとも思うわけです。
 また、どうも幻の滝へ行った人々はなんとなく普通の滝とは違うということをいわれるのですね。で、それはマイナスイオンではないかと昨日も幻の滝でマイナスイオンを測定しましたら、大気1立方センチの中から10万個も測定されました。何故そういうのがあるかということもですが、滝によってマイナスイオンもいろいろ違ってくると思われますが、そんな情報もありましたらお話いただけたらと思います。

小林 只今ご紹介ありましたように、熊本の病院で医師をやっています。何故滝なのかというご質問ですが、一言でいうと好きだからということになるかと思います。人には快、不快というものがのありますが、好きなことをやると快と感じます。だから、私の場合滝という好きなところに行くと楽しく感じるように思います。
 あるものが好きかどうかということは個人の価値観で決まるものです。例えば私は滝が好きなんですが、家族も好きかというとそうでもありません。滝に一緒に行こうといっても「お父さんが写真撮り出すと長いもんねえ」と言われていやがられます。
 今になって何故私が滝を好きになったかというと、やっぱり自分のこれまでの生き方というのに関係しているように思います。私の父親が地学の高校の教師をしていたんですけれども、若いころは地学が嫌いで、ハハハ、(山北先生の方へ)すみません先生。父親が地質図などを書いていたりしてたんですがそれをフンというような感じで見ていたんです。でも、やっぱりどこか惹かれるところがあったんでしょうね。
 それから、宮崎県というところが好きで郷土地理ですね。今日は鉱脈社の方も見えていますが、鉱脈社が出来たときには宮崎の本をいっぱい出してくれたから、わー凄い、いいとこが出来たなあと思った。まあ、そういう流れがあったわけです。
 本業で医者になってコンピュータが好きになって、ホームページを作ろうと思って、父親の影響で滝のことを考え出しました。もともと、あちこちいくのが好きだったんですね。宮崎や郷土のあちこちいろいろ行きたいと思っていました。コンピュータでホームページも作れるという時、結局これまでやってきたこと、一番好きなことというのに全部ピタッとはまってしまった。そうするとそれまで嫌っていた地質の勉強すら楽しくなりました。これは全く自分個人の話ですが、結局、やっぱり好きになる要因があったんだなあ、と考えるしだいです。

秋本 ありがとうございました。それで、マイナスイオンについては、まだ取組んでいらっしゃらないでしょうか。

小林 そこへんは、まだ。体にいいと言われているものは世の中に沢山あるわけで、その中にはいわゆるガセネタもたくさんあるわけです。仕事がら自分がちゃんと責任を持って勉強していないものは、ちょっと何ともコメントしがたいなあと思います。

秋本 ありがとうございます。それでは後藤先生お願いしたいんですが、芳賀先生から直観力の話がありましたけれども、いろいろ後藤先生が調査されているなかで芳賀先生のびっくりするような直観力、何故そうなのかというようなことを体験をなさったかと思いますが、その辺のお話をしていただけますか。

気を感じる松果体?
後藤 先ほどの話のなかで落としちゃったことがありまして、だいぶ磁場の話をしたんですけれども、地球の磁気を動物が感知していることが最近になってわかってきたんです。有名なところでは伝書鳩がそうですし、伝書鳩の帰巣本能なんていうのは頭のなかで磁気を感じる部分があってそれでもって帰ってくるとかですね。他にも昆虫、蜜蜂にも確認されていますし、それから魚、海洋性の魚なんかにも確認されてますね。おそらく人間にもそういう磁気を感じる能力があったんじゃないかと思います。
 もう一つ磁気が100年間で5パーセント減少しているということで、過去にはもっと磁気があったのかな、ということになるんですけれども、どうもかつて人類は、今以上にそういう能力を持っていたんじゃないかと。今、マイナスイオンとかの話も出ましたけれども、私が中央構造線に本格的に入ったのは3年前ですけれども、そのときに私は自分にそういう能力がないもんですから、磁場測定器を持って山へ行こうとしたんです。分杭峠を発見したときの磁場測定器がありまして、それを充電して持っていったら、山で動かなくなったんです。電池がなくなったかと思って、また重いのを持ち帰って充電して持って行ったら、結局、機械が動かなかったんですよね。そのときにあんまり機械に頼るのはやめようとそう思ったんです。
 で、どこに相談したかといいますと、旧科学技術庁、今は文部科学省ですか、そこへ相談したのです。そこにあります放射線科というところが気の研究にも取り組んでまして、国際生命情報科学会(略称ISLIS)という団体の事務局になっています。そこで相談しましたら、研究者の一人、小久保さんはなんて言ったかというと「後藤さん、磁場測定器に頼るのをやめなさい」と言ったんですよ。科学技術庁の方がそう言ったんです。で、どうしようかと思ったら「そういう能力のある人がいますから、そういう人を連れて一緒に山を歩きなさい」と。びっくりしましたね。なんで科学技術庁の人がわざわざ測定器を否定したかというと、あんまり数値、数値でやってると現在の磁場測定器では感知できないものがあるというのです。
 ある部分は感知できるんだけれども、数値として表れるんだけども、違うものが数値として出ないことがあると。そうすると気の場を発見したいと思っている人、地域おこしとして取り組んでいる人たちはがっかりしちゃうというんですよ。だからこういうのはロマンの話なので、気の場が科学的に解明されるかどうかわからないです。ただロマンのある地域おこしというものに対しては、まあ楽しんでやりなさいということだと思うんですね。
 そんなときに、私のネットワークの中で、芳賀さんて方がいらっしゃるのがわかって、私も地磁気を感じる能力というのをいろいろ調べていると、どうも古代の人たちはわれわれの持っていない能力を持っていたんじゃないかということで、芳賀さんと情報交換をするなかで、松果体という脳の部分があることがわかりました。これは有名なデカルトという哲学者が人間の魂の1番中心はこの松果体にあるんじゃないかといった。
 松果体というのはずっと長い間どういう形をしているのかわからなかったんですけれども、今は睡眠なんかを司るものということがわかった。これは小林先生医学がご専門ですけれども、メラトニンという物質を出しているんじゃないかと。ある種の人たちは磁気を感じる能力は副腎にあるとか、松果体にあるとおっしゃる方がでててきました。私も古代の人は松果体みたいなところで能力を感じていたんじゃないかと。

カタカナは漢字以前の文字
 それで、芳賀さんと話をすると、芳賀さん自身も松果体というのを非常に意識して生活しているということです。そういうことを楽しみながらやっていると。それともう一点、秋本さんの質問にはなかったんですけれども、さっき芳賀さんがおっしゃった古代の文字ですけれども、われわれ学校教育のなかで日本には漢字渡来以前に文字はなかったと教えを受けてました。私もそう思ってました。漢字を崩してカタカナやひらがなができたというのは有名な話。ところがですね、古代文字というのがあったのかもしれないと。
 この隣の蘇陽町には幣立神宮がありますけれども、幣立神宮にはひふみ石版という古代文字でひふみを刻んだ文字がありますよね。宝にしています。ああいったものを昔の学校教育というか、われわれの教育では否定されていました。そういうのはないと。日本には漢字以前には文字はなかったと。ところが、もしかしたらあるかも知れない、私はあると考える場合のほうが夢があって好きなんですけれども、そういうことで注目してます。
 一つの証拠、証拠にはならないかもしれませんけれども、ちょっと前に日韓共同でワールドカップをやりました。あの時にどうも少しずつ日本と韓国の秘められた歴史の謎を公開したみたいなところがありまして、そのときにNHKの7時のニュースでこういうのがありました。韓国にカタカナがあったんですよね。驚きました。かつて高麗という国があったんですがそこで使われていた。時代区分では、日本でカタカナを作ったのが平安朝の終わりごろなんです。普通は考えられないんです。今でも、カタカナは漢字を崩して日本独自にひらながと一緒に作ったと教科書にも書いてあるんです。しかし、朝鮮半島の高麗にカタカナそっくりなやつ、日本のカタカナそっくりなやつが刻んであったんです。このことひとつを取ってもわれわれの受けてきた歴史教育は見直しが必要ではないかと私は思ってます。


秋本 小林先生、その松果体を鍛錬すると気という能力が備わるんじゃないかというようなことでございますけれども医学のご専門の立場から何かありましたら。

メラトニンの働き
小林 医学の中でも松果体とそこから分泌されるメラトニンの働きを重要視して考える立場の方がいます。メラトニンが睡眠に関係しているという指摘は確実のようですから、メラトニンを服用すればよく眠れるというわけです。しかし、それがあたかもすべてみたいなことを言うのはどうでしょうか。
 確かに、睡眠をとったほうが能率があがるのは事実です。でも、ちょっと待ってよと。眠るためにはメラトニン以外のやり方もたくさんあるじゃないかと私は言いたいわけです。それはその人に1番あった方法を考えていけばいいわけです。多くの方にとっては、その人が直面しているストレスをどのように解決していくかということが重要になります。具体的にどうするのかという話は、ちょっと本業の話すぎますので遠慮しときます。
 松果体を鍛錬することが一部の方には役に立つかもしれませんが、余り重要視し過ぎるのもどうかと思います。すみません、崩すような話で。

秋本メラトニンが重要だという話がかなり巷にあるんでしょうか

小林 ええ、ありますね。メラトニンが関係して、生活リズムが取れない、寝れないとか、昼夜逆転とか、身体にいろいろと障害が出てくると言われることがあります。まあ、自律神経失調症といっていいんですけれどもね。それで、メラトニンを飲んで治そうとするわけです。メラトニンはもともと人間の体が持っている物質ですから、人間の身体に無いような薬じゃなくて良いというわけです。理屈は非常に説得力があるわけです。
 ところがそれが実際に飲んでみると効くかどうかというのは別の話なんですね。そしてそれが唯一の方法かというとこれもまた全然別の話。ですので、その一つ一つ言われることは間違いじゃないんだろうけれども、それがすべてかということは、そこはちょっと慎重に考えたほうがいいなというふうに思っているわけです。

秋本 どうもありがとうございました。磁場ということで考えると私もいくつか思うことがあります。実は私どもヤマメの人工孵化をやってまして、その卵が発生する時に、受精卵を水の中につけておけば、まず重力を感じて卵は発生の位置を決めることからはじめる。卵黄の一角に比重の軽い部分があってそれが水面から白くみえるのですね。卵黄の比重の軽い部分が皆んな上を向いているのが見える。それで動かすとまた卵黄は元の位置へもどろうとする。で、ある時間経過してから動かすと卵黄は元の位置に戻れない。それで動かしたら多くが死んでしまう。
 そういうことで、まず卵は発生の定位置を決めることから始めるんですが、その次には耳石ができる。耳石は地磁気を感じる部分で、これができないと生命体にならないと宮崎県出身の鹿島先生から教わったのです。鹿島先生は神奈川歯科大学の教授で耳石を研究されて、NASAから打ち上げるロケットにイモリとかいろんな生物を積んで研究されているんですが、ヤマメの卵も天然と養殖ものに耳石の変化があるかどうか調べてもらった経緯があります。耳石を大きく拡大するとその生物の夜と昼の過去の経歴が読み取れるそうです。
 すべて生き物には耳石があって、生命が誕生する時に1番最初に耳石が2個できると。耳石ができなきゃ生命体にならないと。耳石は地磁気を感じる部分で炭酸カルシウムでできているそうです。どれくらいの大きさだか忘れましたけれども、途中でもう一個できて3個になるんだそうです。で、1個は途中で消えてしまうんだと。それがなぜかいうことはまだ解明されていないというお話でした。その次にできるものは顎だそうです。そういう順序で生命は発生するということです。だから生き物たちは、地磁気を感じるセンサーを基本的にはちゃんともっているわけです。
 山北先生は地質構造の研究家でいらっしゃいまして、これまでの話の中でそういうのはありえないんじゃないかとかいろいろな反論もおありのようでございますので、先生のいろんなお感じになっていることをお話いただきたいと思います。

火山帯に多い地磁気異常
山北 磁気は人間を含むその他の生物が感知しているんじゃないかということなんですが、実際にですね、地磁気というのは後藤さんが最初の講演でお話されていたように、地球がもともと磁場を持っています。だから地球全体に磁場がかかっているんですが、それとともに、後藤さんも話されたように地下にある岩石も磁場を持っています。持っているやつもありますので、地表で実際に感じている地磁気というのはそれの重ね合わせであります。
 それで、強さから言えば地球の持つ磁場のほうがはるかに大きいですから、若干それを地表の岩石によって強められたり、弱められたりすることになります。その平均的なな地球磁場の大きさからどれくらい強くなっているか、あるいは弱くなっているか、そのずれのことを地磁気異常と言うんですが、これは先ほど後藤さんも言われたように、機械を使ったら計れます。
 で、計った結果というのがありましてね、これは日本全体でそういうふうにして計った地磁気異常の図であります。これ九州ですね、これ四国ですね、これ本州ですね。で、これは、地磁気異常の強弱が色で表されていまして、赤っぽい色、暖色系の色は地磁気が地球の平均よりも強い所です。そういうのを正の地磁気異常といいます。で、オレンジとか赤とか赤紫とか、こういうところですね。これは色が濃くなるほど強くなる。逆に寒色系の色。青とか緑系統、これは弱いところです。で、緑から青、青が濃くなった色に従ってだんだんと、より弱く出る程度が大きくなってくるということなんですね。それで、あとの黄色のところがだいたい地球の全体がもった平均磁場と同じくらいの強さのところということになります。
 これは中央構造線の位置を入れてあるんですが、そういうところに地磁気の異常があるかというと、ほとんどありません。ほとんどまっ黄色のところを通っています。生物の能力というのは高いものもあると思われますので、地磁気を感じるということはあるかも知れないし、まあ多分あるんだろうと思いますけど、あんまり中央構造線上には感知されるような地磁気の異常というのはそんなにないということです。これは、日本地質調査所が出している資料です。
 むしろ、地磁気異常はどういうところにあるかというとこの辺とかですね。この辺は何かというとこれは伊豆諸島の火山です。この辺から北のほうに浅間山につながっている火山ですね。火山のところは強く出ます。それは火山の中に磁性のある鉱物などがありますからちょっと強く出ます。だから九州のこういうところも強いですね。ここが阿蘇で、ここが九重ですね。あとこのへんの山陰に多いのはこれは花崗岩です。
 これは後藤さんの話にもでてきましたが、花崗岩の中には磁鉄鉱という磁性の強い鉱物が入っていることがありまして、そういう花崗岩があるとそういうのがでます。花崗岩は全部そうかといいますとそうではなくて花崗岩の中に鉄を含む鉱物として磁鉄鉱という物質が入るケースとそれからチタン鉄鉱といって別の鉱物になって入るケースがあります。チタン鉄鉱というのは磁性もっていませんのでそういう花崗岩はあまりないのですね。
で、この中央構造線の北側には、それは花崗岩はたくさんあるんですけれども、こちらの花崗岩はそういう磁鉄鉱をもっていない、チタン鉄鉱系列の花崗岩といいましてこちらは磁性は強くないのですね。そうすると、もし、人間を含む生物がですね、磁場の強弱を感知してですね、それが体にいい方向にいくのなら、中央構造線より東ではなくてこちらの方が余計感知しそうな感じがするということですね。
 中央構造線に沿ってはですね。必ずしもそういった地磁気の異常をもたらすような岩石はあまりないですね。さきほどの後藤さんの話ではですね、外帯のほうには蛇紋岩という岩石がたくさんでてくるといいました、これは確かに蛇紋岩の中には磁性の鉱物が多いのですが、これが中央構造線の外帯川を特徴付けるというふうにおっしゃられたんですが、その例として和歌山の龍門山、それから分杭峠をあげられたんですが、これもですね、あんまり中央構造線にそってあるわけではないですね。
 この図はさっき使ったものですが、この中に蛇紋岩を書いてありまして、この濃い緑色でちょぼちょぼと書いてありますね、これが蛇紋岩の分布になります。これは先程、黒瀬川帯といったところです。ここには結構あります。それ以外には、ちょっとここに薄い緑色ですらすらっとかいてあるのが、これはミカブ緑色岩といいますが、これにともなってもいくつか蛇紋岩があります。それ以外はあんまりないですね。
 中央構造線のそばという点でいうと、ここのところにこれは愛知県の東赤石ですね、ここにもまとまって一個ぼんとでるやつがあるんですけれども、それ以外の三波川帯本体ですね、中央構造線の南側のとこころには、こういったものはあんまり出てきません。ですので、この場合でも、蛇紋岩の地磁気を感知するとすればもっと蛇紋岩の多いところを感知するはずであろうということですね。

中央構造線の聖地は偶然の結果
 それで、今回のシンポジウムの話を最初秋本さんからいただいたときに後藤さんがこういう話をされますという紹介があったので、中央構造線に沿って聖地があると、今日のお話も「巨大断層と聖地」ということでしたが、中央構造線に沿っていくつか神社とかお寺とかがあると。先ほどもいくつか後藤さんあげられてたんですけれども、ただ直感的に私はそれは、さっき芳賀さんが直感が大事とおっしゃっていましたが、直感的にはそれは単なる偶然だろうと私は思ったんですが、それは、ちゃんとデータに基づいて議論をするというのがサイエンスでありますから、じゃ、本当にそうなのかなと思って、中央構造線に沿ってホントに聖地が多いかどうかというのは、中央構造線に沿って、例えば、ここに神社があります、ここにも神社がありますというデータを示すだけでは、そこに多いということを示したことにはならない訳ですね。同じような感じで中央構造線のののないところにも神社があれば、それは同じようにあるだけだということになります。
本当に中央構造線にそって多いのかどうかということは、ある基準で以ってお寺とか神社とかを選んでその分布をみてやればいいんだと、ということで、そういうリスト無いですかといってうちの大学の日本古典文学をやっている先生に尋ねたら、日本神社総覧、日本仏教総覧なんて本を貸してくれたので、それに神社が100軒、お寺が300軒リストされてたので、ちょっと分布をつくってみました。これが、それぞれ〇とか□でうってあるのが1個1個の神社とかお寺になります。伊勢神宮、諏訪神宮がここですね。鹿島神宮とかがこの辺にありますけれども、色が多少違っているのは造られた時期によって分けてあります。赤が古代ですから平安時代より前。青色が中世近世、鎌倉から江戸時代まで。緑色が近代これで明治以降ですね。明治以降のものは聖地というか問題があるでしょうから、そういう区分がつくようにしたんですが、これでみると確かに集中して多いというところがあります。で、どこかというとこの辺ですね。京都と奈良と鎌倉です。これは極々当然の結果ですが、こういうところは確かに他のところよりは多いですね。それはある時代に政治の中心地だったところにはそういうお寺とかが多いということですけれども、じゃあ中央構造線はどうなのか。ということですね。中央構造線の分布を重ねてみますね。これ中央構造線ですが、どうでしょうか、特に他の地域とくらべて多いということがいえるでしょうか。
 まあいくつかさっき言われたように重なるところは確かにありますけれども、他のところにくらべて優位に多いというようなデータはおそらくここからは出てこない。それをちょっと確認するために、先ほど黒木さんと川口さんに日本地図に線を入れてもらったのを作ったわけですが、これ重ねてみましょう。これ黒木さんに引いてもらったものですね。この線、別に聖地の分布とは、黒木さんが適当に引いた線ですから、なんの関係もないわけですけれども、まあいくつか重なってますね。先ほどの中央構造線と同程度には重なっている。で、川口さんに引いてもらったほうも重ねてみますが、どうでしょうか、みごといっぱい重なりますね。これはさっきの中央構造線よりたくさん重なりますね。もちろん川口さんもこんな神社の分布とかを意識して引いたわけではもちろんないでしょうから、これはまったくの偶然なんですが、そうだとすると先ほどの中央構造線に沿っていくつかあるということも、これまた、先ほどの黒木さんと川口さんに引いてもらった線とまったく同じようにまったく偶然であると、その域を出ていないということですね。

秋本 はい。真向からの反論でございました。それでは後藤さんお願いします。

聖地の名にふさわしい地帯
後藤 科学的に検証していただきましてありがとうございました。これで反論を致さなくてはならないわけですけれども、先ず今日の私の話を、私も慎重な言い回しをしましたので、思い出していただければと思いますけれども、今日の講演で私は中央構造線に聖地は多いという表現はしていなかったと思います。私が言いたいのはですね、これもまったく主観になってしまいますけれども、鹿島とか諏訪とか伊勢とか非常に日本のなかで歴史的な役割を果してきた、本当に聖地の名にふさわしい、まあ聖地の名にふさわしいというのもこれも歴史学者によって主観が分かれるところかもしれませんけれども、伊勢神宮の日本における信仰のメッカとしての役割りを否定される方はないと思います。
 それから鹿島、香取というのは九州の方はあまりご存知ないかもしれませんけれども、本当に東国の聖地といわれてきた場所です。大和朝廷が東に進出して蝦夷(エミシ)平定の本拠にしたところです。それから諏訪というのは、それに比べるとマイナーかもしれませんけれども、出雲で敗れたタケミナカタという神様が諏訪の地に隠れて、逼塞して出雲の争乱が止んだということがあります。
 これをいうと、また出雲は中央構造線を通ってないといわれるかもしれませんけれども、今日の私の話の中では非常にそのあたりの表現は慎重に、おそらくこういうご反論はおありだろうと想定しておりまして、多いという表現は一度も無かったはずです。これは記録を見ていただければわかると思います。
 それからもうひとつ、磁気のことは専門外でございますから、ただ私は突破口にしている鹿島、香取というところは空中磁気異常がはっきりとわかったと聞いてます。そうした磁気と、聖地の関係を調べているわけです。


秋本 議論が分かれるところでございますけれども、ここで皆様方会場のご質問を受けていきたいと思います。

地磁気を感知する生物
小林 ちょっと説明不足でよくわからなかったかもしれませんが、確かに生物がいろいろなものを感知すること、人が認識できないものを感じているらしいというのはどうも本当らしい。
 さきほどヤマメの話がありました。ヤマメはいつ産卵するか知りませんが、成長と関係した知覚をもっていることや渡り鳥が方向を探っていく能力、それもものすごく正確な感覚を持っています。最近、その知覚のメカニズムが研究されつつあるのは事実で、それが地磁気と関係するという指摘は聞いたことがあります。
 それで、そういうような直感というのを大事にするんだよというのは、それなりの論旨と思いますし将来はその科学的意味づけが明らかになる可能性は残っていると思います。
 でも、人において直感の科学的意味づけは現段階では十分出来ていないわけですので、あまり強調しすぎるのはちょっとどうかなと思いますね。

秋本 昆虫を見てすごいなと思うことがあります。例えば蜜蜂たちは南北にきちんと磁石で計ったように巣をかけたりするのは何故なのかなと。やっぱり地磁気を感じる部分があるからそういうことをやるんだろうと思ったりするところなんですが。会場の中からどなたでも結構です、せっかくの機会ですからどんどん質問してください。

構造線ルートはこれからの課題
会場 今日は大変勉強になるお話をいろいろ聞かせていただきましてありがとうございました。五ヶ瀬町の水口と申します。私は地元で高校の教師をしておりまして、非常に歴史とか、あるいは民俗学的なものに興味があります。そこで、後藤さんに質問をしたいんですが、民俗芸能のなかで中央構造線上に神楽に、非常に似た形態が見られるというお話が先ほどあったんですけれども、その他に何か類似点などもしございましたら教えていただけないでしょうか。

後藤 その前にひとつだけ、さっきのところの補足をさせていただきます。私は今、磁気というのを意識していますけれども、長谷村の人たちがやっているのは、あくまでも「大地の気」なのですが、「気」は、まだ、解明されていません。私自身は、大地の気は、もしかしたら磁気と関係があるかもしれないということで、ひとつの切り口にしているということでありまして、大地の気というのはまったく証明されていないということをもう一度お伝えしておきます。私は科学的に磁気ならば証明できるかもしれないということで、今、山北先生が非常にきびしいご指摘をされたんですけども、私の切り口に過ぎないということです。
 それで、今いただいた質問ですけれども、これもさっきも話ましたが、神楽についてはまだ民俗学の研究者が中央構造線を移動ルートにしたという、その比較をまったくしていないようです。ですからこれからの課題だと思います。
 先程もお話をしました南北朝の時に南朝の方々がこの中央構造線を使って主要なルートにしたというのは谷川健一さんが最初におっしゃった説で、これも山北先生の先程の地図みたいなものをやると偶然だということになるかもしれませんが。歴史的に今のところ特に私が考えているのはその2点です。
 それと、先程の栽培植物ですね。とうもろこしとか、そういうものは非常に古くから断層地帯にある。東山道とかはよく取り上げられますけど、あれは大和朝廷が作った道、いわゆる官道ですので、もっと古くから自然の道として中央構造線の道が使われていて、しかし日本の歴史にそういうかたちが表に出てきてないんじゃないかなと思ってます。


秋本 ほかに、どうぞ。

会場 福岡から参りました中武と申します。パネルディスカッションに入りまして、このテーマが「地質構造の地域おこしへの活用と地域の役割」ということがメインテーマで始まっているかと思いますけれど、地磁気とかそういうことは私にとっては特に興味はないんです。今あるこの五ヶ瀬という地域で霧立越から豊富な資源とか滝であるとかそういうものをベースに地域がどういうふうに活動していけばいいのか、それぞれの専門分野から、こういうふうにしていけば地域が活性化する、こうしていけば地元の人がより豊かな生活を送れる、こういった観点でどういうようなご意見を持たれているか、それを率直に聞きたいと考えていますのでお答え願いますでしょうか。

岩石が伝える情報
秋本 実は最後のところでその話にもっていきたいと思っていたんですが、その前にこの地域にあるいくつかの面白い石をテーブルに置いているんですが、ちょっとここに運んでもらって山北先生に解説をお願いしたいと思いますけれども。

山北じゃあひとつひとついきます。こいつは蛇紋岩ですね。この特徴は緑色で、てかてかしている、しかもぺらぺらぺらぺらはがれているのが特徴です。こちらも蛇紋岩です。蛇紋岩の名前は蛇の紋の岩と書きますけれども、ちょっとこの表面をみると、この黒い中に色の濃いやつと青いやつとぶちになっているので、これが蛇の鱗みたいということで蛇紋岩ですね。
この赤っぽい石は、一部はチャートです。赤い色のチャート、一部はそれよりも珪質分が少なくて泥が多いんですね。チャートと泥岩のちょうど中間くらいの珪質泥岩といいますがそういう石です。真中のこの堅い部分がチャートですね。で、この両側に付いているのが珪質泥岩で、おそらくこれは2種類の岩石が交互に繰り返して重なっていったやつだとそういうふうに思います。

会場 紅渓石とは違うのでしょうか。

山北 紅渓石というのはおそらくこういうもののもうちょっと硬いやつを言っているんだと思います。それに近いようなやつ。珪質泥岩だろうと思うんですけども、チャートだとあまり硬すぎて駄目で、珪質というのは二酸化珪素が多いということですね。二酸化珪素というのは鉱物としては石英ということですが、これは非常に硬い鉱物です。普通に岩石の中に入ってくる鉱物の中では一番硬いですね。それよりも硬いのは、例えばトパーズとかダイヤモンドとか宝石になるようなものはもっと硬いですが、これはそんなにしょっちゅう岩石の中に入っているものではありませんので岩石のなかで普通に入ってくるのはこの石英が1番硬いです。
 硯にするにはある程度の硬さがいりますから、こういうのを使っていると思います。しかもこの石英の粒子が大きいとざらざらになって墨をするには変になりますから、硬くてしかも細粒なんですね。泥岩ですから。そういうのが硯になったり、あるいは刃物を研ぐ砥石に使っているところもあります。
これは炭化した植物片だと思いますね。これは地層の中から出たんですか?。

秋本 はい、養魚場の凝灰岩の下側の被溶結部分から出たものです。

山北 あ、凝灰岩の中ですね。だとすると火砕流が流れてきた時、そのへんに生えていた材木がその中に取り込まれて、そこで炭になったと、そういうものですね。

秋本 それはいつ頃のものなんでしょうか。

山北 それは、多分阿蘇4だと思いますから、さっき小林先生のお話に出てきた9万年位前ですかね。

秋本 9万年前の木ですね。どんな木でしょうか。

山北 ちょっとそれはわかりませんね、植物の専門家ではありませんので。溶結凝灰岩の中にはしばしばこういうものがあって、鹿児島のいとの火砕流のとこから木の切り株みたいなものが出てきたという報告もあります。
それから、これは阿蘇の火砕流溶結凝灰岩の溶結した部分ですね。特徴は、中に潰れたようなきらきらしたものが入ってます。これは火砕流として流れてきたマグマの断片ですね。マグマの固まりかけたやつがいっしょに溜まって、溶結というのは、そいつがまだ半溶け半固まり状態のときに上から荷重がかかってくるので潰されて固まるというふうにしてできたものですが、その時潰れた結果、軽石片みたいな物が平になっているということですね。
これは石灰岩ですね。化石が入っているかどうかこれだけではわからなんないですが、あんまり入っていないようで、これはどこの石灰岩かな。

秋本 それは、椎葉の扇山の下の松木です。

山北 椎葉の扇山ですか。じゃあこれは昨日断層探検で行った仏像構造線の北側にある石灰岩だと思いますね。

それからこれなんですが、断層岩っていいまして、断層で破砕された岩石だと思います。

秋本 それは、軟らかくて粘土状です。昔この地方で囲炉裏を作る時は、それを固めて作っていたんですよ。当地には多いのですが、それは断層の破砕帯にあるということでしょうか

山北 そうですね。断層ができますとそこに割れ目ができますから、地下水が通るんですね。その水は高温の地下水、これを熱水といいますが、それが通るとその岩石を作っている鉱物と反応して、粘土の鉱物ができるんですよ。粘土はやわらかくてぐちゃっとしていてそういうものだと思います。この中にちょっと大きめの硬い破片があるでしょ。それは、破砕し残された元の岩石がそのまま残った部分ですね、これは多分断層の破砕岩だと思います。
これはねえ、多分玄武岩質な火山岩だと思うんですが、ちょっと結構色が重めなのと、ここにピンク色の鉱物が出来てますね。これ多分マンガンが多い岩石じゃないかと思います。

地層断層の活用
秋本 ありがとうございました。勉強になりました。ということで時間があますところ30分となりました。先ほどご質問にありましたように、こういった地層構造と地域学という、地域おこしへの活用と地域の役割についてという本来の目的とするテーマに入っていきたいと思います。
 このように地層や断層を考えるということはいろんな発想や視点が出てくることでありますし、また新たな発見の喜びもあるわけですけれども、まず地域おこしとしての地域のそれぞれの独特の地層断層があって、そこからいろんな事を学べるというなかで、そういうのを地域おこしに活用するには、どういったことがあるのか、地域としてどういう役割があるのかということ、そういうお話をしていただきたいと思います。
 また、それぞれの地域のアイデンティティのなかで、昨日行いました滝のエステですね。イオンが多くて結構肌がきれいになりますよというようなことも、科学的にも証明できつつあるのかなという気もするんです。
 健康になるために、そのマイナスイオンが科学的にきちんと証明されて市民権を得るようになると、例えば、今まで森林浴がフィトンチット効果という言い方をしていましたが、これは針葉樹林による殺菌効果ということですが、森林浴はマイナスイオンが多いというしっかりしたデータがあるので、そういったマイナスイオン効果といったほうが免疫力を高めるといいますか、癒しの時間というか、そういったキーワードの方がこれからはおもしろいんじゃないかなという気もするわけです。
 それぞれのお立場で地域おこしへの活用と地域住民の役割りと申しましょうか、そういうものについてお話いただければと思います。

山北 じゃあ私の専門の立場からということで。その地域その地域の地質関係のもので一応考えてみたいと思います。まず全体としてはですね、きちんと事実に立脚したサイエンスに裏打ちされたものじゃないと、それはだめだろうということですね。一昨年から世間をにぎわせましたあの旧石器ねつ造問題ですね。あれが起る前に彼がねつ造した石器によって、旧石器時代の原人がここには住んでいたんだというのを売り物にして、原人の里のような形で町おこしをしていたところがいくつかありますよね。ところが今ああいう状況にあって大変困っているということです。あれは故意にねつ造したものですから非常に不幸な例ではあったんですけれども、やはり事実に立脚しない形でやっても一時的にはそれで人がくるなりしても、所詮それは長い目で見て地域にとってプラスにならないだろうということです。
 それからもう一点は、どういうものにしても、その地域の人たちがその町おこしをする材料についてよく知って、誇りを持てるような形のものに作っていかなければいけないと思います。
 先ほどの小林さんのお話で、快いものということは好きということだとおっしゃったんですが、要するに地域の人たち自身が「これはすごい、好きだ、誇りに思う」という意識を持っているものじゃないと、これはやっぱり地域外の人たちに訴えたにしても力にはならないだろうということですね。
 それから、そういうものを地域おこしの材料にするということになると、やっぱりその地域固有のもの、他の地域にはあまり無いものというものじゃないとなかなかうまくいかないだろうと思うんです。
 地質関係のもので地域おこしに使っている例というのはいくつかありまして、先程の後藤先生のお話でも大鹿村の中央構造線博物館の例が紹介されていましたが、ああいうような大きな断層があるところというのは、そういうのでやっているところがあります。ほかに例えば同じ長野県でもフォッサマグナミュージアムという糸魚川−静岡構造線のところにもそういうのがありますし、それから岐阜県に根尾谷断層といいまして、1897年でしたかね、濃尾地震という非常に大きな何千人もの死者を出すような災害を起した活断層があるんですが、ここでは断層の部分を地下に掘り込んで、実際にこれが断層だというのをその場で見えるように観測館を作ってやっているようなところもあります。

祇園山の可能性
 それからこれは五ケ瀬地域にも該当しますが黒瀬川帯ですね。これについては今日のお話で言いましたが、日本の中でもかなり特異な地域になります。非常に古い古生代の中頃の岩石がある。こういうところは飛騨外縁帯といいまして岐阜県の北の方とかですね、北陸地域の一部と、あとは北上山地ですね。日本の中ではこれだけにしか出てきません。これは非常に固有のものとしてはかなり売りになるだろうとは思うんです。
 黒瀬川帯の岩石を活かしたものとしては、愛媛県に城川町というところがありまして、この地域で黒瀬川の地質資料館みたいなものをつくってやってます。ただこれだけでは一般の人たちにはあまりインパクトが無いと思うので、それと一緒に宿泊施設をそこの傍に作ったり、ドイツで修行してきた手作りの本格的なハムを作って売り出したりというような形で複合的なことでやっている例があります。
 それで、この地域のことを考えてみますと、地質的な1番の売りはなんだろうと考えてみますとやはり祇園山だろうと私は思いますね。祇園山は今の黒瀬川帯の古い地層が出ているところということなんですけれども、黒瀬川帯のなかで古い地層の出ているところは点々と何ヶ所もあるんですが祇園山のように比較的分布が広いと、それから化石もたくさん出てくると、今日も下の展示室には祇園山から出てきた化石の展示があり私も見せていただきましたけれども、こんなに豊富に出てくるところというのはそんなに多くはなくて、実はこの祇園山と高知県に横倉山というのがありますが、おそらくこの2箇所くらいだと思います。
 そういう点で祇園山に関しては、やり方しだいでは非常に大きな町おこし資源ということになるんじゃないかなあと思います。いずれにしても、さっきの繰り返しになりますが、地域の人たちが、そのことについて、それはどういうものなのか、どういう意味ががあるのか、ということをよく把握しおく必要があるということです。

地層観察できる露頭を工事で潰さない為に
秋本 ありがとうございます。祇園山については今のところ立ち入り禁止状態、発掘できませんという状態にあるわけなんです。それは、ひとつには、あちこち誰でも入って穴をあけたら非常に危険だというのもあると思いますし、化石がなくなっても困るというのもあるんじゃないかと思うんですが、でも、この考え方では何も新しい方向へは道は広がらないのではないかと思うのですね。やはり、学べる場所も作るべきであるし、研究できる場所もつくるべきだろうと思うのですね。そういうことをするには1番気をつけなければならない問題点はどういうことがあるんでしょうか。
 それともうひとつ、昨日も仏像構造線探査の時に思ったんですが、あそこの道路に吹き付け工事をしていなければ道端ではっきりした断層面を見ることができるのにということです。非常に硬い岩盤ですからそんなにコンクリートで固めなくてもいいじゃないかと。
 こういうところはやっぱり工事の時にきちんと業者も役所もわかっいて、勉強していて、こういうものが出たらそれを残そうよと、そういうことを連携してやることが必要じゃないかなと思ったのでその点もお願いします。

山北 そのへんは私も同感でありまして、われわれ地質学に携わっている者としても、道路が新しくなると地域の人たちにとっては交通の弁が良くなっていいことなんですが、なかなか地層観察できる露頭というのが、今のようにコンクリートに覆われて少なくなっています。これは地質学の学会全体としても非常に大きな問題になっていまして、特に重要な露頭はなんとか残してもらうように関係当局に交渉する必要があるという議論もあります。それで重要な露頭についてはリストアップしましょうというような議論もあるんですよ。
 やっぱりその場合も地域の人たちが「ここのは大事だから残しましょう」と、われわれ現場にいない人間があそこが大事だと思っていても、工事をやっていることを知らなかったらどうしようもないわけですから、その点はその場その場にいる人たちがその重要性をちゃんと認識していて、なんかそういうのがあった時にはそこで業者ときちんと交渉するというようなそういう方向がいいんじゃないかと思います。
 それから、化石が出るところを町おこしの資源に使っているようなところとして、岐阜県の上宝村というところ、黒瀬川帯とならんで古い時代の地層が出る飛騨外縁帯というところに相当するんですけれども、これは町おこしということではないんですが、そこの地元の割と地質の好きな個人の方が自費を投じて自分の裏山に、化石のいっぱい出るとこなんですが、そこに化石遊歩道というのを作って入場料を取って儲けているという部分あるんですけど、そういうある程度管理をして区画を決めて化石の採集をしたい人には化石採集の体験が出来るとかですね、そういう形での活かし方というのはあるんではないかと思います。
 ただその場合も、祇園山で出る化石の標本というのは貴重な学術資料でもありますから、無制限に流出するということも困るので、ある程度数というか重さを制限するとかそういう必要性はあると思います。あるいは貴重なものを掘った人には実物の方は寄贈してもらって学術研究に使って、そのかわりレプリカのようなものを進呈するとか、そんなようなやり方もあるんじゃないかと思います。

新しい発見の可能性もある脊梁山地

秋本 地質図に無いところに、ある鉱物がある。例えば石灰岩の層が入ってないところに石灰岩があるとかですね。ああいう地質図というのはかなり間違いないというか、ほとんど調査され尽くしていると考えた方がいいんでしょうか。それともまだ未調査の部分があるというふうに考えた方がよろしいんでしょうか。特に脊梁山地において。

山北 私が今日の講演の中で示した地質図というのは、もちろん実際の地質調査に基づいてやるんですが、地質調査といっても全部地面を歩けるわけじゃないですよね。実際に歩けるのは道路沿いであったり、あるいは谷に沿って遡っていったり、調査というのはあくまでも日本のようなところでは線的になります。木がいっぱい生えてるようなところには実際どういう岩石が出てくるかっていうのは見えませんから、その調査をしたという所というのは調査をして線的に何本かルートに沿って調査をしたのを補完してつなぐ形になります。
 で、ここは推計が入りますので、勿論調査密度をあげればその確かさというのは増すんですけども、どうしても全部見ているわけではありませんから、実は推計が間違っていて予想してなかった岩石がそこにあるという可能性は充分ありますね。とくに九州脊梁山地なんかは山が険しいので、そんなに調査密度は高くありませんから、今後いろいろな調査をすれば新しいものがまだ見つかるという可能性は十分あると思います。

案内板の整備について
秋本 ありがとうございました。地域の役割というのはそういうのを探す楽しみというか、そういうものを探すことがあってもいいということですね。あともう一点ですが、昨日、白岩衝上断層と仏像構造線の断層が確認できたわけですが、仏像構造線の断層は目に見えて触れることができるということが分ったのですが、そこを誰でも行って見れるような環境を作ってきちんと案内板を立てて誘導するというような、そういう価値があるものでしょうか。また価値があるとすれば先生にお願いしてそういう文章を書いていただくということも可能でしょうか

山北 そういう形で断層のことについて案内板を作って、遊歩道を整備してやっているところがいくつかあります。ただ仏像構造線に関しては秩父帯と四万十帯の地帯境界という意味という点では重要なんですけども、断層そのものの意義に関しては、私はちょっと否定的なんですね。あの露頭でどうかなという気はするのですよ。もうちょっと非常に大きな活動度をもった断層であればですね。ただ仏像構造線についても案内板で紹介するところは他にもありますから、九州にも何箇所かありますので案内板を立てることはやってもいいかなと思うんですが、ちょっと学問的な意義に関しては私は多少懐疑的なところがあるということです。

秋本 ありがとうございました。それでは小林先生お願いします。

小林 私はこの点に関しては訪れる立場でしかないんですけれども、やっぱりいろんな滝に行く時に道案内がある滝と無い滝というのがあるんです。無い滝というのは大体近所の人に聞いてもわからない方が多くて、運良く知ってる人に合うといいんですけれど、名前を聞いてもわからない滝というのが結構あって、僕も苦し紛れにどこどこにある滝と書いています。そこへんがちょっと問題でしょう。
 もうひとつは自然破壊との兼ね合いというのがあります。眺望を良くしようとするとどうしても木を切ってしまう、レストハウスを建ててしまうというのがあって景観が変わってしまう。遊歩道もあると嬉しい反面、遊歩道が見えるとちょっとつまらないみたいなところがあって、そこら辺のジレンマがあります。
 それで、ホームページをやっている人なんかに聞くと、皆んなあまり場所を明かしたくなくて「私の秘密の滝」にしておきたいみたいです。私は積極的に、なるべく案内が無くても行けるように場所を書いているんですが。
 今度の幻の滝はどうしようかなと。山深いところですからホームページを見て、気軽に行かれて事故でも起こされたらいけないと思ったりして、そういうようなところのジレンマがあると思いますね。もし観光資源として考えたら案内をしっかりしていただきたいというようなことは考えます。

幻の滝の特性
秋本 昨日の幻の滝の特徴とかを先程の講演でもお話いただいたんですが、九州の滝の中に、まあ、いろんな視点があると思うんですけれど、その価値というか、滝の良さとか、ランク付けは難しいと思うんですけれども、ご覧になって非常にこの滝は素晴らしいとか、特徴はこういったところにあるよとかそういうのがありましたら。

小林 大体あのなかで一応紹介したつもりなんですけど、水俣にある箱滝ってやつですね。岩がきれいな積み木をやっているみたいな、あれは、ほんと自然なのか、誰かが手を入れたんじゃないかといまだに疑っているんです、こんな滝があるのかと。それから谷田滝という甌穴ですね。甌穴といえば関之尾ですけれど関之尾とは全然比べものにならない、深さが2メートル以上くらいあるとんでもない甌穴です。それから祝口観音滝という一枚岩の、非常に緩やかな斜面をだらだらっと流れるような滝ですね。そんなところがちょっと珍しい滝かなと思ってます。

秋本 その幻の滝の位置づけは。

小林 幻の滝は、まず大きい滝で落差でも県内有数の滝であるということです。タイプとしては源流型の滝で、河川の源流近く山深いところにある滝といえます。形態的には傾斜が急な渓流瀑ということになります。周辺も滝本体も砂岩だらけです。九州山脈が侵食される過程で、源流近くは傾斜が急で元々滝が出来やすいのですが、その上で砂岩が侵食に抵抗して滝が形成されたといえそうです。滝の出来方としては、それほど珍しくもないかもしれません。それから、昨日見たのは三段ある中の中段の滝だけですので、結論するのは早すぎるかもしれません。
 幻の滝のような滝が、この辺りでポピュラーなのかは、まだちょっとよくわからないです。どうしても、人里辺りの滝の方が訪れやすく、印象も深いものですから。私のホームページに上げた滝で、これほど山深いところにある滝は西米良の布水の滝、虹の滝ぐらいでしょうか。私自身はまだ行ってないんですけど、同じような形なのかなと思って見てました。地形図を見ると山深く、簡単に行けそうもないところに結構、滝の記号がのっています。そういう滝は情報もないので、どういう滝なのかわかりませんので、今の私には比較しようがありません。山奥には、誰も行ったことのない谷というのは多分いっぱいあると思いますが、ああいう滝がまだあるのかもしれないなと想像を膨らませています。
 ただし、今から幻の滝のように新しい滝が発見されたとしても、これほど大きな滝が未発見のまま残っているかは疑問ですし、仮にあったとしても容易に訪れることは出来ないでしょう。そういう意味でも、霧立越えの歴史と自然を考える会の皆様が中心になられて、遊歩道を整備された意味は大きいと思います。


秋本 ありがとうございました。サイエンスとしての視点でお話をいただきました。芳賀さんは直観力という、また違った視点でのお取り組みでございますが、地域おこしへの活用と地域の役割ということについてお考えをお願いします。

これからの特産品づくりは地産地消
芳賀 わかりました。先ほど私がお話をした直観力というのはどうも一般的な方々から見られるとサイエンスではないのではないかというふうに思われる節が非常に多いんですけれども、私は、実はこう見えても仕事は車のメカニックなんですよ。いわゆる検査員といわれるね、車の修理をするんですね。ずっと工業系で来ましたのでガリガリのサイエンスなんですよ実は。サイエンサーですよ。そういう人間が、あるきっかけで見えない世界のいわゆる直観力というか波動っていいますか、今、後藤先生がいわれたように磁気というのは非常に大きな波動体なので、機械でも測れるんですが、人間の細胞というのは微細な、もっと細かい、いわゆる気という波動ですね、波なんですね。
 サイエンサーがなぜそういう体になったのかと私もずっと矛盾を感じて悩んでいたんですけれども、その事象というものを利用して何がどう変わるのか。変わったことが起らなければそれはサイエンスではないですね。ただの気のせいなんですね、山北先生がいうようにただの偶然なんですね。そんなことをずっとやりながら実際に事象として起ってきているから、私はこれを直観力はサイエンスだと思っているんです。
 昨年、私の町は豊栄っていう町なので「エコネット豊栄」という会を立ち上げました。これはどういうことかというと、今非常に環境にうるさい、これからはおそらく環境を抜きにしたらいけないだろうと。それともうひとつは環境イコール人間の健康ですね。これはやっぱり最大のテーマで、帰るとすぐ理事会があるんですが、そのなかで私のこの直観力を非常にうまく使うリーダーがいまして、なんでもかんでも聞いてくるんですね。
 例えばご存知だと思いますが、EM菌の使い方がどうだとか、それからダイオキシンを出さない高圧力のあれはどうだとか、ゴミ処理はどうだとか、非常にそういうサイエンスでは解明されていない、だけどもランニングコストが少なくて環境に付加をかけなくてうまく循環していくシステムは無いだろうかというところに、実は私の直感力を使うのですよ。そんななかで、今いろんなことが事象として起ってきているから私はサイエンスだというふうに考えているんです。
 基本的に、これからの町おこし、あるいは地域おこしは第一番に何をしなければいけないのかといいますと、その地域に住んでいる人が最高に極楽だと思えるような、最高のライフスタイルだといえるような地域でなければいけない。今日は大山町の方もいらっしゃいますけど数十年前は桃栗売ってハワイに行こうというのが、地域おこしの決定打でございましたね。大山町の町長さんもそれで一山当てましたね。大分県の平松さんものりまして。その後はどうなったかわかりませんけれども、地域の特産物をよそに出してお金儲けをしてその経済で地域を活性化させようというのは、私はもう終わりに近づいているし、終わるべきだろうと思います。
 だってワラビの漬物は全国の山村で売られています。私ども新潟の港にはロシアからワラビの漬物が山ほど上がります。それが全部山村に行って「なんとかさんのワラビ」って書いてあります。どうでしょうか。こういうのは地域おこしといえるんでしょうかね。そういう騙されるような商品には、もう今の都会の方々は乗りません。
 本物というのはどういう基準で本物と決めているか、都会の人たちをくすぐるのかというとやはりその物を作っている場所、さっきヤシロチと言いましたが、最高の場所で人の手をほとんど入れなくて、ほったらかしでも最高によくなるものがあるんですね。今まではそれをいろんな加工をして出してましたよね。煮付けたり漬物にしたり。最近はやはりそのままの状態で出せる、例えば冷凍技術だとか、あるいは酸素を抜いた包装とか、さまざまな技術があるわけですし、それから物流が非常に発達してまして、日本全国ですとほとんど翌日には届く、新鮮なものを届けるというシステムなので、臨場感といいますか、その地域にあるものそのまんまの、その物だけじゃなくてその周りにある背景がある匂いだとか香りなんかも一緒に都会に運べるようなものを、実は地域の人が1番たくさん食べて、1番たくさん味わって、それによって1番丈夫になって愉快になり楽しく過ごしている物が実は全国をまたにかけていくのではないかなと私は思います。
 したがって、基本的な考えは、地域おこしは食べ物であれば地産地消です。自分で作ったものを自分ところで消費する。それが、ほとばしるようなエネルギーがあれば自然と全国から問い合わせが来る、あるいは全国からお出でになる。そしてお出でになった方が同じ物を食べたときに、送っていただいた物を食べる時とここに来て同じ物を食べた時と全然違うという感覚を持つことですね。地元に来て食べると全然違うんですね、送っていただいたものよりね。そういうエネルギーというものが実はヤシロチとわれる土地のエネルギーに多く含まれているというふうに私は考えております。
 ですから地域おこしは地産地消であり、もうひとつは循環型であるということですね。自分のところで生えてきたものは、カタカムナの言葉でいいますと、生えてきたものが身が溶けて返るという意味で「ミトロカエシ」と言うんですが、ミトが溶けてグルグルグルグル循環してその地域にエネルギーとしてとどまる。非常に効率がいいわけです。経済というお金の効率じゃなくて、命の効率といいますけれど、そっちのほうがはるかにロスがなくていいわけですね。

地域おこしは価値観の転換
 地域おこしというのは多分そういうところがキーワードだろうと。それともうひとつは環境に付加をかけないというところですね。今いったように物流がいくら発達しても物を積んで走るトラックはものすごい化石燃料を使って届けるわけですね。そういうものじゃなくて、やはり地産地消で化石燃料を少なく使ってまわすことによって、たまにでしょうかね、おいでになって食べていただくとかというあたりが一番だと思いますね。
 それからもうひとつ、カタカムナは、いわゆる精神文化ですから、物の価値の捉え方の修練、勉強なんですね。したがって皆さんはどうしても、ものの価値観をお金で換算したがるわけですが、21世紀はおそらくお金の価値観から生命の価値観に変わるような気がします。お金ではない価値観が多分皆さんの心のどこかで求めているんですね。それは何故かというとさっきの環境の話がありましたが、地球がどんどん汚染されているというニュースばっかりですね。地球が再生された、イヤー元気になったというニュースはありませんよね。人口がこれだけ増えて、めちゃ汚れてるって言われてますよね。
 そうすると生命というのはどういうふうに捉えるかというとなんとなく自分の命がどこかで途切れるか、おかしくなるんじゃないかという危機感を持つんです。その危機感がそういうものを突き動かせる原動力になるんですね。そうしますと価値観が変わるんです、その危機感によって。お金だけで動いてたんではやばいなというふうに感じてくるはずなんですよ。そういうものをいち早く、本当にまだ手つかずの自然といいますか、まだ冒されていない、まだ大丈夫な地域が気づいて、それに取り組むことによって環境が守られて、そしてそういう地域が、生き生きしたところが残るということですね。今の時代、どうでしょうか、皆さん。さっきも小林先生がおっしゃってましたけれども、毎日のようにインターネットやってホームページ見てる人はたくさんいますよね。そんなところでこの村が紹介されたらどうなりますか。
 私は日本という国はいうに及ばず世界から来ると思います。世界中がこういう地域を望んでいるんですね。例えば、一昨日行った幣立神社のおトイレが全然匂わないんです。あれ菌使ってるかっていうと全然使ってないんですね。自然のまんまの浄化システムを組んだだけなんです。土壌微生物がちゃんと分解して匂いを出さないんですよ。そういう本当に人間の手のいらない自然のありのままをよーく観察して洞察力を高めていった人たちが、そういう価値観にめぐり合ってそういうものを残せばいい、残した場所には世界から来ます。
 私は椎葉という村はそういう村になる可能性が非常に大きいところだと思います。それから黒木さんがすすめていらっしゃるあの焼畑。焼畑農法ですね。ものすごく理にかなっているんですよ。焼きますからひとつには灰になりますから灰はアルカリですから土壌の酸性を中和して非常にいい状態になって植物が生えますけど、もうひとつは焼いた時にくすぶって炭になるんですね。実はこの炭素が圧倒的に足りないんですよ、お山に。山火事ありませんからね、今。炭素比率が落ちますと植物は育たないんです。畑や田圃に炭を返して下さい。生き返えります。私自分のところでやってますけど、新潟ですけど、冬レタスが越冬するんですよ。解けないんですよ雪の下でも炭素があるんで。
 こういう技術というのが実はこのカタカムナの技術の中に全部載っています。昔の人はやってたんです。何が足りないか直観力でサイエンスしてたんですね。そういうことを、皆さんも炭を山に返さなくなったのですよ。皆んな生ゴミにして焼却炉に持っていって、全部化石燃料を使って、生ゴミの95%が水分、水を燃やして乾かしてそしてゴミにしてどんどん二酸化炭素をだしている。こんなような地域でしたらおそらく地域おこしは無理でしょうね。
 そういうものが1個も無いのになぜかゴミが出ない村だ、あるいは何にも手をつけてないのにものすごいものが取れる。野菜でもそうですし、今秋本さんがやられているヤマメもそうですよね。ヤマメがあふれかえるほど川にいるみたいなところですね。
 カタカムナ時代にはヤシロチにお米を撒きますと何にも手を加えないで1反から70俵取れてました。70俵ですよ、信じられますか。生命はある一定の条件が整うと無尽蔵に繁殖するという特性を持っていますですね。この生命を利用しない手はないですね。それがここでは利用できる地域だと私は思ってまいす。
 まとめますと、そういう村に、やはり価値観を変えるような、本当の日本語の意味をよーく学んで、それをサイエンス化して事象として、物に表せるというところまでの仕組みを組むということが出来れば、おのずとこの地域はお金がなくても世界一豊かな村になる、生まれ変わる、或いはそこに住んでいる人が世界一いい直観力を持って、さっき言いましたように災害や天災から、うまく避けて幸せな一生を送るんではないかと。もうひとつカタカムナの人たちは寿命140歳ありました。そういう記録も残っております。これからの地域おこしというのは価値観の転換が最重要課題ですね。
 それをするためには、こういう本質をまずきちっと学ぶところから始まってそれをサイエンス化していく。それが一番大事なことなんじゃないかと思っております。さっきの松果体のメラトニンのお話がありましたが、松果体のことを学びたかったら、発生学という学問があります。それをやれば一目瞭然で出ております。今日はもう時間が無いので、もしホテルに帰って夜やれというのであればやりますから、興味のある方はおいでいただければその話も出来ますが、人体の構造については発生学をやったほうがいいんじゃないかと思ってます。まあ私の観点からいう地域おこしというのは人おこしですね、それが一番だと思います。以上です。

秋本 ありがとうございました。後藤さんお願いします。

人間が持つ不思議な能力
後藤 3点お話をさせてもらいます。できる限り簡略に切り上げるつもりです。山北先生のおっしゃる通り、科学の言葉で語るというのが一番のぞましいと思います。ただ、今の科学の言葉では語れないものがたくさんあるということは皆さん感じておられると思います。不可思議な話がいっぱいあります。それからよくテレビに出てきて超能力を否定される大槻先生ですけれども、10年相変らず同じような番組を作ってます。今日テレビ局がお出でになっているのでちょっと失礼なんですけれども、同じようなところを出たり入ったり「気はあるか超能力はあるかないかないか」そんなことを10年も20年もやってまいす。スタート地点に立ったままです。
 私は早稲田の大槻先生のことをおとしめるつもりはまったくないんですけれども、大槻先生は、実はご本人の本の中に書いていますので私が週刊誌に暴露することではないですけれども、どういうお生まれの方かといいますと、恐山のイタコの孫です。本人が書いています。だからおそらく大槻先生という方は、これは私の直感ですけれども、そういうお生まれで戦後教育の中で非常に苦しい思いをされたと思います。自分のおばあさんはイタコですから、いろんな超能力っぽいことをしたでしょう、お告げみたいなこともしたでしょう、それを全部否定して早稲田に進んで理工学部で勉強して、今、テレビに出てきて、超能力者が出てくると「そんなのは間違いだ!大嘘だ!」って抗議しておられるわけですよね。
 大槻先生はこれからどれくらい生きられるかわからないけれども、私はなんか生涯最後のところで、最後になるかはわからないけれども、また違う展開があるのかなと、そういうお生まれの方だから、また何かあるのかなあって結構注目しています。
 次に、長谷村で気の場が見つかった年がですね1995年です。この年はどういう年かというとご存知のとおり1月17日に阪神淡路大震災がありました。今日は、講師の中に1人も地震の専門家がいらっしゃらないですけれども、一般的には断層の話をすると、普通の人の関心は、地震なんですよ。阪神淡路大震災以来、断層というとみんなびっくりしましてね「地震はいつ来るんですか」って。私は中央構造線の話で今度九州まで伺わせてもらうという話を伊那谷でしてもですね、地震の話だとみんな思うのですよ。
 私は地元では、こんなとんでもない話はしていないものですから、中央構造線だというとみんな地震だと思ってしまうのですね。で、今日は地震の話はでないですけれども、阪神淡路大震災を見て、それから日本中活断層という存在にびっくりしちゃって、私もかねてから中央構造線をやりたいと思ってたんですけれども、直接動き出したきっかけはこの阪神淡路大震災だったんです。
 もうひとつ同じ年におきた事件というと皆さんご存知のとおり「オウム事件」です。オウムというのは超能力のまがいのものに若者がはまったカルト集団でびっくりしちゃったですよね。私は本当に日本の運命というか、新しい時代が開いたのが1995年だと思ってまして、それは阪神淡路大震災という大地が大きく鳴動して多くの方が地震で亡くなることもあるという活断層の恐怖ですね。
 もうひとつは精神世界みたいなものですね、当時オウムのおかげで非常に悪いイメージを植え付けられたということ。そういう年に長谷村の気の場という見えない世界が発見されました。実際吹き上げてくるエネルギーは磁気だかなんだか分らないですけれども、私も去年、初めての人を連れて行ったら、大地に手をかざしてその人が「後藤さん感じる」っていうのですよ。そんな初めての人がと思って自分もやってみたらほんとボアーって来ているものがありましてね、あとピリピリ感、これは多くの人が感じます。すごいピリピリ感がありまして手のひらが赤と白の斑になります。そういうことがあります。

構造線には絶対何かある

 その長谷村の気の場が見付かったのが1995年です。村が力を入れて村おこしが始まったんですけれども、最初は誰もそんなの推進する人いないです。今日、最初に写真でお見せした村長、その村長が一生懸命先頭にたってやったんですけれども、村議会は当時大反対で、そんなことはオームだと言って反対したと聞いてます。それをあえてやったんですね。気の場の発見者は、そのダムの所長だったんですが、中国から気功師の超能力者で張さんという有名な人を調査に連れてきまして、「ここだ」と指さしてもらったりとか、そういうパフォーマンスをやったこともあったんです。
 それから4年が経って村が宿泊施設、研修施設のあるセンターをつくりました。それがだいぶ軌道に乗ってきました。ようやく村議会もほとんど賛成に回ってきまして村長も新しい仕掛けができるということで今年からは気の里ビールを開発して売り出しました。
 気の里ビールというのは気の場からいい水が出ますから、その水を使ったビールなんです。前から、気の場の水を飲んで元気になったという人たちが結構いまして、本当かどうか知りませんけれども骨折した犬が気の場の水を飲んだら帰りはもう元気になって登っていったという話がみんなに伝わり始めて、その水を入れて気の里ビールだと。それで、テレビで記者会見をやって村長が「うまい!」って言って飲んでましたけれどね。ようやくそういうものが認められるようになりました。
 で、役場の中でも職員の方が最初はそんな気の場なんてあるのかと思っていた人が、通ううちにそういうのに目覚めちゃいましてね、感じる能力も高まって、私もその人から感じ方教えてもらったんですけれども、役場の職員のなかで中心になってやっているのはその人一人といっていいくらいですけれども、東奔西走、東京の学会へ出て、科学的に裏付けするために国際生命情報科学会という学会へ出たり、それから村に東洋医学、気の治療みたいなものを持ちこんで来たりしてやっています。
 私から見ていると、私の人生のなかで1995年年の衝撃はありましたけれども、それと並んですごい衝撃的だったのは、ソ連邦の解体と、その前ですけれども東西統一のベルリンの壁の崩壊、あれはすごいショックを受けました。私の人生の中であんなことは無いと思っていました。私の生きている間はベルリンの壁は崩れず、ソ連邦が解体するなんて考えられない、このまま世界は東西の対立が続いて下手したら核戦争が起きるかもしれないと思ってたのです。
 ところがあっという間に東西ドイツもベルリンの壁が崩壊し、ソ連邦が解体する。そういうのを見て、これは今までの人生のなかで目に見えるものしか信頼しなかったけれども、こういうふうに世の中が変わっていくなら後半の人生はそうものに目を向けて生きていこうかなと思ったのです。だいぶ前半の人生できりきりとやり過ぎたところがありまして、目に見えるものしか信頼しないとか、小説もそんなことばかり書いていまして、体も壊しぎみのところがありまして、今は絶好調ということでもありませんが、そういうことで見えない世界を発見していきたいということです。
 それに関連していいますと、昔の地域おこしは何か作ったりとか、さっきの一村一品というのが出ましたけれども、これからは物の見方を変えることが大事ではないかと、それともうひとつは、人間が持っている不思議な能力にもっと目覚めたほうがいいんじゃないかなと、きっとそういうのがあると思います。不思議な能力は誰でも持っています。みんな超能力者だと思います。そういったものに目覚めて、こういう時代ですからお金とかそういうのはあんまり頼りにせずに自分の能力を高めていくこと、それも今までのような刻苦勉励型の、努力してどうだとか、本を読んでどうだこうだということではなくて、山歩きなどからすごい直観がさずかることもあると思います。
 そういうふうに、ものの見方を全然変えて、新鮮な感じで生きていく、その上に新しい村づくりが絶対あると思います。ここはそういう場所です。幣立神宮もすごいです。私も何年か前から呼ばれたような感じがしましてですね、ようやく一昨日、春木宮司の話を聞くことができてびっくりしました。
 地元の方は春木宮司のお話をお聞きになったかどうか分りませんが、お話をどう聞かれていたのかなあと思って、秋本さんに「地元の人はどういうふうに話を聞かれていますか」と聞きましたら「あの方の話は飛躍し過ぎてですね、ついていけないところもあります」とおっしゃいました。確かに飛躍する話は多いです。ただ私は非常にわかりました。そうしてすごい魅力のある話がいっぱい出てきました。地域おこしはもう地元にあります。ここはそういう土地ですから。だから、ものの見方を変えて、山北先生のような方からさっきいろいろと教えていただきましたがこういう先生は貴重です。その面で締めをいいますと、磁気かどうかわかりませんけれども私もこういう形でこれから先生に情報を出していき、いろいろと教えていただきたい。もしかしたら山北先生もこれを機会に前向きな情報を提供していただけるんじゃないかとそう期待をもって帰えろうと思います。いずれにしましても中央構造線については、私も直感的ですが構造線には絶対何かある、そう思っています。以上です。

秋本 ありがとうございました。さて、森田さん。昨日滝でコンサートをいただいて、大変なショックを受けたと、あとからは非常に気持ちが良くなったと、素晴らしかったと、そのようなお話を昨夜してくださいましたが、お願いします。

自然がメインで私たちは生かされている

森田 昨日からお世話になっております森田です。昨日の滝ですよね。私はすごい気持が良かったんです。それは滝もそうですが、まず行くまでの間に、なんでしょうね、こう、森がすごい元気で、山の頂上に行ってね、活気溢れる森や木々が迎えてくれて、もうバスの中でだんだん体が暖かくなってまいりまして、それからバスを降りて歩き出したんですけれど、どうなんでしょうね。私は、先生方とは全然違って、そういう学論的な裏づけもまったく無い、本当に感じるだけのものしかないのですが、でもこれが人間だと思うんですね。学論や論理的なことや数字があれば皆さん信じやすいかもしれませんが、気持がよくて元気になれて、ほんとに、こう、健康っていうか、身体が循環してきて血が回り出して、歩く前からもうなっていたわけですから、そういうことを感じまして、で、滝に行きました。
 えー、滝はね、なんか最初はちょっとショックでしたね。ちょっとこれいろいろ言うとあれなんですが、滝もいろいろな感じがしましたけれど、実は演奏をはじめる前ですか、サーっと光がさして、ふうっと風が吹いてね、ほんと漫画チックで全然申し訳ないんですけれども。こんなシンポジウムでこういう馬鹿なことを言ってしまって。でも、やっぱり地球上に生きている私たち人間は生き物であって、動物でありますから、風とか光とかそういうものに包まれて、こういう自然の中で生かされているわけですから、演奏していてほんとに途中に私も、皆さんも眠くなったと言いますが、実は、私自身もあの滝は行ってすぐに気持がいいというものではなくて、もちろんそのシャワーですか、滝のしぶきのマイナスイオンを受けながら、そしていろいろな感じが巡ってきまして、吹いているうちに私もとても気持が良くなって、本来の演奏家がすべきこと、メッセージですよね。伝わったかどうかわかりませんが、演奏しているうちに何かこう、滝からのお声を少し聞けたような、そういう気持がするくらい、とても気持の良い場所でした。
 今日の感想でちょっと私が少しつけ加えさせていただきますと、そういった町おこし、村おこしなどで、やっぱり、先ほど先生方、芳賀先生、後藤先生などもおっしゃっておりましたが、やっぱり作らないこと、自然がメインであって私たちはそこに生かさせていただいている人間なわけですから、やっぱり自然を崇拝し、自然にお伺いたてるというか、言葉ではしゃべってくれませんけれど、何なんでしょうね、自然らしき姿を大切にし、あそこまで遠いからいいですよね。あれをいい道つくってしまったら、やっぱりみんな、何なんでしょうね、うーん、ちょっと違いますよね。あそこまで行きたい人は苦労して、足腰もあの大変な山登り山下りですけれど、そうして初めてその素晴らしい場所に行きつける、そしてあそこの素晴らしい場所で気持の良いマイナスイオンを受け、美味しいお水をいただき、そう、なんか、うん、それだからこそ価値があるし、それを皆さんが、住民のみなさんが、やっぱり誇りを持って、自信を持って、ほれ込んでいるうちに皆さん自身がもっと生き生きしてくるので、何もこう、ひょっとしたらPRしなくても、そういう光っているところって見えますよね。皆さんわかりますから。何か自然体でそのまま、作り事はよして、一過性で終わってしまいますので、まずは自然のままで、いただいたものをほんとに、いろいろな形で自然にまた還元できるんじゃないかなって私は感じました。(拍手)

秋本 どうもありがとうございました。時間もかなり過ぎてしまいましたけれど、これだけはどうしてもいっておかなけばいけないというようなことがありましたら・・・。よろしいですか。はい、ありがとうございました。
 それでは30分近く時間がずれ込んでしまいましたが、これは、もうあと1時間2時間あっても延々と議論が続くなあ、というようなところでございますが、それぞれ大変示唆に富んだ深いお話でございまして、まあ結論は出ないわけでございますが、シンポジウムでございますから、それぞれお聞きの皆さん方が、それぞれの受け取り方で受けとっていただけたらと存じます。
 このシンポジウムをこれからの大事な資産としてつないでいきたいと思います。以上でコーディネーターの役割を終わらせていただきます。先生方どうも本当に長時間ありがとうございました。

椎葉 どうも長時間にわたりましてありがとうございました。それでは、最後に椎葉村の黒木勝実にお礼の言葉をお願いします。

黒木 椎葉からやってまいりました霧立越の歴史と自然を考える会の役員をしております黒木勝実でございます。森田先生を含めて5人のパネリストの先生方、それぞれのご専門の分野から大変有意義なお話をいただきました。それなりにまとめた結論というのは土台無理なことででございますけれども、私どもそれぞれが、それぞれに咀嚼をいたしましてこれからの地域おこしに充分活かしてまいりたいと思います。尚、この機会に今後ともこうした絆を活かして、再会などがございましたら非常に幸いだと思っているところであります。本当にありがとうございました。
 それからご参加の皆様方、2日間にわたってこの暑いなか、神戸から福岡からいろんなところからご参加いただきました。数えてこのシンポジウムも8回、あるときは極寒の、本当にマイナス何度というスキー場の上でもやりました。今日のような真夏は今回初めてでございます。来年もまた手弁当でこのようなシンポジウムをできるかと思います。また皆様方お運びいただきまして、一緒に学びながら、そして地域おこしに関わっていければありがたいと思っています。本日は本当にありがとうございました。(拍手)


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第13回霧立越シンポジウム
九州脊梁山地文化圏
平成22年10月24日〜25日


第12回霧立越シンポジウム
『柳田国男100年の旅』
平成20年7月19日〜21日




第11回霧立越シンポジウム
『自然体験とインタープリテーション』
平成20年5月10日(土)〜11日(日



第10回霧立越シンポジウム
西南戦役130年
平成19年4月21日〜23日



第9回・霧立越シンポジウム
過疎山村の町村合併を考える
2002年11月22日



第8回 霧立越シンポジウム
幻の滝を考える
2002年7月20日〜21日
 


第7回 霧立越シンポジウム
キリタチヤマザクラを語る
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第6回 霧立越シンポジウム
日本上流文化圏会議
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第5回 霧立越シンポジウム
森とくらしのあり方を探る
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第4回 霧立越シンポジウム
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1996年11月8日
 


第3回 霧立越シンポジウム
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第2回 霧立越シンポジウム
タイシャ流棒術350年と霧立越
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第1回 霧立越シンポジウム
「霧立越を語る」
1995年5月14日
 


森シンポジウム
―地域の光の創造と発信―
1992年10月25日

五ヶ瀬ハイランドスキー場
パネリスト
竹内宏氏(長銀総合研究所理事長)
後藤春彦氏(三重大学助教授)
藤井経三郎氏(リブ・アソシェーツ代表)
車 香澄氏(福岡大学教授)
長沼武之氏(宮崎県観光振興課長)
秋本 治 (やまめの里代表)
コーディネーター
鈴木輝隆氏(落ち穂拾いの会)



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2009.03.10〜