第2回・霧立越シンポジウム・タイシャ流棒術350年と霧立越
と き 1995年10月21日~22日
① プログラムと開会行事
第1部 記念講演
演 題 「タイ捨流と丸目蔵人佐」
講 師 渋谷敦氏 (熊本県文化財保護指導委員・錦町教育委員長)
●タイ捨流演武
山北竹任氏 タイ捨流宗家第十三代(師範)
木野幸雄氏 タイ捨流(師範代)
●鞍岡タイシャ流演武
鞍岡タイシャ流棒術保存会
●古武術手裏剣演武
野中久義氏 宮崎県企業局管理部長
と き 1995年10月21日
ところ 鞍岡祇園神社
第2部 森の恵みの晩餐会 「炉端談義」
と き 1995年10月21日
ところ えのはの家
第3部 パネルディスカッション ―タイシャ流棒術と霧立越―
と き 1995年10月22日
ところ 椎葉村開発センター
開会行事
主催者あいさつ
本日は第2回霧立越シンポジウム「タイシャ流棒術 350年と霧立越」に多数ご参 加いただきましてまことにありがとうございます。
五ケ瀬町の鞍岡地方に古来より伝承されております「タイシャ流棒術」は、熊本県人吉、つまり肥後国相良の剣豪「丸目蔵人」のタイ捨流から派生したものと考えられております。
タイシャ流の秘伝の巻物は、椎葉の尾前に1巻、五ケ瀬町鞍岡に3巻保存されていることが確認されておりますが、そのいずれもが神社のご神体であったり、各家々の神棚に祭られていたりして門外不出、誰も見てはならないものとして保存され、神秘のベールに包まれています。
私は、過去2回ほどその一部を拝観しました。五ケ瀬町の町史にも一部記載がございますが詳しく解読されておりません。秘伝の巻物の内容については、なかなか理解できないわけですが、巻末に師範免許を伝授した年号と名前が記載されています。
それによりますと、「九州日向国肥雲働山、一能院友定」「柏村十助殿」と記されており、伝尾判は「正保2年 山村四兵衛」から始まっております。以来、元禄、宝永、享保、寛政、文化、嘉永、安政まで次々と伝授の記録があります。
「柏村十助殿」と記された年代は正保2年よりさかのぼるかもしれませんが、「正保2年 山村四兵衛」が最初の伝授者としますと、正保2年を当地における「タイシャ流棒術」のはじまりと考えられるわけであります。正保2年は、西暦 1645年ですので、今から350年前ということになります。こうしたことから、今年はタイシャ流棒術伝授から350年という節目にあたり記念すべき年と位置づけたのであります。
また、最初の伝授者「山村四兵衛」と2番目の「山村善兵衛」は、五ケ瀬町鞍岡の人といわれますが、3番目の伝授者「八田長右衛門」は、蘇陽町馬見原の人といわれ、4番目、尾前権八からは椎葉村尾前の人といわれています。鞍岡に保存されている巻物は最期に鞍岡の人に伝授されて終わっています。これから考えられることは、人吉の丸目蔵人のタイ捨流が九州脊梁の道を経て椎葉村尾前、五ケ瀬町鞍岡、蘇陽町馬見原に伝えられたことになり、これはまさに霧立越ルートにあたります。タイ捨流の武芸者が秘伝書の巻物を懐に、辺りの気配を伺いながら霧立越を行き来していたと思いを馳せますと感慨深いものがあります。
第2回霧立越シンポジウム「タイシャ流棒術 350年と霧立越」は、これまでほとんど知 られていないタイ捨流棒術の神秘のベールにせまっていこうということでございます。幸いにタイ捨流を今日まで伝授されておいでの球磨郡錦町在住、山北竹任先生がいらっしゃいます。山北先生は、丸目蔵人のタイ捨流宗家第13代師範として現役でいらっしゃいまして、藤原定宗の雅号をお持ちでございます。今回は山北先生のご指導をいただくことになりました。
また、同じ錦町在住の渋谷敦先生にもご指導願うことにいたしました。渋谷先生は、熊本県文化財保護指導委員や錦町の教育委員長としてご活躍でありますが、丸目蔵人についての研究家としても有名でございます。熊本日日新聞社から『剣豪丸目蔵人佐』のご著書も出版されました。
今回は、このおふた方の格別なるご支援をいただきまして、このシンポジウムを開催することができました。先ずは、渋谷先生のご講演をお聞きしタイ捨流の開祖であります丸目蔵人の生涯について学びたいと思います。大変興味深いお話をお伺いできることと存じます。その後、山北先生のほんもののタイ捨流の演武を拝見させていただきます。
尚、こちらに展示してあります秘伝書は、山北先生に特別にお持ち頂いた丸目蔵人のタイ捨流免許関係の巻物と鞍岡に伝承されております巻物でございます。はじめての公開でありまして、後程ゆっくりご覧いただきたいと存じます。これまで秘伝書を見たら目が潰れるとか、罰が当たるといわれておりまして非常に緊張をいたしております。