霧立越

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第4回・霧立越シンポジウム 自然の循環に共鳴する作法の極意


 ‖1部 「山の神と狩詩」 狩猟儀礼作法に学ぶ


語り 尾前善則氏 狩猟儀礼作法伝承者
聞手 秋本 治 やまめの里



秋本 尾前善則さんは、九州における最後の狩猟儀礼伝承者ともいわれております。しかも現役で、その実践者でもございます。まずは、尾前さんが狩りを始められた動機や、狩りの作法の伝授を受けられた経緯、そしてそれをどのように実践していらっしゃるのかなどをお話頂きたいと存じます。

尾前 私は、小学3年生の頃から冬休みになると父親の手伝いとして弁当を持って狩りに山へ入っていました。毎日のように父と狩りに山に入っている内、しだいに狩りに興味を持つようになり、いつしか猟師になっていました。
父は、私が14歳の時、病気で亡くなりました。それまでに父は、猟とはどういうものであるのか、自然とはどういうものであるのか、人間の生き方とはどういうものであるのか、などについて小さい頃から猟に連れて行きながら教えてくれました。
最初は、山の神の話からはじめました。山の神は、どういうところに居るか、山の神は、男であるか女であるかなどです。皆さんは、山の神は男であるか女であるか知っていますか。ああ、皆さんご存じのようですね。そうです。山の神は女の神様ですね。皆さんの家庭においても、家を守るのは奥さんで、奥さんのことを山の神といいますね。それと同じです。
私が正式に猟師になったのは、昭和27年です。兄弟で一緒に始めました。それまでどうして正式な猟師になれなかったかといいますと、家に銃がありませんでした。父親譲りの鉄砲は、戦時中に引き揚げられてしまったからです。それで、昭和27年に新銃を手に入れ、猟師となりました。
猟犬は、私が幼い頃からずーっと飼っていましたので良い猟犬を持っていました。それで、村の年寄りの人たちの猟に犬をひいては一緒について行き、犬が猪と格闘するのを見て、それを楽しみにしていました。こうして昭和27年に猟を始めるまでの待ち遠さというものは、それは大変なものでした。私は、それだけ狩猟に関心があり、自然にも興味を持っていました。
今、椎葉には6千町歩の国有林があります。この国有林は、以前は尾前地区62戸が6千町歩の山林を持っていたのです。この山林を国有林に売却することになった時、私たちは、自然の破壊につながると猛反対したわけです。3人だけでした。ところがとうとう負けてしまいまして国有林になってしまったのです。国有林になれば、開発されて自然が破壊されるということは、もうカラス鳴きにも判っていました。
それが、今になってどうですか。日本全国の国有林は。自然のことを言いだしたでしょ、今になって。私は、父親から自然のことを子供の時から習っていたのでわかっていました。
こういうことがありましたので、このシンポジウムのことで秋本さんから電話があった時、私は、喜んで出席することにしたわけです。

さて、狩りの作法についてお話したいと思います。狩りの作法で猟師が一番知らなければならないことは、山の神のことです。人間は、猟師でなくとも山の仕事をする人は、いつでも、どこでも山に入ったら山の神がいるということを念頭におかなくてはなりません。山の神のお祓いをしなければならない。
私は、猟期がはじまったなら朝一番に東の方を拝み、そして氏神様に行って拝み、その後、裏山の山の神様に必ずお詣りして「全国の猟師が無事にこの狩猟期間を過ごしますように」とお祈りして猟に入るわけです。私は、裏山に直径2メートルはあろうかと思われる大きな樫の木に山の神を祀っております。
お祈りしながら、「私はこんなに一生懸命になってお祈りをしている。全国の猟師が皆んなこういう気持ちになって猟をしてもらえたらなあ。そうすると今のような厳しい猟はなくなるのになぁ」と考えるわけです。
今、猟師のことをハンターと呼んで、ハンターはスポーツというふうに見ているのですね。私から言えば、これは全然違う。スポーツハンターと猟師はもう抜本的に全然違うと思うのです。猟師は、海の漁師もそうだと思いますが、そんな簡単なスポーツとは全然違います。それだけ艱難苦労をしてこそ猟師は成り立っているのです。
そして、猟師になるまでは自然を学ぶこと。自然がもう第一番。自然が基本でそこから始まるということです。

秋本 ありがとうございました。狩猟は自然を学ぶことから始まるということと、猟はスポーツではないということ。スポーツの概念で捉えられないものであるということ。いずれも大変新鮮に聞こえました。これまであまり考えられてなかった概念だと思います。  それでは、これから狩りの具体的な方法について伺いたいと思います。まず、狩りは獲物の場所を突き止めることから始まると思うのですが、そのあたりから始めて頂けますか。

尾前 まず、猟師として獲物の居場所を突き止めるためには、その土地の地名を知らなくてはなりません。地域の俗称など、狭い場所の特定ができなければなりません。地名を知らずして猟をやっても、これは猟師になりません。このことを一番に私は子供たちにも言い聞かせています。地名を覚えてはじめて猟師になれるということです。
ここの谷はこういう名前で、この岩はこういう名前で、ここの場所には、こんな人の家が昔はあった。ここには畑があった、ここには田んぼがあったなど、昔からの言い伝えで山を知るわけです。  地名を覚えるということは、自然を覚えるということにつながります。分からないときは、年寄りに聞くことです。昔は、こういう木があって、こう呼んでいた。今はこうなっているということが大切です。

秋本 それで、地名や自然を学んで土地勘を覚えて、それから獲物の居場所を突き止めるということですね。それで、どのようにして、狩りは始まるのですか。

尾前 獲物の居場所を「カクラ」と呼び、獲物を偵察することを「トギリ」呼びますが、まずトギリは山のカクラの回りを踏み廻して、獲物が出そうなところ、足跡がありそうなところを見るわけです。2〜3人で朝早く廻って見てですね。
足跡があると「これは、夜べのよいとに入ったやつ、これは今朝方、ここは出たやつ」というふうに足跡を見るわけですね。そして、「ハハー、ここに足跡があるから、このカクラの猪はこの方向に向いているから、こっちに行っているじゃろう」とそれを判断するわけです。

秋本 そのトギリの情報をもとにして狩りに入るわけですね。そこで猪を追い出す役割の人をセコと呼び、逃げる猪の通り道で待ち伏せする役割の人をマブシと呼ぶ。

尾前 はい。セコがカクラに入っていきますが、その前にですね、猟師というものは、サカメグリというものを知らなければなりません。

秋本 ほほう、そのサカメグリというのはどういうことですか。

尾前 サカメグリというのはですね。現在行われている休猟区とか鳥獣保護区とかいうような意味があると思うのです。旧暦の農家暦には、干支で方位を表すものが付いています。「きのえきのと」とか「ひのえひのと」とか書いてあるでしょう。その方位を磁石で見るわけです。家の大黒柱のところに磁石を置いて、方位が干支の廻りから反対に廻るのがサカメグリに当たります。それで、一巡りが12あるわけです。今月只今は、確か寅卯に入っておると思うのですがね。
そして、磁石で見る。磁石に干支が載っているのがありますわ。こっちが卯ならウサギと、あっちが酉ならトリと、その方向です。例えば、本日ここのカクラに入ったなら今日がその方向ですね。自分の家から見てその方向へ今日入るとします。するとその後12日間はその方角へは猟師は絶対入ってはいけないとする昔からの言い伝えがあります。それが猟師のしきたりであり作法であります。サカメグリとはそういうことです。

秋本 方位が干支の順番から逆になる方角の山には、入ってはいけないということですね。そうしますと、トギリが獲物の居場所を突き止めるために山に偵察に入るのも方位を見てから出かけなくてはなりませんですね。

尾前 はーい。方位を見て山に入らなければ、狩られん方向をトギッてもだめですわね。だから私たちは、若い人たちが、あそこで大きい猪を見た、とか足跡があったとか、どこそこに大きな鹿がいたとか、足跡があったとかいっても、絶対にそこへ狩りに行ったことはありません。

秋本 現在もそういうふうに実践なさっているのですか。

尾前 はい。現在も全然入りません。猪が出てきた。鹿が出てきた。そしてそれがサカメグリの方角へ入ったとします。すると、すぐそこに獲物がいることがわかっていても入りません。犬を連れていたならすぐに犬をつないでしまって絶対そこには入りません。

秋本 禁を犯してサカメグリの方角へ入ったなら、何が起こるのでしょうか。猟が効かないのでしょうか。

尾前 そういうこともあるでしょうが、私たちはサカメグリの方角へ入ってはいかんということを信じていますので、その方角へ入って獲物を捕るということは考えたこともありません。
獲物を捕るということは、山の神様から獲物を授かるということですから「のさらん福は願い申さん」ということを頭において猟をしています。

秋本 「のさらん福」とは、授けられないものという意味ですか。

尾前 はい。山の神から授けてもらったものだけで納得するということです。充分ですと言う意味です。山の神から授けてもらったものだけで満足することです。だから、それ以上は求めません。

秋本 ふーん。非常に自然体ですね。

尾前 だから「今日は、山に入って何を捕って帰ろう」とかは考えたことはありません。ウサギを捕ろうとか、ヤマドリを撃とうとか、そういうことは全然考えたことはありません。私は、45年間猟をやっていますが、これまでウサギとかキジとかヤマドリに鉄砲を向けたことはないです。

秋本 獲物は、猪か鹿だけですか。

尾前 はい。猪と鹿だけです。それもですね。猪が犬と格闘をしている時、どうしても犬が勝てそうにない時だけ鉄砲を撃つということです。猪をはじめから鉄砲で仕留めるということは毛頭考えていないわけです。犬が獲物を追い出して、もう目の前に来た時は撃ちますが、できるだけ犬と格闘するのを見るのが、いわば私の趣味でしょうかね。

秋本 そうやってよい猟犬を育てるわけですね。

尾前 私たちは、犬を非常に大事にします。今のスポーツハンターたちはですね。犬が獲物を追い詰めて捕る、その現場へ行くとします。現場へ行ったら、犬を追い散らかして獲物は丸ごと自分が捕ってですね。自分が捕ったような考え方をしておる。だから、ハンターと私たちの考え方は全然違いますね。そりゃあ、私たちは、犬を大切にしますよ。可愛がりますが、厳しい躾けも必要です。

秋本 例えば、どのようにですか。

尾前 犬を可愛がるということは、一般的には頭を撫でてやったり、毛を手入れしてやったりすることが、可愛がるということでしょうけれども、私たちの考え方はそうではないのです。
犬というものは、座敷に上げるものではないのです。犬は、地べたで働くものなんです。ですから、私たちは、犬小屋も造ってはいますが、犬小屋はコンクリートを使わない。自然の土の上で飼います。コンクリートの上で育てたら犬はだめになりますよ。
私は、子供の時からずーっと犬を育てています。ですから、犬の性格や犬の育て方のあらゆることを学びました。こういう犬はどういうふうに育つとか、犬については良くわかります。子犬も生後2ヶ月もするとはっきりします。ははあ、この犬はどの程度の犬に育つねえとか、この犬はこうだということがわかります。だから、これまで役にたたない犬を飼ったことは一度もありません。

秋本 なるほどねえ。それでうまく猟犬を育てて獲物を仕留める。獲物を仕留めたら次にどうされるのですか。

尾前  まず、最初に仕留めた獲物に素手で手をかけないこと。

秋本 それは、獲物が完全に息が絶えていることがわかっていてもですか。

尾前 はい、そうです。素手で手をかけたらいけません。これは父親からの受け継ぎですが、猟師は「山差し」というものを持っています。

秋本 今でいう腰鉈などですね。ようするに刃物のことですね。

尾前 そうです。その山差しの刃を最初に獲物に当てるのです。

秋本 はあ、腰鉈の刃を獲物に当てる。それは、獲物のどこに当てるのですか。

尾前 その時の状況によって異なります。茂みの中で、足しか見えない場合もありますし、頭しか見えない場合もありますのでその時の状況によって異なりますが、最初に山差しを当てる。その後、獲物の「フャアフリ」を切り取る。

秋本 「フャアフリ」とは。

尾前 尻尾の先のことですね。

秋本 ああ、牛や馬がハエがたかっている時に尾っぽを振ってハエを追っ払っていますね。尾っぽでハエを振り払うことから、尾っぽのことをハエフリ、つまりフャアフリと呼ぶのですね。

尾前 そうです。まず、一番に尻尾の先を切り取ります。そして、頭のてっぺんから尻尾の先までコンニチノキクガミ、ゲクニューノカミ、テンニイチガミ・・・・・・・(笑い)

秋本 どうしました。

尾前 皆んながあんまり一生懸命聞いているものですから(笑い)

秋本 唱えごとですね。どうぞゆっくりおっしゃってください。

尾前 「コンニチノ、キクガミ、ゲクニューノカミ、テンニイチガミ、ヤマノカミノオンマエデ、カブフタオシムケ、オシユルギャアテ、ジョウブツサセモウスゾヤ、ナムアミダブツ」。
これを、3回唱えて尻尾を切り取ります。これは、生きているものを殺したわけでしょう、命を奪ったわけですから葬ってやらなければいけないのです。葬ってやる意味において最後にナムアミダブツが入っているのですねえ。

秋本 ウーンなるほど。で、その切り取った尻尾は、どうされるのですか。

尾前 ところによってその作法は違います。その「フャアフリ」を山の神様にお供えするところもありますが、私たちの部落ではその「フャアフリ」は持って帰ります。これは、一番先に仕留めた現場に行った人の証拠品ですから大事にします。団体で狩りをしても「フャアフリ」は一つしかありませんから、それを持っている人が獲物を仕留めた人の証明になるわけです。このことが、実は「オコゼまつり」につながってくるわけですねえ。

秋本 ほほう。それで「オコゼまつり」のお話は後ほど伺うことにしまして、その後仕留めた獲物はどうされるのですか。

尾前 それから、獲物を北向きにして、頭を北の方に向けて解体して内臓を取り出します。

秋本 それは、仕留めた現場の山とこですか。

尾前 ええ、仕留めた現場でです。

秋本 ほほう。獲物は、そのまま持って帰らないのですか。

尾前 そうです。仕留めた現場で解体して内臓を取り出します。秋本さんもご存じでしょうか、胃袋の横に「サンジン」という紫色をした臓器がありますね。それを取り出します。

秋本 胆のうですか、あの苦いやつ。

尾前 いえ違います。あの苦いやつは、キモです。そうではなくて、細長い臓器です。脾臓ですね。その脾臓を少し切り取って「東のサンジンに上げ申す」と言って東の方に上げます。

秋本 それは、串に刺したりせずにそのままですか。

尾前 そうです。そのまま東の方角に投げます。そして、次に「西のサンジンにも上げ申す」と言って西の方にも投げます。

秋本 「サンジン」という臓器は、山の神のものという意味があるのでしょうか。それを、東西の山の神に捧げるのですね。

尾前 はい。山の神に「サンジン」を捧げて、それから内臓すべてを取り出し犬に与えます。私たちは、肝臓と肺臓と心臓は食べたことがありますが、その他の内臓は食べたことがありません。肝臓なんかほとんど食べたことがありません。

秋本 ほほう。内臓は、おいしいのに食べないのですか。

尾前 そうです。内臓は全部犬に与えます。

秋本 そうですか。狩りの配分として、内臓は犬の分け前という考え方ですね。

尾前 はい。内臓は全部犬に与えます。獲物が小さくて犬が多いときには、内臓だけで足りなくて、ほとんど犬に食べさせてしまい、尻尾だけ残ることもあります。私たちが何十頭捕ったといっても分け前は少ないですよ。私たちが、「アラ」と呼ぶのは内臓を抜いた後の状態をいいます。一般的にいわれる「アラ」とは、丸のままの獲物を指しますが、私たちの「アラ」はアラが違います。内臓が五分の一は入っていますからね。

秋本 なるほど。犬を大切にされるとはそんな意味もあるのですね。それで、ますます良い猟犬が育つ。それで、その「アラ」は今度はどうされますか。その場で猟師の分け前に解体されるのですか。

尾前 いいえ、内臓を取り出した後は、心臓、肝臓、赤フクを小さく切りとります。

秋本 心臓の塩焼きはおいしいですよね。赤ふくとは肺臓のことですか。

尾前 そうそう。それらを小さく切り取ります。小さく切った一切れでいいです。それを、付近のスズタケを切って二股に割ってですね、それに肉片を刺して山の神に上げます。「山の神様、どうもありがとうございました。コリュウシのマツリテを差し上げ申す」と言ってですね。「大きな獲物を授けてくださいまして、どうもありがとうございました」とですね。
それと、「猪まつり」の時は「オクヤマサブロウ殿の333人、ナカヤマジロウ殿の333人、ヤマグチタロウ殿の333人、合わせて999人のミヤマのオンカミサマにも奉って参らせ申す」ということを唱えます。これは、尾前地区でおこなわれるシシマツリの時です。こういうことを昔から教わっているわけです。

秋本 うーん、なるほど。獲物を仕留めたら、まず山差しを獲物に当てて「フャアフリ」を切り取る。そして、内臓の「サンジン」を切り取って東西の山の神に捧げて唱えごとを述べる。それから内臓を取り出して犬に与え、心臓、肝臓、肺臓の一部を小さく切り取ってスズタケに差し、山の神に上げて唱えごとを述べる。そうしてようやく、内臓を取り去った獲物の「アラ」を家に持ち帰るのですね。

尾前 その前にヤタテがあります。フャアフリを切り取ってから「どうもありがとうございました。山の神様、コウザキ様にヤタテを撃って上げ申す」と言ってヤタテを撃ちます。それは、猟に入っている人達にここで獲物が捕れたという知らせにもなります。

秋本 ヤタテとは、空砲を撃つことですね。それは何発撃ちますか。

尾前 1発か2発です。若い時は、大きな獲物が捕れた時は何発でも撃っていました。「山の神とコウザキ殿にヤタテを撃って上げ申す」と言ってですね。

秋本 山の神とコウザキ殿は違う神様ですか。

尾前 はい。山の神とコウザキ殿は違います。コウザキ殿というのは、犬を祀ってあるのがコウザキです。犬は、山の神の家来なんです。山の神のお使い者です。猟師というものは、犬を大事にしなければならない、厳しくしなければならない、と言った意味はここにあります。山の神様だけを祀っても、お供のものを祀らなかったら、獲物は授からないということです。

秋本 なるほどですねえ。それで今度は、もうそのままアラを自宅に担いで帰っていいですね。

尾前 いいえ、帰る途中に山の神を祀ってあるところやシバ神を祀ってあるところでは、山の神やシバ神に感謝して、猪の場合は、ウナゲの部分、首のうしろのたてがみにあたるところの毛を切り取って竹や木の枝を割って挟み、「ありがとうございました。」と捧げます。鹿の場合は、尻の白い毛を切り取って同じようにして捧げます。

秋本 シバ神とは。

尾前 シバ神とは、先祖がその場所で何らかの災難に遭って亡くなった処で、その人を祀ってある所です。

秋本 帰る途中の山の神やシバ神に感謝して、獲物の毛を捧げながらお家に近づいてきました。まだ、何かありますか。

尾前 私のところは、上のコウザキと下のコウザキと2ヶ所にコウザキ様を祀ってあります。それで、上の方から帰ってきた場合は、上のコウザキ様の前で「上のコウザキにヤタテを撃ってあげ申す。火の車にお上がりになってたもり申せ。よく聞いてたもうれ、また捕れるように」と言って、そこでまたヤタテを撃つわけですねえ。下のコウザキの方向から帰る場合は、下のコウザキに同じように唱えてヤタテを撃つわけです。
尾前地区は、80戸ほどの集落ですが私の家はその中腹にあります。庭先から尾前地区のほとんどが見渡せ、上のコウザキも下のコウザキも両方見えます。上のコウザキと下のコウザキにそれぞれコウザキ様を祀る家柄のあるお家があります。その家へ、持ち帰った心臓と肝臓と肺臓を半分けして差し出すわけです。半分づつですね。すると、そこの家の人がコウザキ様へ奉ってくれるわけです。自分がコウザキ様に行かなくてもよいわけです。

秋本 コウザキ様の代理みたいなお家があるわけですね。それでは、ヤタテは獲物を仕留めた場所とコウザキ様の前とで2度撃つことになりますね。

尾前 はい。近年はですね、日没後は鉄砲を撃たれんようになったでしょ。それで、猟が遅くなり日が暮れて家に帰る時は、ヤタテが撃たれんようになったのです。以前は、駐在所のお巡りさんにお願いして「昔からのしきたりだから、日が暮れても空砲だけは撃つから大目に見てください」とお願いしてヤタテを撃っておりましたけれども、最近はもうお巡りさんに迷惑をかけるわけにはいかないからとやってはいません。それだから、今日は誰が獲物を捕ったかわからないようになりました。それで、村の皆んなの口には入らないようになったのですねえ。

秋本 ということは、獲物を持ち帰ったら今度は村の皆さんにもふるまわれるわけですか。

尾前 そうです。私たちは、山の神さんから獲物をよく授けてもらっていました。これまで、私たち兄弟で狩猟期間に鹿と猪を合わせて82頭捕ったこともありますからね。

秋本 ほほう。いつごろがよく捕れていましたか。

尾前 昭和32年から33年頃がよく捕れておりましたですね。

秋本 そうですか。それで、獲物を持ち帰ってからは、もう作法はありませんか。

尾前 それが、もう次から次ですよ。(笑い)

秋本 次を聞かせてください。

尾前 先程、ヤタテのことを話しましたですね。村の入口のコウザキさんのところでヤタテを撃つと、村人たちが「ああ、今日も善則がまた猪を捕った」ということで、提灯を持って迎えにくるのです。むかし電灯が無いころは、提灯ですね。提灯のことをモエサシともいっていました。そのモエサシを振って向こうの方から迎えにきてくれるのです。そうする内に多くの村人が集まって、いろいろなものを持ち寄って獲物を料理して食べ、夜通しの宴がはじまるのです。これは猟師だから出きることで、今のハンターにはできないでしょうね。

秋本 それで、獲物の配分方法を聞かせてください。

尾前 はいはい。まず、獲物をさばきますが、その時猟に入った人たちの人数分をタマスにします。

秋本 タマスとは。

尾前 配分の単位で、ひとかたまりの肉のことをタマスと言います。仮に、猟師が5人で行ったとします。その時、猟に連れて行った犬が5頭とします。これで、犬と人間で10になるでしょ。それで10のタマスに平等に切り分けます。それと鉄砲で仕留めた場合は、別にイダマスというのがあります。

秋本 仕留めた人には特別の分け前があるのですね。

尾前 そうです。それとセコダマスというのがあります。

秋本 ははあ。セコとは獲物を追い出す役を言いますから、追い出し役の苦労にも恩賞があるのですね。

尾前 はい。それで10のタマスとイダマスとセコダマスで12になります。それと村人が来るでしょう。その村人にも分け前をあげなければなりません。村人に分けてあげるのをハザシといいます。

秋本 集まった村人全員にですか。

尾前 そうです。

秋本 すると、分け前が少なくなりはしませんか。

尾前 ええ。だけど、村人も手ぶらでは来ませんからねえ。(笑い)

秋本 なるほど。焼酎とか、大根などを持ってくる。

尾前 そうです。それが昔の人と今の人との違うところでしょうねえ。それで、村人が仮に5人来たなら12と5で17になるでしょ。で、17に分ける。
ま、ハザシは量が少ないですけれどね。ハザシっていうのは、ほんのしるしだけ。

秋本 ははあ。ハザシはしるしだけ。

尾前 そうです。そうして、17に分けた残りを全部料理するわけです。肉をそぎ落とした骨をですね。

尾前 まず、猪のホネヒキをします。

秋本 ほほう。ホネヒキとは。

尾前 獲物を解体して骨をはずしたら、その骨を塩ゆでにします。骨と身がよくはずれるように、しっかり湯がきます。煮あがったらその骨をショウケなどの大きなざるに盛って廻しながら食べます。これをホネヒキと言うのですね。ショウケを廻す順番もあるんですよ。その順番は、まず山の神さんから先です。

秋本 家では、山の神さんはどこにいるのですか。

尾前 そりゃあ、私の家の場合は私の家内ですわ。(笑い)

秋本 ああ、その山の神さんですか。

尾前 家では、家内が一番大将ですからね。その山の神から順番にショウケを廻し、それぞれ1個づつ骨を取って食べる。骨を食べるのでは無くて、骨に付いている身を食べるのですね。煮方が浅いと身がはずれにくいので、皆んな小刀を準備して集まりましたわ。(笑い)
それで、骨が真っ白になるまできれいに食べるわけです。それですから、昔の人は顎が強かったのですね。食べ方が早い人でも、ショウケが最後に廻って来た人が食べてしまうまでは次を廻しませんから、骨が真っ白になる迄食べながら待つわけです。一巡したらまた次の骨を廻して食べる。そういうことです。

秋本 はあ。食べるのも平等の精神があるのですねえ。

尾前 そうです。皆んな平等、助け合いの心です。

秋本 食べる前には何かありませんか。

尾前 「だんだん、ありがとうござり申す」と言って食べますわね。

秋本 話が前後しますが、獲物を持ち帰って解体される時、何かありますか。

尾前 獲物を解体する時は、必ず頭を北にして腹を西に向けて始めます。山で内臓を取り出す時も同じです。そして、山の神に唱え言をいってはじめます。

秋本 その唱え言は、先程の仕留めたところでの唱え言と同じですか。

尾前 同じです。昔は、「オダドコ」といって解体する場所が決められていたのですが。今では、大きい猪が捕れた時は、自分の家でもやりたいから「オダドコ」には10分位そこにつり下げておいて、その後持ち帰っています。その「オダドコ」につり下げる時も、北向きにします。

秋本 ははあ。鞍岡地方では、獲物を仕留めたらそのまま山から担ぎ出して、村の入口でヤタテを撃って村人に知らせ、村人が集まってから解体作業を行います。この時、獲物は仕留めた方向に頭を向けてから解体作業をはじめるのですね。これは、獣の魂が帰ることを意味するのではないかと思われます。生命の再生を願う心であり、命の循環の思想といいますかそんなふうに見ていたのですが、こちらでは北枕ということで仏教の思想まで入っているのでしょうかね。

尾前 はい。ところによっては、作法はそのように違いがありますね。

秋本 それから、骨を食べた後その骨はどうされますか。

尾前 獲物が特に大きかったとか、犬に深手を負わせたとか、小さい犬でもこれを仕留めたとかですね。何かの印象が深かった場合は、その「カマゲタ」を家の鴨居に架けていましたですね。

秋本 「カマゲタ」とは。

尾前 下顎の骨のことをカマゲタと呼びます。猪の牙のある顎の骨ですね。その顎の骨を家の鴨居に架けていました。

秋本 そのカマゲタはどうやって架けるのですか。釘で鴨居に打ちつけますか。

尾前 昔の家は、鴨居にカマゲタを架けられるように溝が掘ってありました。

秋本 家の作りが、最初からカマゲタが架けられるような構造をしていたということですね。

尾前 そうです。そのカマゲタを見て「これはねえ、あの犬の時代にあそこで仕留めた大物だがねえ」とか。「あれはねえ、犬が何頭あの牙にかかって切られたがねえ」とか「これを捕る時は、あそこで怪我をしたがねえ。山の神さんのお陰で大事に至らず、こんにちこうして元気にいられるがねえ」などと、自分たちは、感謝の気持ちでカマゲタを架けていたのです。

秋本 なるほどですねえ。いろんな狩りの作法について具体的なお話をお聞かせて頂いたのですが、最後に「オコゼまつり」についてお聞かせください。

尾前 猟師にはウウリュウシとコリュウシというのがあります。ウウリュウシとはどういう猟師を指して、コリュウシとはどういう猟師を指すかということがあるのですね。

秋本 ウウリュウシとは、大きな猟師でコリュウシとは、小さな猟師と言う意味ですか。先程の唱え言で「コリュウシのマツリテを差し上げ申す」というところがありましたですね。

尾前 はい。ウウリュウシというのは、欲の深い猟師のことを言い、コリュウシとは、欲のない、真面目で「花咲か爺さん」のような猟師をそう呼びます。
それで、ある時ウウリュウシもコリュウシも山に猟に入ったわけです。すると、山の神がお産をしかかっているところに通りかかった。ウウリュウシが先に通りかかった。そこで山の神さんは、ウウリュウシにこう言ったのです。「私は、こんなところでお産をしかかっている。何か食べ物か飲み物があれば分けてくれ。」
ところが、ウウリュウシは、「お前さんのような汚らわしいものには、そんな食べさせるようなものは持っていない」と言って、そのまま通り過ぎて行きました。
その後、今度はコリュウシが同じところを通りかかりました。山の神様は、コリュウシにも同じことを言いました。「私は、こんなところでお産をしかかっている。何か食べ物か飲み物があれば分けてくれ。」
ところが、コリュウシは人のよい正直な猟師だから「ああ、あんたのような人がいるかも知れないと思って私はいつもこういうものを持っておる。」と言って山の神に差し出した。それは、甘酒とゴクウでした。ゴクウとは、今で言うおだんごですね。「あんたのような人がいたら上げようと思って持ってきた」と山の神に上げたわけです。
すると山の神は、「先にも猟師が行ったけれど、その猟師は、何も分けてくれなかった。あなたのような猟師に出会って私はとても嬉しい。先に行ったウウリュウシには、獲物は与えないけれど、あなたのような猟師には獲物をたくさん与えるから、これから毎日猟に行きなさい。」といった。
それから、コリュウシは毎日狩りに行くと、毎日獲物が捕れるようになりました。毎日毎日獲物が捕れるので、自分のところで食べきれなくなり、その猟師の妻は、肉を販売に町へ出るようになりました。毎日毎日、猟師の妻は、ショウケとか桶に肉を詰めて、頭の上に乗せ販売に出ておりました。
ところが、毎日頭にショウケや桶を乗せていたので、頭の毛が抜けてきました。ある時、川の橋を渡っている時、自分の頭の毛が無くなっているのを水鏡に写して見つけました。そこで、コリュウシの奥さんは「これは、醜い。見苦しい。恥ずかしい」と、とても悲しみました。そして、とうとうその橋の上から身投げをしてしまったのです。
やがて、コリュウシの妻は、川の水に流され、とうとう海に来てしまいました。海のオコゼは、頭の毛が抜けて身投げしたコリュウシの妻の化身といわれます。それで、海のオコゼは醜い姿をしているというお話です。そこで、コリュウシは、妻の化身のオコゼを持って山へ帰り、それを祀ったのが「オコゼまつり」の起こりとされているのですねえ。

秋本 そうですか。なかなか意味の深そうなお話ですねえ。それは、猟師の心得として、戒めとしての意味があるのかも知れませんですね。ウウリュウシのように欲ばりであってはならない。また、コリュウシの妻のように獲物が捕れるからとて、捕れるだけ捕って売りさばくと醜くなる。ほどほどでなければいけない。獲物は、山の神からの授かりものだから欲張ってはいけない。自然体でなければならないということでしようか。そこで、先程お話になった「のさらん福は願い申さん」という哲学につながるのかも知れませんねえ。
私は短絡的に、オコゼは醜い姿をしているので、山の神に捧げれば山の神様は女性の神様だから、私の方が美しいと喜ばれるからだろうとばかり思っていました。

尾前 いいえ。私たちが教わったのは、そういうことです。そこで、「オコゼまつり」は仕留めた獲物のフャアフリとオコゼを包んで祀るわけです。

 秋本 いやいや、これはどうもありがとうございました。大変楽しく聞かせて頂きました。もっともっとお聞きしたいのですが、時間が参りましたので、この後のパネルディスカッションでもまたお聞かせ頂きたいと存じます。どうもありがとうございました。(拍手)

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第8回 霧立越シンポジウム
幻の滝を考える
2002年7月20日〜21日
 


第7回 霧立越シンポジウム
キリタチヤマザクラを語る
2000年4月30日
 


第6回 霧立越シンポジウム
日本上流文化圏会議
1997年11月2日
 


第5回 霧立越シンポジウム
森とくらしのあり方を探る
1997年5月17日
 


第4回 霧立越シンポジウム
霧立山地と自然
1996年11月8日
 


第3回 霧立越シンポジウム
霧立山地の植物
1996年5月11日
 


第2回 霧立越シンポジウム
タイシャ流棒術350年と霧立越
1995年10月2 1日
 


第1回 霧立越シンポジウム
「霧立越を語る」
1995年5月14日
 


森シンポジウム
―地域の光の創造と発信―
1992年10月25日

五ヶ瀬ハイランドスキー場
パネリスト
竹内宏氏(長銀総合研究所理事長)
後藤春彦氏(三重大学助教授)
藤井経三郎氏(リブ・アソシェーツ代表)
車 香澄氏(福岡大学教授)
長沼武之氏(宮崎県観光振興課長)
秋本 治 (やまめの里代表)
コーディネーター
鈴木輝隆氏(落ち穂拾いの会)



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2009.03.10〜