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第11回・『自然体験とインタープリテーション』

―人間性回復と持続可能な社会の構築に向けて―

日程
日時 平成20年5月10日(土)〜11日(日)
場所 向坂山森林公園


セッション2 パネルディスカッション
テーマ 「霧立山地の魅力と活用を語る」
■パネリスト
 南谷忠志氏(宮崎植物研究会会長)
 白池 図氏(宮崎土地分類基本調査研究会)
 坂元英俊氏(阿蘇地域振興デザインセンター事務局長)
 柳田剛一氏(ANA派遣・高千穂地域再生マネージャー)
 山部哲経氏(宮崎北部森林管理署長)
■アドバイザー
 増田直広氏((財)キープ協会)
■コーディネーター
 秋本 治 (霧立越の歴史と自然を考える会)

秋本 治
 それでは、只今から第二部のパネルディスカッションに入らせていただきます。先ほど増田先生の基調講演でインタープリテーションについてお話いただきました。インタープリテーションとは、いうなれば自然解説活動である、と。そして、インタープリターは自然と人との橋渡し役である、と。非常に分かりやすく解説していただきました。こうした活動の基本は、先ず足元にあるものについて、その地域の特性を学ぶことから始まるのではないかなあと思うわけです。
 そこで、このパネルディスカッションでは、先ず、霧立山地の地質について白池先生に霧立山地はどのようにしてできたのか、霧立山地の地質の特性などについてお話頂きたいと思います。白池先生は、宮崎土地分類基本調査研究会で椎葉と鞍岡の地質を目下調査中であります。宮崎県内でもこの地域の地質調査が一番後回しになっていたので空白地帯であったということです。そうした興味あるお話も伺えるのではないかと思います。
 次に、霧立山地の特異な地質ゆえに植物はどのような特性を持っているのか、特に、九州で最も標高の高い石灰岩を有する白岩山は、宮崎県指定の天然記念物として植物群落が有名であります。こうした地域の植生や課題について宮崎植物研究会の南谷先生にお話いただこうと思っています。
 そして、そのようなお話を踏まえて、阿蘇地域振興デザインセンターの坂本先生、全日空から派遣され高千穂地域再生マネージャーとしてご活躍の柳田先生に、地域づくりの観点からお話を頂き、霧立山地を管理されている宮崎北部森林管理署長の山部先生にアドバイスをいただきながら自然体験や環境教育についてお話を深めることができたらなあと思っています。
 ここで、最初にお断りさせていただきますが、パネルディスカッションでは話を深めて行くために、講師の先生方のお名前を「先生」は省略して「さん」付けでお呼びさせていただきたいと思います。ご了承のほどお願いしたいと思います。それでは、先ず地質の専門であります白池さんにお話を頂きたいと思います。白池さんよろしくお願いします。

白池 図  私は、県内各地の土地分類基本調査をやっています。昭和55年(1980年)から私達の研究会が県からの委託を受けて調査を始めています。三年前までは国の補助金が半分、県の補助金が半分で運営していましたが、小泉さんの三位一体改革で、国の補助金がなくなってしまいました。これで終わると思っていたら県単独で今、予算を組んで私達への調査費用を出しています。
 土地分類基本調査の内容は、地形、地質、土壌、現況の四分野に分かれておりまして、その内の地形と地質の二つを私達がやっています。土壌の方は農業試験場が主に、林業試験場などと担当しています。現況ととりまとめを農村計画課が担当しています。
 県内の調査で一番最後に残っているのが、5万分の1の地形図でいいますと椎葉と鞍岡と言われるこの地域です。何故ここが最後かと言いますと調査で一番きついところだからです。今、ここの林道に入って調査しています。何故、林道なのかといいますと普通の道路はコンクリートの吹き付けがしてあるため、ぜんぜん石が見えません。ですから林道のほうに入って一つ一つ出た石を地図の上に書き込んでいきます。後は調べたことを基にして地質図とその説明文を書くという仕事をやっています。地形も同じような図面にして説明文を付けています。興味のある方は出来上がったものは、各市町村にも配っていますので見てください。青い表紙の物です。市販されていません。県の出版物です。
 今から、パワーポイントを使いながらやっていきたいと思います。これが本当の意味での白岩山ですね。地図の上での白岩山は、ほんとうは『水呑みの頭』と言う名前なんですが、白岩山は石灰岩の山です。これが二畳紀と呼ばれていまして、およそ2億5千万年くらい前の石灰岩だと思って頂けるといいかと思います。あとからお見せしますけれども化石が入っています。その化石から年代がわかります。
 最初ですね、霧立山地ではどんな石が見れるのかといいますと、『チャート』と言って硬い石で白色とか赤色とかの半透明な感じの石です。それから玄武岩と言われている溶岩です。それから、これは先ほど言いました石灰岩ですね。生まれた場所がどんな場所かと言うと、実は海洋底です。太平洋みたいな所で生まれた岩石だと思って下さい。海洋起源の岩石と言います。
 それから、もう1つが陸地で生まれた泥とか砂ですね。そして礫。こういった物が堆積してできた岩石で、陸地起源の岩石と言います。それからちょっと珍しいのが『蛇紋岩』。たぶんこの地域の人達はご存知だと思います。ちょっと紫の濃い色の岩石ですね。光が当たると少し緑っぽい色に変わったりしている岩石です。この岩石は地下30勸焚爾離泪鵐肇襪砲△襯ンラン岩と呼ばれている岩石が水の作用を受けて変わった岩石です。こういう地下深くの岩石がここの地域には結構見られます。
 これがチャートです。この場合のチャートは、薄い、だいたい5〜10儖未慮さで何枚も厚く積み重なっています。ほとんどがこのように褶曲しています。チャートは、非常に小さい0.1舒焚爾阿蕕い梁腓さの微生物がたまってできた岩石です。殻がガラスと同じ成分の珪酸からできています。このチャートは、霧立山地ではよくこのような切り立った岩峰をつくるのが特徴です。
 それから、これが石灰岩です。これは『ガゴの岩屋』の石灰岩です。秋本さんが見つけられた化石ですね。『四射サンゴ』とか「四方サンゴ」だとか呼ばれているサンゴの化石です。サンゴは暖かな浅い海で育ちますから、白岩山は昔「暖かな浅い海」だったことになります。それからもう1つ、これは『化石の森』と言われている所で、これも秋本さんが発見された巻貝の化石です。これは全て巻貝です。これは、実は困った事に殻の部分が残っていないものですから名前が付けられないんです。だから非常に秋本さんも残念がっておられます。巻き貝の殻は石灰質から出来ていて、それが集まって石灰岩を作っているものですから、同じ物だから殻が残りようがないですね。どうしょうもないですね。以上の化石は二畳紀のもので、今から2億5千万年くらい前のものです。
 それから、これはさっきの二畳紀よりもちょっと新しい石灰岩です。どれくらい前かといいますとおよそ2億年くらい前の、化石が入っている石灰岩です。これは椎葉と諸塚の境の黒岳林道のもので、大きな二枚貝の化石を含んでいます。化石は大きいとの意味で『メガロドン』という名前が付いています。この化石は、胡麻山から不動冴山まで行く林道でもでてきます。メガロドンは鹿避けの網がしてある中にあり、もう一回きちんと入ってみて調べてみたいと思っています。以上が化石の入った石灰岩ですね。
 それから、これは玄武岩で、「グリーンロック」とも言います。色は緑色です。たぶん今日歩かれたウッドチップの登山道の途中に落ちてたのは、ほとんどこれです。これは海底をつくっている岩石だと思って頂けるといいです。この同じ岩石を見ようと思ったらハワイに行けば見られますが、ハワイの場合真っ黒なんですけど、ちょっと変質して緑色になっています。よく庭石として飾ってある石です。
 それから、これは蛇紋岩です。そこの波帰の所から北の方に林道が新しく出来ています。その途中に両側が切り立った所があって、そこに紫色の濃い色ののものがでています。それから、これはそこから少し入り込んだ所にあって断層が出ていたものですから写真撮りました。
 それから次は、今日の話に関わりが深いものです。たぶん見ていらっしゃると思うんですけれども、あまり気をつけて見ていない地層です。実はですね、これ周りは、ほとんど泥なんですよ。泥が固まっているんです。その中にこんなでかい、丸っこい石が入っています。普通、レキ岩とよんでいる岩石は砂の中に石ころが入ったものです。これは泥の中にこんな石が入っている。だからこれは混在岩と名前を付けています。一番最初に付いた名前はメランジュで、フランス語です。ヨーロッパアルプスの調査をしていて気が付いた人が付けた名前です。日本語に訳せば混在岩。混じり合った石という意味です。これが名前が付いたのが1980年。ですからまだ30年経っていない。新しく解釈したものです。この岩石が波帰の所に出てきます。泥の中には砂の固まったものやチャートが入っています。泥や砂は陸地起源の岩石ですが、チャートの海洋起源の岩石も混じり合っています。場所によってはこれに玄武岩という緑色の石が入り込んだりしているときもあります。これが今から話す興味のある話に関係があります。
 それから、もう1つ1980年代頃から一生懸命調査し始めているものが放散虫という化石です。これが0.1mm以下の化石です。この研究がだいぶ進みまして、放散虫の化石から時代が決定出来る様になりました。これは、どのような岩石の中に入っているかといいますと、チャートや泥岩の中です。チャートは、先ほど言った放散虫など微生物の積み重なったものなんです。こんな小さいものが堆積して、硬い石を作っていきます。
 いろいろな岩石ががどのように分布しているかを書いたものがこの地質図です。ここが向坂山、ここがスキー場です。ここには海底を作った岩石があります。緑色をして少し変成している緑色片岩が分布しています。ここが白岩山。本当の白岩山です。ここの青色の部分は二畳紀の石灰岩がある所です。
 それから、この黄色っぽい色で書いているのがチャートです。あと、それ以外の所は泥とか砂です。このように、玄武岩・石灰岩・チャートの海洋起源の岩石が泥・砂の陸地起源の岩石中に挟まって出てきます。白岩山から南はほとんどチャートと泥と砂だけ。それから、南は泥と砂だけ。その南は砂とチャートが交互に分布します。扇山の方に行かずにちょっと松木の方に降りていく途中からは石灰岩に玄武岩にチャートに、石灰岩と、よりどりみどりのいろいろな岩石が混じり合って出てきます。
 この南には、時代の新しい四万十層群と呼ばれている、ほとんど泥・砂だけの地層が出てきます。これから上が秩父帯と呼ばれていて、これらと同じ地層が関東の秩父から紀伊半島、四国、九州に連続して分布しています。昔は『秩父古生層』と呼ばれていました。ようするに2億年よりも古い岩石から出来ていると思われていたからです。ところが先ほど言った、放散虫を調べてみると、一応ここで三つに分けられることが判りました。こちら(白岩山衝上断層より北)は『黒瀬川帯』と呼ばれています。黒瀬川帯には、およそ4億年前の花崗岩や石灰岩があると同時に、二畳紀に堆積した混在岩やジュラ紀に堆積した混在岩が見られます。
   黒瀬川帯の南側の二つを三宝山帯と名前を付けています。三宝山帯は泥の中に入っている放散虫化石より、北に分布する主に砂岩・泥岩・チャートからなる部分はジュラ紀に堆積し、南側のチャート・玄武岩類・石灰岩・泥・砂かなる部分は白亜紀前期に堆積したと推定されています。
 この地域の地層を見ると、古い黒瀬川帯の南に、三宝山帯のジュラ紀に堆積したものがあり、その南に白亜紀前期に堆積した混在岩があります。その南には白亜紀前期の四万十累層群の地層が見られます。いわゆる古い部分から新しいものがどんどん外側に順々に付け加わっています。実はこれが宮崎県の地質なのです。古い地層の外側に新しい地層が次々に付け加わった感じになるんで、付け・加わった・帯と書いて『付加帯』といういい方をしています。このような考え方は1970年くらいからでてきました。、今から30年いや40年くらい前なのです。
 これからプレートテクトニクスの説明をします。説明の為の図なんですけど、海洋の中に海嶺というのがあります。そこで火山の噴火が起こりました。そこで玄武岩の溶岩が吹き出て、海底が出来ました。この玄武岩の海底が移動して行きます。この海底は日本列島の下に潜り込んで行きます。潜り込むというより沈み込むと言うべきでしょうか。このような考え方をプレートテクトニクスと言います。海底の移動速度は、1年で10センチ位の速さ、のんびりしてます。緑色の石は玄武岩類の変質したものです。
 海底が移動する間に色々なプランクトン、石灰の殻をもったプランクトンが溜まると、石灰岩になり、さっき話した放散虫とかが堆積するととチャートになります。玄武岩類、チャート、石灰岩は海洋起源の岩石です。これらの岩石が海溝で潜り込みます。陸地で風化して削られて小さくなった砂・泥は、運ばれ海溝付近に堆積します。潜り込んでいる海底は陸地を押して、続けていますので、時々割れ目を作り、地震が起きます。
 また、海底が陸地を押し続けることで、低い角度の逆断層(衝上断層)が生まれます。その断層が海底の部分まで達すると、海底の一部がはぎ取られて、陸地から運ばれてきた泥や砂の地層の中に挟まれてしまいます。このようにして、混在岩ができると考えられています。低い角度の逆断層ができると、陸側が海側の上にのし上がることになり、海だったところが陸地に変わっていきます。このようなことが繰り返し繰り返し起こり、付加帯ができていきます。
 祇園山の話をします。この祇園山は、この曲がりくねったところが山頂です。山頂の所は火山灰の積み重なったものから出来ています。酸性凝灰岩と呼ばれています。色は白っぽいです。祇園山の西側の所で切り立った崖の所が石灰岩です。そして北側の所に花崗岩があります。祇園山の石灰岩には、鎖状にに繋がっている『鎖サンゴ』や蜂の巣のような形をしている『蜂の巣サンゴ』があります。ここと同じ化石がオーストラリアで見つかっています。

 時々、五ヶ瀬に来てお話されている浜田隆士先生(浜田先生は最初に祇園山の化石を調べられた方)がオーストラリアに調査に行かれて同じ化石と判断されました。およそ4億年前、祇園山とオーストラリアのサンゴの化石のあるところは、もともとは、同じ場所にあり、その後2つの方向に移動したことになります。祇園山(この頃は山にはなっていませんが)は、中国大陸にぶつかり、大陸の一部になったと考えられています。その頃は日本海はありません。日本海が出来たのが1500万年前です。その頃、日本海が出来て、日本列島になったんですね。そういう面白い場所なんです。そういった意味で見て頂けたらなと思います。
 それからもう1つ気をつけて見て頂きたいのは、五ヶ瀬町内には黄色で塗っている場所があります。これは何かと言いますと、浅い海で堆積した堆積物です。海洋プレートが潜り込んでいるところの上部には浅い海を持つくぼみができます。そのくぼみの浅い海の堆積物がところどころに分布しています。このような浅海性堆積物は五ヶ瀬町の中村にもあり、ここからはアンモナイトの化石がが出ました。宮崎県では一番でかいアンモナイトです。40儷瓩あります。これは落ちてきた石の中に入っていました。これは今、県立博物館にあります。このレプリカが4月28日頃五ヶ瀬町教育委員会の方に届けられたと聞いています。同じ中村で発見されて2個目のアンモナイトは五ヶ瀬町に保管されています。恐竜の化石が出るとしたら五ヶ瀬町なら可能性はあるかもしれません。ただ今の所出ているのはアンモナイトと二枚貝です。
 五ヶ瀬町には九州でもっとも古い岩石(花崗岩)、もっとも古い化石(サンゴ)、中生代のアンモナイトや二枚貝の化石があります。また、五ヶ瀬町は、五ヶ瀬町にある古い地層の南側に順々に新しい時代の地層が帯状に分布する付加帯の始まりの土地でもあります。五ヶ瀬町はこのような意味で非常に面白い所です。大事にして頂きたいなと思っています。出来れば五ヶ瀬町内で皆さんがこっそり持っているいろいろな化石や岩石を提供して頂いて、それを並べて『ああ俺達の町はこんないろいろなものがあるんだ』ということを自慢して頂けたらなあと考えています。

秋本 治
 はい、ありがとうございました。霧立山地はどうやってできたのか、赤道付近からジワジワと押し寄せてきた太平洋プレートが、大陸に衝突して折れ曲がり、ここに頭を出してきた。更に後ろから長い年月の間に次々と新しい年代の岩石が押し寄せて重なってきた、という壮大な地球の歴史のお話でした。
 海底に噴出したマグマの玄武岩、赤道近くのサンゴ礁や石灰質プランクトンが堆積した石灰岩、海溝に堆積した放散虫などの微生物によってできたチャート、陸地近くになると川から流れ出た泥が堆積して泥岩に、更に陸地に近づくと砂が堆積した砂岩など、移動によって玄武岩や石灰岩、チャート、泥岩、砂岩などが入り混じり、高温や圧力によっていろいろと変質しながら、1年に10センチ移動しても、1億年かければ実に1万キロ移動することになります。私たちが今日、ここにいることがとてもちっぽけに、瞬間的なことのように思えます。
 今のお話にでてきましたアンモナイトですが、成長するにつれて奥に部屋ができて、殻だけが大きくなり、空いた部屋が浮き袋になって海上にぷかぷかと浮いて生活していたということです。そんな時代のことを想像しますと、なんだか異様な光景が目に浮かびます。そして、恐竜の化石の可能性のある地質も含まれているということで、まことにこの地域は、ロマンのある地質ということであります。
 このように特異な地質の構造を持つ霧立山地ですが、そこには、どのような植物の世界が展開されているのでしょうか。霧立山地では、今年はツクシコバノミツバツツジなどツツジ科の植物がとても沢山の花をつけておりましてツツジの花の当たり年のような気がします。こうして普段何気なく見ている植物たちも地質の長い歴史とともに、大きく変遷したであろうと思われます。そうしたことについて南谷さんにお話いただきたいと思います。南谷さんは、大変多くの植物を発見されていることで有名な先生ですが、その観察眼は、天性のものがあるといわれております。現在は、宮崎植物研究会会長など多くの役職の中でレッドデータブックを編纂されるなど大変なご活躍をなさっていらっしゃいます。それでは、南谷さん、よろしくお願いします。

南谷忠志
 南谷です。先ほどから見ていたのですが、ここの会場に飾ってありますこの花は、コバノミツバツツジと呼ばれていたんです。けれども、コバノミツバツツジとは違って、これは1つの花芽に花が2つ〜3つ付いているから賑やかに見えるのですね。そこでコバノミツバツツジとは違うから名前を分けないといかんなーという事でツクシコバノミツバツツジといたしました。ツクシというのは九州のことを指します。命名したのは、私なんですけれども、九州のブナ帯を中心に生えているものです。
 実は、この種の仲間は、先ほど秋本さんから紹介ありましたけれど、今年は何年に1回というようなものすごい花の当たり年で、今花盛りなんです。この仲間は東アジアにしかないのですが、中国に5種類、日本に15種類から25種類の間でよく判っていません。分類がはっきりしていないのです。だから自分なりに分類して図鑑を作らないかんなという事で、今年は花のあたり年ですから、来週は四国に、その次の週は東海、近畿にも頑張ろうと思っているところですが、そういう植物の研究をずーっとやってきております。
 そういう中で、宮崎県の野生植物が『日本一多い県にしたいな』という気持ちがあります。というのは、皆さん方が宮崎県のことを、地元の事を何というふうに他県の人に紹介するのかと聞いたら、『そうねー、太陽がいっぱいで、緑がいっぱいで、自然が豊かなのよ』なんてね、何を根拠に言っているんだろうかなと思うんですが、自然が豊かという事は、やはりそれだけ動植物が日本一多いという、それが根拠だと思うんです。
 宮崎は植物の植生が非常に豊かで、日本でも5本の指に入るような多様性を持っています。そうしたことから白岩山の方にも結構足を運んでいるものですから、秋本さんとも色々お付き合いが出来ております。そういう事で「霧立越花の旅」という本が出来て、後ろに展示してありますあの本にもサポートさせて頂きました。一方では、植物を消さないためにはどうしたらいいかという事で頑張っています。今日は霧立山地、とりわけ白岩山が中心となる植物と、そこが抱えている問題、この辺の話から進めていこうと思います。
 前置きが長くなりました。それでは、スライドを見て頂きながら、お話を進めていきたいと思います。
 まず白岩山の石灰岩ですが、県指定の天然記念物になっているのはご承知の通りですね。ところが、この地域は大変シカが多い。もう登山者の近くに寄って来るくらい人間に慣れたシカが結構多いように思います。シカは立ち上がりますと1m20までの餌を食べます。したがって1m20以上は緑がありますけれど、それから下は緑がありません。これずーっとかがみこんで見ると向うが見渡せるようになってしまいました。したがって森の中はスッカラカンです。風通しが良くなったから乾燥します。このように下の方は食べられる一方なので、乾燥するようになり、樹も枯れていきます。この1m20のラインをディアラインと、私はそのように呼んでおりますけれど、こういうのをあちこちで見られるようになりました。特に国立公園とか国定公園とかいう保護地域ですね。そういった所はシカが安心して繁殖しているものですから、大変な事が起こっているのです。
 この白岩山を中心とする霧立山地も大変なシカの食害の多い所でございます。したがって、話の中にどうしてもシカの事が出てきますので、あえてここでシカを紹介させて頂きました。これは4年前の10月20日の白岩山です。目の前に来ても逃げません。
 さて、この霧立山地の植物を2つの観点から見ていきたいと思います。1つは植物の分布です。その分布の状況から、どういう植物で構成されているかを見ていきましょう。

 まず、これが『キリタチヤマザクラ』です。ご存知でしょうか。これはこの地域の固有種、つまり世界唯一のものです。まずこれを紹介します。分布がこの地域だけに限定されているものです。私も、世界で初めての植物を、実は60くらい見つけているんですが、宮崎県で最近、私以外の方で植物を発見された方はいなかったんですが、秋本さんが最近どんどん見つけられている。
 これまで皆さんはこの桜に気付いていましたか?。私は、全然知りませんでした。そんなものがあるのかと思ったんですが、結局、東京大学の大場先生の所にこの標本が届きます。そして大場先生が色々調べた結果、やはり独自のものであるという事で分類されました。これはオオヤマザクラの仲間で、九州の白岩山に取り残されたもの。オオヤマザクラは、北海道からずっと本州経由で四国まであります。四国から南は無かったんですが、これが結局四国と地続き時代がありまして、九州まで繋がっていたんです。その時期に移動してきたものが白岩山の石灰岩、高い所です。そこに取り残されたと。そこで独自の進化をとげた物だという事でしょう。
 これが北海道のオオヤマザクラです。エゾヤマザクラと称されることもあります。これは本州ですが、佐渡に去年行った時の写真です。これがキリタチヤマザクラです。秋本さんに送ってもらったんですが解剖したものがこれです。例えば、花びらが5枚ありますよね。取りますとこれが丸っこい花弁、よく東大の大場先生ここへんまで分析したなあと、よく気付かれたなあと思います。その他ですね、これが形がちょっと違う、それからこの柄が長いですね。それもあるでしょうし、ここにですね、こう花が複数出るんです。で、ここに共通の柄があるかないか、とにかく区別をした訳ですよ。誠に花がきれいです。ヤマザクラと違ってピンクが濃くって、ですからこれは絶対に地域の財産ですから、地球上に他にないものですから、地域の活性化に使うべきであろうと思っております。
 先ほど、野生植物がどどんどん消えていくといいました。わたしが植物を始めて40年以上になりますが、この間40種くらい消えてしまいました。そういう貴重な植物を守るにはどうしたらいいか。やっぱり地域の町興しに使った方が、かえって保護できるんではないかなと。やはり観光と保護、これがうまーく絡み合った時に生き残っていくんじゃないかと思うんですが、その辺については、また何かご質問にお答えします。キリタチヤマザクラは、世界のここにしかないものだという事です。

 それから固有種の2番目に『ヘイケモリアザミ』というアザミがあります。これはこの付近から始まりまして、祖母・傾にもありません。ここからずーと始まって市房の山のあの付近だけにしかない、熊本の県境ですよね。そういう所にしかありませんが一番多いのは、霧立山地です。葉っぱは柔らかいです。割と広い分布をしているんですが、これはシロバナが見つかりまして、秋本さんが見付けられたんですが、『シロバナヘイケモリアザミ』といいます。こういう物も見つかっております。これも世界でここだけのものということが判るということですね。

 それから、九州ではこの地域にしかない、というものも結構あるんです。例えばですね、ここに四国の剣山があります。これは石灰岩です。こちらは白岩山の石灰岩です。四国に点々と石灰岩があって九州に点々と石灰岩は続いています。けれども、四国にあって、途中にはなくて、飛んでここの白岩山に、九州ではここだけにある。そういうものにシコクシモツケソウ、ホタルサイコ、チョウセンキンミズヒキ、マメグミ、コウスユキソウ、イシヅチカラマツなど、こういうものがあるんです。
 先ほど白池さんの方から白岩山の成り立ちがありましたけれど、石灰岩で出来ているんですよね。それから、津久見、あのみかんの津久見です。あの辺も石灰岩がずっと海岸付近にありますね。それが、九州をずーっと走って来ているんですが熊本県なんかも多いんです。大分も多いんです。しかし一番高い所に石灰岩が露出しているのがこの白岩山ですよ。ですから寒い地方の植物がこの山頂で生き残ってきているんです。他は、全部照葉樹林に覆われて消えていった。ただここだけが残っているというのが白岩山なんです。だから非常に特異な山だという事を植物の分布から見てもお気づきだと思います。

 シコクシモツケソウ、少しだけ紹介しますね。シカに食われて10分の1に減りました。これは1993年なんですがこんな風に食われてしまってですね、葉っぱがちょこちょことは残っていますが非常に少なくなっています。もうシカが食ってしまっているものですから元気もありません。
 ホタルサイコ、これも九州で唯一なんですが、これも20分の1くらいになったんじゃないでしょうか。石灰岩と石灰岩の岩の間なんかに、かろうじて生き残っている、そんな感じです。それからヒロハヘビノボラズ、これは木です。赤い実がなります。ナンテンの仲間なんですがトゲがあるものですから、ヘビが上らないということで『ヘビノボラズ』という名前が付いています。これも半分に、もっとそれ以上に減っているのではないでしょうか。石灰岩峰にもあります。岩峰のすぐ下にも見えます。もう枝がかじられてしまって、棘があってもシカが皮をかじるものですから養分が少なくなってほとんど枯れてしまっています。そういう状況であちこちの個体が枯れていっています。
 それからチョウセンキンミズヒキです。九州では白岩山にしかないのですが、これも非常に少なくなっています。人がいっぱい来て踏み付けるという、踏圧によるものと、もうひとつは、遺伝子汚染によるものです。これは種がペタペタくっつくんです。この仲間は、下界にあるのはただのキンミズヒキですが、これが人にくっついてきてここでポツポツと落ちるものですから、キンミズヒキも生えてきているんです。それとの間の「あいの子」が出来始めているんです。だから遺伝子が汚染されるという事もおきている。「あいの子」は強いんですよ。ですから、元々、本来のチョウセンキンミズヒキがこのままいくと消えていく可能性があります。
 それから、マメグミ。これも四国の剣山付近からポーンと飛んで白岩山にしかありません。これも随分減っています。
 これがエーデルワイスの仲間でコウスユキソウ。当初はウスユキソウとしていたんですが、やはり区別する必要があろうということになって、国立科学博物館の門田先生にも来てもらいコウスユキソウとしたほうがよかろうと言う事になりました。だから「霧立越花の旅」というあの本にも、そういう風にコウスユキソウとされています。
 それからこれは、フジカワゴケ。地衣類ですが、九州では白岩山の石灰岩にしかありません。
 それからイシヅチカラマツ。四国の石鎚山の名前が付いておりますけれども、こういうものがあります。
 これは、ノビネチドリです。ランの仲間で大変綺麗な花をつけるんですが、残念ながら白岩山からはどうやら消えたようです。もう何処を探しても見当たりません。前は、歩道を歩いていたら、ぽっと足元なんかにあったんですけど、秋本さんの写真集にもこれは入っておりません。だから秋本さんが写真取材を始めた頃は、もうすでに消えていたようです。随分前はありました。大変綺麗な花です。
 それから、これはオオヤマサギソウと「霧立越花の旅」あの図鑑が出来た時に、最初はそうしましたですね。それを国立科学博物館の遊川さんが見て、いくつか指摘されました。写真が綺麗だったから大体判ったのですね。『あ、違うぞ』と。オオヤマザキソウとは違うんじゃないかと言う事で、色々調べられて結局、オオバナオオヤマサギソウにすべきだよということになりました。これは、九州ではここだけになります。四国にもありません。本州の中部、富士山とか何箇所かありますね。関東付近に。そこからポーンと飛んでここの白岩山にあります。椎葉の三方岳の方にもありますから、まあこの霧立山系、あるいは向霧立山系、その辺をいれた所にしかないという事です。
 今までのは、九州でここだけにしかない物はいっぱいあるんだよという話でした。先ほど、私は日本一種類の多い県にしたいという事で、随分調査をして回っているという話を致しました。自然が豊かな宮崎県だよという事を言えるようにと、だからこれだけの植物があるんだよ、動物がこれだけいるんだよ、だから日本一豊かなんだよという事を言えるように、自信を持って言えるようにしたいという事で調査しているんですが、これも先ほどの本ですね。「霧立越花の旅」を国立科学博物館の遊川さんが見てて、『南谷さん、これ、どうも違うような気がする』といいました。これまで「クモキリソウ」としていたのですが「セイタカスズムシソウ」だと。「セイタカスズムシソウ」は宮崎には無いと思われていたんですが、これが結局「セイタカススムシソウ」に近いと、今の段階では、です。だから宮崎県で初めてのセイタカスズムシソウと確認された訳です。
 それでも遊川さんは、やっぱりセイタカスズムシソウとも違う、色が大体薄い紫がかったピンクなんです。セイタカスズムシソウは緑なんですね。これ一体どうなんだという事で調査に来られました。これはその時、私も撮影したものです。花の解剖とか、これから先、遊川さんが調べていくと思いますけど、全く別の名前が付けられる可能性もあります。そういう物も結構あるという事です。
 これはカエデの例もあります。九州にないはずのものが結構変なものが見つかっているんですよ。これも今から分類学上の研究を重ねていって正式にしなきゃならないなと思っています。
 これもその内の1つです。白岩山山頂付近にハナウドの仲間のようなものがありました。ハナウドって下界に沢山あります。それが山頂付近にあるんです。私、前から気になっていたんですが、シカが食べてしまって見当たらなかったんです。で、鹿防護ネット張りましたらですね、山頂付近でぱっと復活したんです。沢山じゃないです。しかしそれを改めて調べました。これ実です、これ花です。これ秋本さんの写真です、これが私の写真ですが、これが断面です。そういうのをずっと調べているんですが、やはりハナウドで無い事は確かです。一番近いのは四国の剣山、石鎚山、あの辺にある「ツルギハナウド」というのがありますが、それに極めて近いということは分かっています。だから今の段階では「ツルギハナウト」と呼ぶのがいいと思います。だけど、どうも葉っぱの様子が違うから、今年、四国に行って秋に調べてこようと思います。そうするとひょっとすると、「キリタチハナウド」こういう名前になるのではないかなと。つまり世界でここだけの植物、四国から昔、渡って白岩山で取り残されて、長い年月の中で別のものに変わった可能性があります。という事です。
 それからですね、これはハイサバノオ。白岩山で発見されて名前が付いている。これは、大変重要なことなんです。世界で最初に発見された植物は、そこで標本を作ります。その標本を元に名前が付けられていく。そして新種となる。そのときの証拠の標本なんです。これは京都大学に置いてあります。タイプ標本と言うんですが、これは白岩山で採集されているのです。名前はハイサバノオといいます。こういうのもあります。という事で、白岩山は、学問上大変重要な場所になります。この植物の一番最初に見つかった場所、タイプの場所ですから、植物学的に非常に重要な場所です。まぁ日本の植物学者で白岩山の名前を知らない人はいません。皆、白岩山について注目しておられます。

 それから、イワギクとかキリンソウ、ツクシクサボタン、イチョウシダ、ソバナ、カンザシギボウシとかいろいろありますが、九州では石灰岩にしかありません。それから、これはモリイバラです。宮崎県では、もう1か所見つかりましたので、2か所になりました。

 それからカンザシギボウシは九州2か所です。あとは人間が持ち込んだんじゃないかなと、例えば天草なんかにもクラタケという天草のくらたけの神社の下にあるんですが、どうも人間が持ち上げたんではないかなと思います。だから本当の野生は佐賀県・長崎県の県境のタラ岳と白岩山だけではないでしょうか。こういうものもあります。それもシカに食われてほんの100分の1くらいになりました。
 あの白岩の岩峰に行く途中の歩道にもずーっと生えていました。でも今は一切ありません。今のところ鹿防護ネットのなかでかろうじて生き残っているくらいです。もうあんな風に葉っぱが残っていて花が咲くやつはほとんどないですね。以上、白岩山にある特殊な植物。分布上大変重要なものたちを紹介いたしました。

 じゃあ白岩山の植物は前途どうなんだろうという事ですね。非常に危なっかしい状況にあります。宮崎県にはレッドデータブックがありますけれどご存知でしょうか。これ去年改訂されたものですが、ここ7年間に70種くらい、非常に絶滅が進んでいるものですから、7年間で70ぐらい新しく追加しています。
 さて、白岩山には沢山の植物があるのですが、このレッドデータブックに載っている滅びる可能性がありますよという植物が、白岩山には76種類あります。特に、いつ滅んでもおかしくない、極めて非常に危機的状態であるというランク付けされたもの、ランクの一番上が30種、白岩山にあります。そういう事で非常に絶滅に瀕している植物が白岩には残っていると、逆にいうと白岩山にある植物は非常に重要な植物で危機的な状態にあると言えると思います。霧立山地から完全にどうやら消えたんじゃないかと思われるのもあります。宮崎県からは消えておりませんが、霧立山地から消えたものが「イブキヌカボ」、「ハコネシケシダ」などです。
 椎葉の名前が付いているものもあります。「シイバサトメシダ」です。これも私が付けたのですが、椎葉の名前を1つくらい付けたほうがいいかなと思って付けました。これは白岩山、向坂山に行く途中にテン、テン、テン、テンと生えていましたけれど、ぜーんぶシカに食われました。シカにとっては美味しいのですね。ほんとに。
 キレンゲショウマ、これは花が非常にユニークです。この植物は紀伊半島にちょっとあって四国にあって九州にあります。あとありません。四国では、剣山の町おこしに使っています。特に宮尾登美子さんの『天涯の花』という小説の題材に使われている植物がこの天涯の花、それがキレンゲショウマなんですけれども、そういう事もあって色々キレンゲショウマのグッズも販売しております。
 九州では諸塚村から始まって椎葉、五ヶ瀬町、高千穂、日之影にあるフォレストピア地域にしかありません。わずかに熊本県や大分県に広がってはいますけれど、8割は宮崎県のフォレストピア地域だけです。しかも、高さ1メートルくらいのエキゾチックな見事な花をつけますので、これは絶対やっぱり町おこしにするべきであろうと思います。でも残念ながらシカに食われてもうほとんどなくなりました。鹿防護ネットの中だけで繁殖しています。
 一方ですね、シカが食べないがために増えているものもあります。これ白岩山にほとんど無かったと思いますが、ナギナタコウジュ、最近わっと増えています。シカが食べないからです。これは、宮崎県の絶滅危惧種だったんですがヤマシャクヤクもそうです。どんどん増えています。それからナツトウダイ、バイケイソウ、タンナトリカブト、ルイヨウボタンなど、シカが食べないんです。こういうものはどんな小さな芽生えでも、シカが一切手を出しません。これらの植物は他の植物と競争があったんですが、競争する植物は全部シカが食べる。したがってどんな苗も育つから思わぬ出来事が起こったんです。だから非常に少ないと思っていた絶滅危惧種が最近やたら増えている、と。そういうものもあります。
 それから、シカに食べられる事によって滅びるという問題の他に、農業では、野菜類が食べられたり、果樹が食べられたり、あるいは林業では、スギノ皮、ヒノキの皮が食べられるなどと、いろんな所で被害がありますが、私は、更に進んで国土の崩壊が広がるんではないかなと思います。時間が無いので画像だけにしますが、大雨の後に大淀川も一ツ瀬川も耳川も、いつまでたっても濁っております。あれは、私はシカが原因だと前から思っていました。それは2004年の5月17日に気付いたんです。大雨が降ったらバァーと濁流が来たんです。それが濁っているんです。何で濁っているのと、伐採もしていない、工事も何もしていないのに何で濁っているのと、『あ、シカだ』とその時、初めて気付いたんです。
 鰐塚山から南、日南の方にはシカはいません。したがって大雨の6日後は綺麗な川に戻ります。ところが同じ時の5日後、耳川はまだドロドロです。まあ、そういうことでシカの被害があちこちで広がっています。県のほうでも予算を作ってシカ対策のために、鹿防護ネットを設置しようということで今動いております。まぁ、そういう事をせざるをえないのかなと、仕方ないのかなという感じです。他にも方法はあると思うんですけどね。そういうことで白岩山を中心とする霧立山地、九州の中では特別変わった場所であるということ、そして非常に重要な植物をたくさん持っている。しかし、一方ではそれがどんどんどんどん滅びていっている。そして、その原因はシカだということです。

秋本 治  はい、どうもありがとうございました。霧立山地の植生について具体的に分かりやすくお話を頂きました。長い間そこに取り残された植物は、そこで独自の進化をとげて独自なものになる。特に白岩山の植生は貴重なものであるということが改めて認識できたような気がします。地域固有種は、その地域性を反映して世界に二つとない貴重な植物となる。  そしてシカの食害。シカが異常繁殖するようになった原因は、もともと人間側にあると思われるのですが、なんとか鹿の食害から自然環境を守り、国土の崩壊を防ぐ手立てはないものでしょうか。
 それでは、次に、阿蘇デザインセンターの坂本さんにお話を伺います。坂本さんには、阿蘇デザインセンターの取り組みとあわせて、霧立山地の自然体験についても阿蘇という近いところの大観光地から見たご提言などをいただければと思います。よろしくお願いします。

坂元英俊
 お手元に『阿蘇カルデラツーリズム』という、先ほど配ってあるかと思うんですけれども、その中の1ページ目を開けて頂くと、「エコ・ツーリズム」の事が掲載されています。基本的には、阿蘇というのは世界最大級のカルデラがあって、そして、そこに長い間に敷かれてきた歴史や自然、そこの人の営みというものが一番大きな阿蘇の宝物なんですけれども、そういったものをいかに体験していくかという事がひとつの大きなポイントとなります。
 ここで言う「エコ・ツーリズム」というのは、草原だとか火山、それから草原の中にある水辺、渓流ですね、そういったものを活かしながら阿蘇の自然を体験していく。その右側の下にですね「ホース・トレッキング」といって草原を馬で歩きながらこの阿蘇を味わうという、そういったものがあるんですけれども、その中でも阿蘇の取り組みの中で一番大きなものは「体験」ですね、これが「エコ・ツーリズム」という自然のものなんですね。これが一番全国からお客さんを呼ぶ時に、遡及効果といいますか、伝えるものがあるという言い方をするのです。この大きな阿蘇の持っている自然と、それから温泉ですね、温泉郷が沢山ありますけれども、その2つを阿蘇の持つ柱としてお客様を阿蘇に来て頂くというような事をしています。
 その次のページ開けて頂きますと、「グリーン・ツーリズム」と、これは農場の話です。農村の中でも、まあこちらの五ヶ瀬の方でも、農村地帯がたくさんあると思うんですけれども、その農村の集落に来てもらうということですね、こういった取り組みがある訳ですね。来てもらう為には「食」ができたり、あるいは「農村体験」をしたり、あるいは収穫した物を食べるというですね、そういった事が出来るようにしていくことでお客さんにも来て頂くという形になるんですけれども、そういう取り組みをしています。
 それから、その次のヘージにですね、『タウンツーリズム』という商店街のエリアがあります。ここの鞍岡で一番近いのは馬見原ですけれども、商店街に来てもらう為には、商店街が人を受け入れて、来てもらえるだけの商品やある楽しみといったものをですね、持たなければなりません。そういった事を一緒に作り上げていきながらタウンツーリズムという、商店街で時間を過ごすという、そんな取り組みをしています。
 ただ、これというのは自然地帯の環境保全策であり、農村地帯の農政、あるいは商店街の商工政策みたいなものなんですけれど、こういったものがやっぱり一緒になって繋がり合っていかないと、そこだけでやってもそれぞれの取り組みで終わってしまうんですね。それを繋ぎ合わせて、どういう風に取り組んでいくかという形になるんです。
 先ほどまで、ほんとに霧立が育んできた植物の話だとか、あるいはその植物の育む基礎となる地質の話を伺いました。その中でも、非常に珍しい植物が沢山あるんだけれども、シカがいるという事で、食害という、シカがそれを食べてしまっている、そういう大事なものが無くなってきている、そういう面から見るとそういったものをどうやって保護していくかというものがありますね。そういう自然がある、それを食べるシカがいる、しかしそれを保護しないといけないという、そこの中で3つの関係性がある訳ですね。
 それともう1つ、こういった事が起きているという事を、やっぱり教育していくというか環境教育、先ほど増田さんのお話にもありましたけれども、こういう霧立の特徴をどうやって来たお客様に伝えるか、あるいは地域が持っている宝として情報を発信していくか、あるいは来てもらう事によって知ってもらうか、と、これが大事な訳ですね。
 そしてもう1つ、その来てもらう事による地域への活性化、地域の活性化、一番はそこに来てもらって泊まってもらう、食べてもらう、それから歩いてもらう、色んな事をしてもらう事によって地域にお金が入ってくるというですね、こういう仕組みが全体的に築き上げる事によって、霧立の地域と経済的なものと、歩く楽しみと、しかもその環境教育という霧立しかもってないいろんな自然の宝物をお客様に提供していく事によって集落や地域がそこに繋がることによって、皆のものになっていくという、そんな仕組みがこれから必要になってくるんじゃないかなという風に思います。
 そんな中で、今、大きな観光の流れ、大きな柱は『滞在』です。いわゆる、そこに例えば霧立越に来てもらうだけではなくて、例えば本屋敷だとか、あるいは近くは祇園町ですね、ああいった所に滞在をしてもらいながら、滞在をする中で山に登ってもらうという、そういう事をしていく訳ですね。そういう事をしていく為には、やっぱりそういう受け皿を地域の中でどういう風にしていくかという事が必要となってきますので、出来るだけ1泊よりも2泊、2泊よりも3泊プランを立てて時間を過ごしてもらうほうが、当然経済的なものが起こりまして、せっかく来ているんだったら山にも登ってみようという気持ちにもなりますね。あるいは川に入ってみようかとかですね、そういったものをこの霧立が持っている大きな宝物と一緒になって、踏み込んで旅をしていく、あるいはその時間を過ごす、そこで2、3日過ごす為の仕組みとして作り上げていく事が今後必要なんじゃないかなという風に思います。
 そんな中で阿蘇の場合はですね、ちょっと事例を紹介しますと、阿蘇の小国郷は南小国町と小国町があります。この2つの所で1週間滞在してもらう。それから阿蘇市で内牧を拠点にして、ここでまた一週間滞在をしてもらう。あるいは南阿蘇は地獄温泉とか垂玉温泉とかそういった温泉をひとつキーポイントにして1週間滞在してもらう。だから阿蘇をずーっと回ってもらうんじゃなくて、それぞれの地域地域で1週間滞在をしてもらうような、そういう「ロングステイ」と言うんですけれど、そういう実験をこの2年間やってきています。その映像を造っておりますので、それを見て頂くと滞在してもらうにはコツがあると、そういったものがどういった商品になっているのかというのが解ると思いますので、それを見て頂こうと思います。
(映像を見る)
 東京だとか大阪、福岡などへの情報発信なので、細かいとこは出てこないんですけれども、やっぱりどれだけ自分達の所が素晴らしいのか、というのを、きちっとどれだけ出せるかというのがポイントになると思うんですね。だから、こちらの方で作る時も霧立越の楽しさや、あるいはここの場所から阿蘇の外輪山や五岳が下の方に見えますよね。そういう事をちゃんと解るようにして、そして阿蘇から繋ぐとか、あるいは高千穂で見に来た人達がこちらに足を延ばしてくれるとか、色んな取り組みがこれから出来ると思いますので、そういった事をまた後ほどパネルディスカッションする中で、伝えていければというふうに思います。

秋本 治  はい、坂本さんには、阿蘇でのお取り組みもあわせて、大変示唆に富んだお話をいただきました。それぞれのエリアや産業をつないでいくというお話、これからの観光の大きな流れは「ロングステイ」だと、長期滞在型をめざすというお話、その滞在の仕組みづくりと映像での表現など、新たな視点だと思いました。
 それでは、柳田さんにお話を伺います。柳田さんは全日空から派遣されて「高千穂地域再生マネージャー」という立場で高千穂の町づくりに取り組んでいらっしゃいます。大手旅行業の専門職の方が地域に入り込んでご活躍いただいているわけですが、その視点は、どのようなことでしょうか。それでは、柳田さんお願いします。

柳田剛一
 私は、今日2つの失敗をしています。1つはですね、近くに居ながらほんとに、この五ヶ瀬の自然というのをなめていました。この格好、薄着で来たんですね。ほんとに寒いです。ですから、カッパの上にこういうジャケットを羽織って、トイレにも何回も先ほどから行っているんです。2つ目の失敗は、皆さんこういう形でDVDを鑑賞されているのですが、私、実は何も持ってきていません。これ本当に失礼しました。ということで口頭で色々話をしたいと思います。
 私、高千穂に行きまして3つの事業を始めました。1つは観光と交流、2つは物流、文化、3つは生産、製造の部分ですね、そういう取り組みをしまして、ウィンウィンウィンの関係を作ろうということで取り組んで参りました。
 私は全日空出身、全日空のサラリーマンでございますので、来た時には地域再生の「ち」の字も知らないまま、この地域に入って来まして、それから勉強を始めたような状況です。ただ、高千穂という所、確かに全国的に色々名前は知られているのですが、知られているのにどういう所か全然知らないというのがかなりの部分でございます。それで先ほどの物流とか観光とか製造とかの取り組みと申し上げましたけれど、1つにはですね、社内外での広報という大きな役割を持っていまして、この5月号の機内誌「翼の王国」に高千穂の特集を行いました。これは、私がやれと言ってやった訳ではないのですけれど、地域再生のマネージャー事業で高千穂に行っているんだということも幸いしまして5月号で特集しました。大体1か月に80万部発行しています。1か月に400万人のお客様が乗られますんで、そのまぁ半分くらい見てくれているのかなと思います。これも1つの広報活動かなと思っております。
 それから高千穂を題材としました観光のツアーですとか、体験を交えたツアーというのも紹介しまして今、売り出している状況です。なにが言いたいかという事ですが、そういうことをやる中で地域というのを見ていきまして、ここではどういう物が売れるのかなということを色々考えています。
 今、第3種の旅行業という、ちょっと専門的な話になりますけれど、主催旅行ができるようになりました。これは地域にとりまして非常に朗報なんですね。第3種といいましたけれど、旅行業には第1種、第2種、第3種と3つございます。第1種といのは国際線だとか、いわゆるJTBさんとか近畿日本ツーリストさんとか大きな旅行会社ですね。海外旅行をつくれるという旅行社。第2種は、国内の主催旅行、つまり旅行を企画してお客さんを集めてどこかに連れて行けるというのが第1種・第2種なんですが、第3種というのは第1種と第2種の旅行社が作ったものを販売するだけというような状況だったんです。第3種旅行業というのは、小さな町にと言ったら失礼ですけど、そこが中心となっております。
 その第3種の旅行業が昨年から旅行業法が改正となりまして、近隣町村で企画旅行ができるようになったのです。これは、何を意味するかと言いますと、地域の資源を使って旅行が組み立てられる、お客さんを呼べるということなんですね。もちろん制約はございます。高千穂を中心とすれば近隣ですから五ヶ瀬町、日之影町ですね。それから竹田市とか。という形で限られた状況にはなるんですけれど、これは、ものすごく大きな地域にとっては有難い話だと思うんです。高千穂の方にしましても一応、まぁ今年度からといいますか、昨年度からちょっと取り組みを始めたんですが地域密着型旅行というものをですね、開発しようとしております。ただ、地域密着型旅行と言いましても、ただ単に地域の観光地を案内するだけじゃ旅行社は儲かりません。
 実証実験を、近隣の五ヶ瀬町さん、日之影町さんも一緒になって、日経BPと組んで行いました。都会の有識者と申しますか、日経BPにアクセスされるお客さんは、地位も高い、そういう方たちを中心にアンケートを行いました。すると、結構一番お客さんが求めているものは、地域に密着したというか、生活に密着したというか、そういう希望が非常にございました。それを、観光だけじゃなくて生活に根ざした部分だとかにつきましては、2泊3日、3泊4日というツアーをやったんですが、一番人気がありましたのは3泊4日ですね。何日でもいいから滞在したいという希望もございまして、これは1つ商品になるなと思いました。
 高千穂・日之影・五ヶ瀬という、この西臼杵3町の中でもですね、高千穂には固有文化がございます。今日、ほんとに五ヶ瀬の自然をなめてほんとに失礼なことをしたんですが、五ヶ瀬には五ヶ瀬特有の文化がございますし、さっきのような自然だとか花だとかこれを今後、地域密着型ツアーに盛り込んだら、もの凄く大きな財産になるんじゃないかと。
 一番初めにインタープリンターというお話もいただきましたけれど、しっかりしたインタープリンターは、やっぱりしっかりした案内をしていくということに関しましては、いい資源といいますか題材にもなりますし、五ヶ瀬・日之影・高千穂という固有の文化を持ったところ、そことやっぱり違いもございます。その違いをうまく出しながらやっていけば、これは大きな旅行資源になると思います。
 あの、今日は色んな花の話だとか、山の話を聞きましてですね、びっくりしました。隣に居る私は全然知らないんですよ。全く知りませんでした。正直言いまして。こういうものがあるということ。それを一番上手くやっていかなくてはいけないのは、広報といいますかかPRというか、それをしっかりやっていかなくてはいけないと思いますし、それをうまくやっていけばですね、ほんとに大きな経済活動のプラスになってくるんだなと思っています。
 それと、もう1つ取り組んでいるのがですね、今年の10月から熊本空港と高千穂を結ぶ定期バスですね。今は、全く飛行機に接続していません、という部分もございますのでこれもっと実証実験のなかで、当座7便から8便くらい出してみようと思うんです。そういうことをやりながら、先ほど阿蘇の話にもありましたけれど、阿蘇とも連携しようという話もございますけれど、やっぱり僕は、これは非常に問題があるかなという部分で、実証実験なんかを交えながら交通の編成そういうものを合わせながらですね、事業として取り組んでいく中で、この地域密着型ツアーというものをいい意味での商品化といいますか、そういうことで経済活動というのを上手くやっていかないと、将来はほんとないと思いますので、地道な努力ではありますけれど、ほんとに手に手を取ってという言い方はおかしいですけれど、五ヶ瀬町さん、それから日之影町さん、それから阿蘇ですね、連携する中で、先ほど話にも出たかもしれませんけれど、平成23年に新幹線が全面開通しますよね、その中で、阿蘇の方は1900万人のお客様に来て頂こうとされている。上手く連携する事によってそちらからのお客様もこの地区に入って頂けるという形になるかと思います。
 また、延岡からこちらの方に高速道路ですね。先日、延岡の方で、高速道路協議会の方で話させてもらったんですが、高速道路が走ると経済的に豊かになるんだというのと、逆の面もあるんですね、ストロー現象になることもございます。これ一番怖いですね。でも上手くいけば高速道路を使ってこちらへ来てくれる。そういう街づくりといいますか、ものを作っていかないと、地域資源を掘り起こしながら、そうすると上質の旅行もできると思いますし、今後もどんどんそういうものに取り組んで行きたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

秋本 治
 はい、柳田さんには、高千穂でのお取り組みや考え方をお話いただきました。地域密着型の旅行商品が有望だと。第3種の旅行業で近隣町村が連携して取り組むと。熊本空港と高千穂をつなぎ、阿蘇の1900万人のお客様にも来ていただこうという大変熱い戦略でございました。ひとつ近隣町村へもよろしくご指導をお願いしたいと思います。
 それでは、増田さんお願いします。先ほどの柳田さんからもインタープリテーションが重要だと、地域の固有文化の、その違いをインタープリターが浮き彫りにすることによって地域の魅力が増大するというお話もありました。そのご専門のお立場からひとつアドバイスを頂きたいと思います。

増田直広
 僕はこちらで聞かせて頂いて、この周辺の魅力についてですね、或いはこの周辺の地域での活動について伺いましたけれど、僕の立場でお話出来るとすると、やはり地域の資源であるとか、魅力を生かしていくのも、殺していくのも人かなと思います。それでインタープリテーション、或いは環境教育の活動をする人は、やっぱり地域の皆さんなのかなと思っていまして、その地域での人材育成的な部分ですね、それが今、全国各地でも行われていますが、観光目的で観光収入を上げるのが第1義的になってしまうと・・・・。
 人づくりってすごく時間が掛かるかなと思うんですが、そこでちょっと焦ってしまったり、とか、ちょっと時間を区切ってしまうのかなという部分があるんですが、地域が元気になるには、まず地域の皆さんが、地域の再発見をするっていうことなのかなと思っていまして、その地域の皆さんが自分の地域のことを知ることができると、あぁこんな面白い地域だったら他の人に伝えていきたいなぁと、他の人に伝えていきたいという活動がきっとインタープリテーションであるとか、或いは環境教育ということにもなるのかなと思っています。
 あの、今日こちらでお話を伺って、その地域の魅力を伝えていきたいという方のお話を僕も聞く事が出来て、ここに居る皆さんがインタープリターとして活動されていくと、地域のスピードに合った形での活性化というのが出来るのかなということを思いながら聞かせて頂きました。

秋本 治
 それでは今度は、山部さんにお願いします。私どもは、国有林のお世話になりながらトレッキングだとか、地質や植物、自然の保全とか、環境教育だとかインタープリテーションなどと論じている訳でありますけれども、その国有林を管理されているお立場から、お話を伺いたいと思います。
 昨年は、森林景観形成事業を導入頂き、向坂山森林公園の遊歩道の整備を立派にして頂きました。特にウッドチップ舗装などは、私どもが考えても見なかったことで、初心者が森林体験するにはとてもすばらしい事業を入れていただいたとほんとに感謝しているところです。また、先ほどシカの深刻な食害の話もございましたが、鹿防護ネットも6キロに及ぶほど敷設頂きました。これからも森林管理署さんのご指導と連携が必要だと思っているところですが、お話をお聞かせ頂きたいと存じます。

山部哲経
 宮崎北部森林管理署長の山部哲経です。国有林の管理、運営をさせて頂いているわけですけれども、具体的には、いろんな森林の持つ多様な機能を引き出していく、より密度を高く引き出していくというのが仕事であると思っています。森林の持つ機能は、大きく分ければ、公益的な機能と木材を生産し供給していく機能、という分け方になりますけれど、こういった機能を更に多様に引き出していくというのが私たちの仕事だというふうに思っております。
 国有林の管理・経営の目的3つございます。いわゆる公益的機能を引き出していくと、よりよく引き出していく、多様に引き出していくというのと、それから木材生産の安定供給を持続的に、計画的な供給をしていくという目的がございますけれど、忘れてならないのは『地域振興の寄与』というのが柱の3つのうちの1つでございます。
 これは、どういうことかといいますと、やはり「地域なくして国有林の管理・経営はない」というふうに、基本的な認識の元にたっておる訳でありまして、これは国有林だけでなく幅広く民有林もすべてそういうことになるかと思いますけれど、森林を維持・管理していく為には、地元のいろいろな方々が居ないと、維持・管理していけない、と、そういう意味ではですね、地元の農山村が元気でなければいかんというふうに思っておるとこでございまして、また国有林もそういうひとつの考え方を持って、管理・経営に当たらさして頂いているという事でございます。
 国有林は、全国的には国土の2割、この県北地域では民有林が高くて一割、国土の11%が国有林という割合でございますけれども、やはり非常に広範囲になりますので、その辺の維持・管理にあたって、常日頃地元にはお世話になっているという風には思っております。そういう意味でどうしても地域には元気になって頂きたい。もう過疎化等が進んだりでご苦労されておりますけれども、是非またいろんな手法でですね、元気になって頂きたいと思っておるとこでございます。
 そういうことで、この白岩山周辺ですね、熊本県の県境から椎葉村の境にかけてのエリア、約800ヘクタールほどございますけれども、今の白池先生、それから南谷先生のお話で、非常に地質の面から、或いは植生の面から、個性を持った地域で植生も多様だなあという印象を強く持ったわけですけれども、またそれに加えまして歴史もあるという事で、そして秋本さんをはじめいろいろな地元の方が頑張っておられる、人づくりも進められているというような気がしておりまして、是非頑張って頂きたいなと思っていますけれども、その中で1つ気になったのはですね、やっぱりシカ。もう貴重な植生を守る上から非常にこれはおろそかにできないなあというふうに、また更に認識を深くしたところでございます。
 シカは、林業の面でも非常に傷めつけられているんです。それで地元も非常に苦しい思いをしておりますので、これはもう少し抜本的な取り組みをせないかんというふうな思いをしております。そんな今までの話の中で印象を持っておりますしまた、色々なお話の中でお話をさせて頂きたいと思います。

秋本 治
 国有林の経営の3つの柱のひとつは、「地域振興の寄与」であって、地域が元気でなければならない、と。そして、シカ対策に抜本的な取り組みをしたいという大変ありがたいお話でした。ありがとうございました。これで一巡したところですが、会場からご質問があればお受けしたいと思います。

【会場】
 最近「着地型観光」とかいう言葉をよく聞きますが、この着地型観光について聞かせてください。

坂元英俊
 それでは、「着地型」についてお話します。旅行は、旅行会社の方に旅行の手配を頼む時、例えば、五ヶ瀬の人だったら五ヶ瀬の何処かの旅行会社に頼んで、本州の、例えば日光に行くとか、そういうことをする訳ですね。それは向うに行って、日光の方でどういう旅をするかという事を五ヶ瀬でパンフレットを貰って手配してから旅をする。これは「発地型」というんですね。
 で、「着地型」というのは、五ヶ瀬の方で、自分達の所に来て、旅をしてもらうプログラムというか商品を作って、それを売ろうというやつなんです。だから、来てもらって、そこでどういう旅をしてもらうかという事がポイントなんですね。その時に大事なのは五ヶ瀬で旅行あるいは五ヶ瀬の中で滞在をしてもらう為にどういう滞在の仕方をしてもらうか、という事を考えるかという所が必要なんですね。これが先ほど柳田さんの言われた第3種旅行業者とかあるいは第2種旅行業者だとか、地元の観光協会あるいはNPOになる訳ですね、ここが、何かそういう五ヶ瀬に来て滞在してもらうようなものをしていかないかんなあという部分なんです。
 では、その為に何が必要かというとですね、この「体験支援機能」というのがあります。今日、秋本さんがずっーと森の中を説明しながら歩いて行かれましたけども、それは、こういうトレッキングの、自然の歩きのインタープリターみたいなものですね。或いは、農村型なら農業体験や農村の中で食を出すとか、そういった人達が居ないといけない訳ですね。そういう人達が、ここに、こういらっしゃる。或いは、街歩きを、散策をして行く人達ですね、ガイドさんとか。そういうのが「体験支援機能」という部分です。
 その為には、秋本さんみたいなインタープリターがですね、やっぱり何人か居ないといけない訳ですね。そういうものを養成していくという訳です。もちろん場所もですけれど、そういうものがあったならば、それを商品にしないといけない訳です。ようするに、どうやったらこれが売れるだろうかという、そういうものを作り出していかなければいけない訳ですね。それが「商品開発機能」という訳です。
 こちらは、そういう体験ができるのを支援していくという事ですね。それから、それを商品として、或いは旅行として売れるようにしていくのが「商品開発機能」なんですけれども、そこに、霧立だったらエコ・ツーリズム型ということになる訳ですね。或いは、それを農村だとか、そういうふうな形と結びつけるならば「農村里山体験型」といったものにしていこうと。それと、この農村とエコ・ツーリズムとが一緒になってひとつは商品を作る、或いは、もともと鞍岡にあるいろんな生活文化があって、そういったものもこの中に組み込んで生活文化や農村体験、あるいはエコ・ツーリズムというものを一緒にした、そういう商品を作り上げようという部分はここなんですね。
 体験やそういう事をやっていく人達がいる、そういうものを組み合わせて旅の商品にする人達がいる、それを支援していかなくてはいけない訳ですね。そういうことを、やっていくことを支援していく部分が「共同企画事務局」ですね。
 例えば県とか市町村とか団体とかですね、それから柳田さん達の各種交通機関ですね、ANAとかJR、そういった所がこういうものを使って共同企画をして、じゃあここに連れて来ましょうという、そういう取り組みの関係がいる訳ですね。じゃあこういうものが一緒になったならば、それを何処に紹介するかという訳です。それを売らないといけない訳です。福岡だとか大阪だとか東京だとかですね、そういう所が県の観光協会とか五ヶ瀬の観光協会とか、またそれを販売してもらう所にJTBだとか近畿日本ツーリストとか、そういう所で販売してもらうような代理店になってもらう。こういったものが一緒になって進めていく事で、ものすごく大きな販売の力が出てくる訳ですね。
 ふつうに、ここの体験のこういう事が出来ます、出来ます、と言ってもなかなかそれが商品にならないんですね。だから、こういうものからどうやってこういう、全体意識に仕上げていって、それを五ヶ瀬の霧立だけじゃなくて阿蘇だとか、高千穂が旅行商品を作る時に組み込んで霧立をドォーンと出していく、そんな事がこれから必要なんじゃないかなという風に思います。

秋本 治
 はい、ありがとうございました。坂本さんには、着地型観光の定義を披露していただいたような気がします。体験や食を提供できる人達がいる、それを組み合わせて旅を商品にする人達がいる、そして、それを支援する組織がある。そのような町づくりが着地型観光だということで非常に明快な示唆を与えてくださいました。
 そのようなローカルデザインの中でも、やはり情報発信は難しいものがある。また、先ほどお話いただいた第3種の旅行業につきましても、旅行業管理者の国家試験を受けたりして取り組みがありますが、実際、具体的に立ち上げるとなると保証金とか運営経費等に莫大なお金が必要で大きな壁が立ちはだかっています。ローカルの取り組みでは採算が合わない、などという問題があります。その点、情報発信や旅行業に詳しい柳田さんにもっとそこのところのお話も伺いたいと思います。よろしいでしょうか。

柳田剛一
 情報発信機能というか、先ほどの着地型観光、我々はもっと地域を密着させた地域密着型という言い方をしているのですけれど、すみません、狭い取り組みかもしれませんけれど、やはり大手のところと組んでいかないと情報発信できないなと思っています。
 着地型観光が一番失敗しているのはですね、やっぱり情報発信が無い事です。例えばJTBさんだとか近畿日本ツーリストさんがパンフレットつくりますよね。これパンフレットだけで何億とかけてますよね。そんなの着地型とか地域密着型観光の旅行社は出来る訳ないんですよ。だったらいい意味で組んでいこうかなというのがひとつあるでしょうね。
それとインターネット、これも一緒だと思います。これを成功させる為にやっぱりほんとに利用したい商品であれば必ず組んでくれますので、そこで組むというのがひとつの大きなPR効果になってくるんじゃないかなと思っています。
 実は、全日空系の旅行社の方もそれを望んでいまして、今そういう商品を作ろうということでタイアップしてやっています。そういう部分で、先ほどお話がありましたけれど、高千穂だけでは、この地域密着型のツアーの部分は解決出来ないんですね。お客さんのニーズの3分の1も満足させられませんし、やはり五ヶ瀬さんの持っているこの地域資源だとか、日之影さんの持っている地域資源だとか、ここを合わせる事によってほんとにいい商品が出来ると思いますので、それをやっぱり私でしたら全日空になりますから、その旅行社系とまず組んでいくと。
 それから、もうひとつの切り口の方は、この前どこかのTVでやっていましたけれど、宮崎県は今まで全然影が薄かったよね、と。でも、東国原さんのお陰でものすごくPR効果出ましたよね、と。これをやっぱり今、利用しない手はないと思うんですよ。で、悲しいけれど、どっちかというと南の方はよく出ます。高千穂は有り難い事によく出るんですけれど、これをほんと上手いこと利用すればもっともっと地域のことを宣伝できると思いますし、来たお客さんが満足すればまた次のリピーターに繋がるという部分、口コミも大きいからですね、そういう部分を私は必要かなと思っています。

坂元英俊
 何で人をもっと呼ぶかという部分ですね。先ほどのお話で『キリタチヤマザクラ』というサクラの話がありましたけれど、まさに、世界でそこにしかないサクラを霧立で見れるという事は、ものすごい宣伝効果ですね、それをまず見に行くという、霧立のザクラを見に行くと、まあ来年もまた出来ますよね。見れるんですよね、普通。これがまず最初の大きな「売り」かなあと。霧立のヤマザクラを見に行くという事は、実は山に登らないといけない訳で、どうせ見に行くんだからその周りにあるいろんな霧立の良さを、或いは地球の話だとかあるいは他の植物、今日歩いたブナの話ですよね、そういったところと組み合わせて出していく訳です。
 そうするとお客様はキリタチヤマザクラを見に来られるんだけども、どうせ来られる訳だからいろんな所も見ていこうという気になってる訳ですから、その時に、グッとまた来たいと思ってもらえるような、そういう仕込みをそこでする。当然来てもらう訳ですから何処で食事をするのかとか、あるいはせっかく次にも来てもらおうと思うんであれば、やっぱりその鞍岡の農村やそういうところとも連携して泊まってもらう、そういう事を仕込むという作業がおそらくここ何年位の間にはかなり出来ると思うんです。だからそういったところから始めていくというのは非常に大きいかなと。
 今までは、霧立越という歩くコースを売りに出してきた、しかしそれをもう1つ、こう深めて、そのヤマザクラを見るという事を大きく出して、そしてその歩くという事に繋げていくという、そういう風に考えていくともう早速、世界で唯一のキリタチヤマザクラを見るというツアーが、私は出来るんじゃないかなと思います。

白池 図
 前回、秋本さんのところに泊まった時に福岡の人達が来ていたんですよ。「何でここに来たんですか」と聞くと「いや、前回も来ました」と。なら何が良かったのかと言ったら「案内がある」と。それで、それぞれの季節の魅力をそこで聞いてる訳ですよ。だからキリタチヤマザクラを今度は見に来ました。とかですね。だから案内、ガイドの要請というのはすごく大事だなあと思っています。だから、それをどうやって取り組んでいくのか、というのをちょっと感じた。それと同時に今度は食材ですね。せっかく泊まりに来られる訳です。だったらやっぱり食事というのはすごく大事なものだと思うんですよ。だからここ特有の食事を準備する。で、今やっぱりここに泊まりながらずっと気が付いているのは、福岡の人が多いという事です。これ高速使って来てる訳です。ですよね。結局わざわざ来る訳です。わざわざ来るという事は、ここにそれだけ魅力があるという事なんです。それに感づいていらっしゃる。その魅力をどうやってその来た人達に伝えていくかというのは、すごく僕は大事だという風に感じてます。

南谷忠志
 花がほんとに観光に、町おこしに繋がるのかということなんですが、ひとつの例を出しますと、実は繋がるんですね。いくつか、私も町の役場に連絡とったりなんかして、情報は持っているんですが、1つだけ紹介致します。
 福島県会津地方に人口3,000人かな、小さな村があります。そこにヒメサユリというピンク色のユリの花が咲くんです。そうすると、花を見にかなりの人が来始めたんですね。ここで、地元の人達はいつも見ている花だから大したことはないと思っていた訳ですが、どうも人がいっぱい来るもんだから、なんとかならんかなということで、それを町おこしに使い始めたんです。
 人口3、000人の村に、花は2週間しか咲きません。その2週間の間に6万人の方が見えたんです。それで大きな駐車場を地元は用意しました。そして地場産品を置きました。売れるんですよね。そして地元の人が大事なことは、ここなんです。これだけの人を引き付ける魅力のあるヒメサユリ、自分達は子供の頃から見ちょったけど、大したことないなあと思ったけど、これ大事な植物なんだなあ、と。よっしゃ、これは大事にせないかんよ、ということで、保護意識がものすごく高まって来たんです。つまり保護と観光の両立ですね。だから、ただ一方的に売り込むだけじゃなくて、やっぱり地元の人が見せようというものに愛着を感じている、それを護っていく、と。そういう背景ができないといけないんじゃないかなと思います。

秋本 治
 はい、ありがとうございました。地元では、いつも見ている花が、実は大きな観光資源になった。そこで保護意識が高まって、保護と観光の両立ができたというお話、見せようとするものに愛着を感じてそれを誇りとして護る意識がでてきたというお話でした。誇りとなって護る意識が高まると、今度は、それを伝えようとするインタープリテーションも重要になりますね。増田さん、その辺をもう少しお話ください。

増田直広
 僕もですね、普段は八ヶ岳でインタープリターとして多くの皆さんのガイドをしているわけですが、やっぱり自分が好きなものというのはきちんと自分の言葉で伝えられるんですね。で、人からこれを伝えてねというふうに言われて伝えるものと、自分が伝えたいと思って伝えるものとは全然違います。なので、やっぱり自分が地域のことが好きになるということが一番かなと思うんですね。それをするには、やっぱり地域に住んでいる人が自分自身で発見をするということなのかなと思うんです。先ほども、いろんな魅力あるツアーがここでもできそうだという話がありましたが、それを作るのも地域の皆さんなのかなと思うんですね。
 僕は、すごく参考になるなあと思ったことがあります。この2月に、沖縄県の国頭村というところに行きました。今、森林セラピー基地に認定されまして沖縄の森を使って「健康」ということをキーワードに地域おこしをしようじゃないかという活動があるんですね。そこで、人材育成の講座がありまして担当して行ったのです。国頭村は人材育成講座、地域の再発見をするという講座を3年位ずっとやっているんですね。それは、ほんとに1住民の方達が夜集まって来て、それぞれの隣接した人の話を聞くだとか、土曜、日曜を使って小さな神社が沢山あるんです、祠みたいなのが、それで、地域に出ていろんな地域の発見をするというような事をやったんです。
 そうすると、そういう祠を使ってこんな活動が出来るかもしれないなあ、とか、この森を使ってこんな活動が出来るかもしれないなあと、先ほどの話でいうならば、旅行の企画の視点も、その地域住民の方が発見をするんですね。そうするとすごく自分達がよく知っている資源、そして、それを使ってアレンジが出来るかもしれない、作ることが出来るかもしれない、自分達がすでに関わっていることが、出来ることが、地域全体の元気に繋がっていくのかなと思いました。
 僕はそれが清里の反省かなと思ったんですね。それで僕らは人材育成の講座をたくさんやっていますが、なかなか地元向けの講座をやってこなかったんですね。それで地元の方と一緒にいろんなことをしましょうよと、話をするんですが、なかなかその辺の共通機能が出来てなかったのが、実は僕らがもっともっと地域の運動を地域の方とやるという視点を、持っていかなくちゃいけないのかなということを反省しまして、僕は今年、地域にはたくさんのペンションですとか宿泊施設があり、そこの人達は自分達で登山のガイドをするとかトレッキングのガイドしている方もいらっしゃるんですが、そういった方達と一緒にもう一度清里の再発見をするような講座をするということが大事かなあと思い、それを今、準備をしているところなんです。
 一緒に発見したり、とか一緒に再発見をする事のプロセスを共有しないと、一緒に地域で頑張っていくということは出来ないのかなということを思いました。なので、プランの方を考える前に、やっぱり地域における人材育成をすること、そしてその人材育成のプロセスを一緒に歩んでいくということが大事なのかなというふうに思って、それが反省でありそして、それをやっていきたいなあ、と今思っているところです。
 ですから、これまでのお話を聞いていると、すごく魅力のある地域だなあとすごく感じています。その魅力のある地域に対して、更にまた力を与えていくのは、やっぱりそこに住んでいる方達なのかなと。僕は今回、第3者としてお邪魔させて頂いていますけれど、僕が何かするんじゃなくて、やっぱりその地域の皆さんかなと思っています。僕は僕で清里に帰った時に、こういうことを地域の人とやっていきたいなということを、この場に居させて頂くことを通して強く思って、すごく嬉しいヒントを頂いたなあと思っております。

坂元英俊
 地域の人達と一緒に、ほんとに自分達の住んでいるところはどんなところなんだろうということを、もう一回その地域の人達と一緒に現場に出かけて、そして自分達が見つけていくという、その作業は必要ですね。
 私は、地域活性化の話をする時に、活性化というのは、その地域を好きになるという意味なんだよというふうに言っています。地域活性化は地域を好きになるという意味で、好きになるのは、あなた達が好きになるかどうかですよね。好きになるには具体的に自分の好きなものが言えないといけない。ただ好き好きというのは言えるんですよ誰でも、ところが「裏山にあるヤマザクラが綺麗だから来てください」と言うんじやなくて、「私は、多くのヤマザクラが咲いている中で、実はお気に入りのヤマザクラが1本あるんだ」と、「そのサクラが私のお気に入りのヤマザクラで、このサクラはだいたいもう120年位経っていて、ほんとに古風に威風堂々としているから、そこが好きなんだ」ということを言えると「それを見に行きたい」というふうになる訳ですね。
 その人が好きな、自分が好きな、地域の人が好きなものの話をした時に、その話を聞いた人はそこに行こうと思う訳です。それは花も同じで、川も同じで、それを具体的に自分達が今、ものとして言える。そうするとそのことがもう案内人さんなんですね。だからそういう取り組みの仕方をやっぱりしていくといいと思うし、まあ阿蘇は、それを実際やってきています。
 もう1つ最近、役場から言われたのは、役場の観光と企画の職員がそのワークショップをしたいという。だから自分達が分かるようになっても、役場の職員が分からんから役場の職員も一緒にその役職をして一緒に探す事によって、地域も役場も共有の宝物を見つけ出していくというそんな事を今やっているところです。

秋本 治
 地域の活性化は、その地域の人々がその地域を好きになること、というお話でございました。地域資源の掘り起こしは、そのプロセスが大切であるということ、地域密着型の体験ツァーの考え方、仕組みづくりなど多岐にわたって非常に示唆に富んだお話で、今日からでも実行できる部分がたくさんあったと思います。また、その可能性や課題、問題点なども浮き彫りになったように思いました。
 今日のシンポジウムを五ヶ瀬の町づくりに、そしてご参加の皆さん方のそれぞれの地域での町づくりに生かして頂けたらと存じます。もっともっとお話を続けたい気持ちですが、時間もかなりずれ込んでおります。まずい司会で十分に先生方のお話を頂けないまま時間が来てしまい申し訳なく思いますが、これで終わりとさせていただきます。パネリストの先生方どうもありがとうございました。会場の皆さん、ご協力どうもありがとうございました。これでパネルディスカッションを終ります。


黒木勝実
 本日は、早朝から寒い中をご参加頂き誠にありがとうございました。私は隣町の椎葉村から来ました黒木と申します。霧立越の歴史と自然を考える会の理事をしております。今日は、皐月晴れを期待しておりましたが、生憎の五月雨でありまして森林体験が十分堪能できなかったのではないかと思いますが、すばらしい先生方のお話で大変有意義なシンポジウムとなりました。
 この地域の地質と起源について大変興味あるお話を伺い、そして植物の植生について、それぞれ専門分野の各先生方から貴重な、示唆に富んだお話を伺いました。その中でこの地域の魅力と活用についてでありますが、私たちはこの地域の宝の山に住んでいながら、宝の存在に気付いていないこと、更には、地域での宝の山の活用の仕方がわからない、そういった中で、今日は、おぼろげながら見えてきたという感じであります。そういう意味で大変有意義なフォーラムであったと思います。
 講師の先生方、並びにご参加の皆さん、長時間にわたり熱心にご討議頂き、実り多いすばらしいフォーラムでありました。主催者として厚く御礼を申し上げ、御礼の言葉とします。ほんとうにありがとうございました。(拍手)

おわり。

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第13回霧立越シンポジウム
九州脊梁山地文化圏
平成22年10月24日〜25日


第12回霧立越シンポジウム
『柳田国男100年の旅』
平成20年7月19日〜21日




第11回霧立越シンポジウム
『自然体験とインタープリテーション』
平成20年5月10日(土)〜11日(日



第10回霧立越シンポジウム
西南戦役130年
平成19年4月21日〜23日



第9回・霧立越シンポジウム
過疎山村の町村合併を考える
2002年11月22日



第8回 霧立越シンポジウム
幻の滝を考える
2002年7月20日〜21日
 


第7回 霧立越シンポジウム
キリタチヤマザクラを語る
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第6回 霧立越シンポジウム
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1997年11月2日
 


第5回 霧立越シンポジウム
森とくらしのあり方を探る
1997年5月17日
 


第4回 霧立越シンポジウム
霧立山地と自然
1996年11月8日
 


第3回 霧立越シンポジウム
霧立山地の植物
1996年5月11日
 


第2回 霧立越シンポジウム
タイシャ流棒術350年と霧立越
1995年10月2 1日
 


第1回 霧立越シンポジウム
「霧立越を語る」
1995年5月14日
 


森シンポジウム
―地域の光の創造と発信―
1992年10月25日

五ヶ瀬ハイランドスキー場
パネリスト
竹内宏氏(長銀総合研究所理事長)
後藤春彦氏(三重大学助教授)
藤井経三郎氏(リブ・アソシェーツ代表)
車 香澄氏(福岡大学教授)
長沼武之氏(宮崎県観光振興課長)
秋本 治 (やまめの里代表)
コーディネーター
鈴木輝隆氏(落ち穂拾いの会)



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2009.03.10〜