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ブナハバチの脅威

野鳥の棲む森を取り戻そう

自然生態系保全考察リポート-その2


■平成24年6月10日(日)
ブナの葉が無くなった。
白岩山石灰岩峰の基底部、耳川源流の旧コヤンバ谷へ通じる古道を歩いた。ルートは、ゴボウ畠、日肥峠、白岩山、コヤンバ古道分岐、コヤンバ古道、日崎峠三角点の往復コースである。
当日は、よい天気に恵まれていたがブナの新緑のトンネルの中を歩いていると日肥峠を過ぎたころから時折ポツリ、ポツリと大粒の雨音が聞こえるようになった。空に雨雲はないので不思議だなあと思い、地表の枯れた落ち葉の上を目を凝らして追ってみるけれども濡れて光る部分が見当たらない。
オージー、オージーと聞こえるエゾハルゼミの大合唱の中でじっと耳を澄ましてみると、ポツリという音の他にもかすかに何かがうごめくような、ガサゴソパシパシというような小さな音、というよりも気配みたいなものがどこからともなく伝わってくる。なんだか薄気味悪くなった。
この気配を同行の人たちに尋ねるけれども、エゾハルゼミの声しか聞こえないという。不思議だなあと思いながら歩いていてふと頭上のブナを見上げた。するとその枝先の若葉は、葉の一部がちぎれたようになって薄く透けて見えるのだ。よく見ると葉脈の部分だけが残り、葉は網目状になっている。突然現れたブナの木の異様な現象にびっくりして他の木々を見てみるとその現象はブナの木だけにあることがわかった。これは大変なことになる。
その後も、ブナの木に近づくたびに枝先を観察しながら歩いた。すると稜線から西側、図1のA地点からD地点までが同様な現象が広がっていたがD地点からコヤンバの古道に入り、標高が下がるとしだいにブナの木の葉の被害は見えなくなった。日崎峠三角点まで下りてから帰る途中再度ブナをじっくり観察してみた。すると、なんと足元のブナの根元周辺に1.5センチくらいのさなぎのような幼虫が落ち葉の上でうごめいている。それらの幼虫はブナの幹を上へ上へと這い上っていることがわかった。
最初に、大粒の雨音と思ったのはこの幼虫が葉を食べつくして地面に落下した時の音であったことがわかった。道理で落ち葉が濡れていなかったはずである。頭上の木の枝ではまるで蚕が桑の葉を食べるようにして小さな幼虫がブナの葉を食べ、地面では枯れ落ち葉の上を幼虫が動いている、そうした音がガサゴソパシパシというような気配みたいなものに聞こえたのだと思った。その幼虫の数は無数で気味が悪くなった。
こうした現象は、”弦1500m付近から上部、⇔農より西向きに面した日当たりのよいところ、N咯欧離好坤織韻枯死しているところ、これらの3点が共通していることがわかった。

■平成24年6月11日(月)
関係機関への報告
次のような文章とその幼虫および食痕の写真を添付して管轄する宮崎北部森林管理署宛にメールで現状を報告した。
「昨日10日、霧立越の白岩山付近から南の稜線伝いのブナの木が昆虫により葉が葉脈部分だけになるような昆虫の食痕を確認しました。かなり広範囲に及んでいます。
この幼虫は、ブナの幹の周りに発生し、幹を伝って上っています。葉の食痕は葉脈だけが残るような食べ方です。このままではブナは枯死するのではないかと思います。殺虫剤をブナの幹の周りに撒くなど何らかの対策が必要ではないかと思ったところです。
スズタケが枯死してからコマドリやウグイス、ソウシチョウなどの小鳥がほとんどいなくなりましたのでこうした昆虫のさなぎを捕食しないため異常繁殖をはじめたのか、又はこれまでに棲息しなかった昆虫が発生したのか、何らかの生態系のバランスが崩れたためではないかと思います。
先ず昆虫の名前と生態を詳しく調査しなければならないと思います。早急に昆虫の専門家を現地に派遣して頂ければと思います。」
続いて、宮崎県環境森林課、宮崎日日新聞社、NHK宮崎放送局、MRT宮崎放送など報道関係機関とキリタチネットのメーリングリスト会員向けに同様の旨を送信した。

■平成24年6月15日(金)
ブナ食害の調査
雨の中をブナ食害の調査が行われた。参加者は、九州森林管理局、宮崎北部森林管理署、宮崎県森林環境課、西臼杵支庁林務課、宮崎県林業技術センターなど関係機関総勢十数名に及んだ。この日は、幼虫がブナの葉をほとんど食べつくして地面に落下したそのピークらしく、これまで最も多くの幼虫を地上で確認した。その幼虫は、ブナの木以外にも、枯れたスズタケにも、気味悪いくらいに這い上がっていた。
調査結果はブナハバチと同定された。地中で越冬し、4月から5月に羽化、ブナの葉の裏側に産卵、孵化した幼虫はブナの葉を食べて成長、6月に落下して、木の幹に上って脱皮。その後、土にもぐって繭を創って越冬、春になって蛹となり4月から5月にかけて羽化する。
こうしたブナハバチの生態についてはネットに詳しく出ているが現在対策の決め手がないといわれる。

■平成24年6月22日(金)
ブナハバチ被害の経過調査。












日肥峠から水呑までその後の経過を観察した。被害木の食害を受けた葉はすべて落下して枝先には葉はなくなっている。白岩山石灰岩峰の下部でも写真のようにブナの葉が食害を受けている様子を上から見ることができる。
双眼鏡で向霧立山地の山並みを観察すると国見岳や三方山の山頂付近も緑がなくなった樹木がかなりの密度で見ることができた。
幹には幼虫の脱皮した抜け殻と思われるものが落下している。大部分の幼虫は地中に潜ったものと思われ姿が見えない。この後二次の若葉がどれくらい出てくるか続けて観察したい。

■平成24年7月5日(木)
MRT宮崎放送から取材に訪れたので霧立山地の被害の状況を案内した。この日は、もうブナハバチは姿を確認できないのでブナの葉の食害の状況などを撮影し、ブナハバチの幼虫の写真は6月10日に撮影したデジカメの写真を提供した。宮崎県内にニュース番組で放映された。




異常繁殖の考察

ブナハバチの異常繁殖した地域
被害箇所は、標高1500m付近から上部で、稜線より西向きに面した日当たりのよい尾根筋である。これらのエリアは、鹿の食害によってスズタケがほぼ全滅した地域で、草本類も鹿の食害で消滅し、林床は風通しがよくなって乾燥しやすくなっている。
それでは、このようなスズタケが枯死したエリアでは、スズタケが正常に繁茂していた時(鹿の食害が発生する前)と鹿の食害が進んだ現在では、生態系にどのような変化が起こっているのであろうか。このことを思い巡らすと以下の白岩山の山開きを思い起こすのである。
五ヶ瀬町では、鞍岡村と三ヶ所村が合併した昭和31年から白岩山の山開きが行われるようになった。この山開き神事では、歴代の鞍岡祇園神社宮司さんにより、祝詞が奏上されるが、この祝詞の中には、「――ブナの新緑にコマドリの鳴き声が響き渡り―――」というくだりがあった。山開きでこの祝詞を聞いているとブナの森の新緑のすがすがしさをより一層魅力的にイメージしたものである。
こうして半世紀。近年、鹿の食害が広がってスズタケが枯死していくにつれコマドリの鳴き声も次第に少なくなり、特にここ数年はスズタケのなくなった尾根筋でコマドリの鳴き声を聞くことは無くなった。コマドリと共にウグイスやソウシチョウの鳴き声も聞こえなくなったのである。
このことは、スズタケが枯死して森の中に笹藪が無くなったため、笹薮の中で営巣する野鳥のコマドリ、ウグイス、ソウシチョウなどが棲息できなくなったものと思われる。
このためか、今では山開きの祝詞の奏上にコマドリのくだりがいつの間にかなくなった。人々の意識の中にもブナの新緑とコマドリのさえずりという関連性が薄れてきたことによるものと思われる。

提言
「コマドリの来る森づくりへ」
渡り鳥のコマドリは、脊梁山地では4月下旬頃から姿を見せるようになる。この霧立山地にも無数のコマドリが渡ってきてスズタケの藪の中で営巣し、子育てをしてから飛びたっていたのである。
餌の多い地域に飛来して子育てをするという棲息パターンは、長い年月のもとに生態系のバランスとなって自然界の安定を支えてきたものと思われる。あの大量に発生するブナハバチの季節とコマドリが大挙飛来して子育てする時期が同じ季節ということは、まさにコマドリの餌とブナハバチは深い関連性があったのではないかと思われる。
ところが、鹿の食害で笹薮が消えてしまった。そこへ渡ってきたコマドリは笹藪が無いので営巣できなくなった。このため、餌はあっても巣作りができないのでコマドリは来なくなったものと思われる。すると、天敵がいなくなったブナハバチは一挙に大発生することになる。
今年5月、電柱の引っ張り線に黄色の保護パイプが取り付けられているその中にシジュウガラが営巣しているのを見つけた。
二羽のシジュウガラがせっせと餌を捕ってきて5羽の雛を育てているのでしばらく観察した。運んでくる餌の大部分はエダシャクの幼虫で、ほぼ1分間に一回は運び込んでいる。一時間に60匹、1日12時間では720匹、二週間では10,080匹、200羽で100箇所営巣するとその周辺では二週間で1,000,000匹もの幼虫が捕食されていることになる。小さい虫は一度に何匹もくわえているのでブナハバチの幼虫だと2〜3匹くらいは運ぶのではないか。すると二週間で2,000,000匹から3,000,000匹の幼虫を捕食することになる。こうした数の幼虫が生き残るとするとまさに異常発生となるのではないかと思われる。
ネットから引用した文献等によると、ブナハバチの終齢は雌で6齢、雄で5齢。翌春羽化するとは限らず、2年後または3年後に羽化する個体も多いという。このことから考えると、ブナハバチの被害は一過性のものではないことがわかる。今後も続くということを考えるとこの間にブナの木は消滅するのではないかと危惧される。
ブナの木が消滅すると森林の保水力や他の多くの生態系のバランスが崩れてしまい、回りまわって下流域の人間の生活圏に大きな影響を与え、人間の生活も困難になる、その予兆と見るべきではないかと思う。

終わりに
今、取り組まなければならないことは「自然生態系保全考察リポート その1」で述べたような鹿の侵入を許さないフェンスで囲まれた森を作ることだと思います。消えそうになっても尚、遺伝子の灯をともし続けているスズタケなどの植物たちは、日肥峠の狭いネットの中のように、鹿が入らなれば一気に復活してきます。駆除だけでは間に合わないがフェンスで囲む森は遺伝子がかろうじて残っている今ならまだ間に合うのではないでしょうか。こうした自然の力に手を尽くすことにより、やがてコマドリなど野鳥の戻ってくる森が生まれるものと思われます。特定の希少種の保護も重要ですが、一定の面積を生態系の種子の保存エリアとして野鳥の森作りとして取り組むことが喫緊の課題であるような気がします。
一方では、ブナハバチの発生を抑える方法ですが、ネットの文献等によると誘引トラップによる成虫の捕獲や粘着トラップによる幼虫の捕獲等述べられていますが、これらは発生率推移のデータを取るには有効だと思いますが、生息数のコントロールまではできないように思います。 幼虫はブナの幹に集中していますので春、成虫となって土中から出て飛翔始める時期にブナの幹周辺の表土上に防虫ネットを張るなどの試験を行うことが重要ではないかと思います。

平成24年9月
霧立越の歴史と自然を考える会
秋本治