霧立越

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鹿の異変

自然生態系保全考察リポート -1

向坂山の鹿食害対策を考える

はじめに
ハイランドの鹿 平成23年8月19日、向坂山の北斜面に設置された鹿防護ネットの中で生息している鹿を追い出す作戦に参加した。五ケ瀬ハイランドスキー場側から鹿防護ネットの中に入り、南に向かって二十数名で上下縦一列に並んで笛を吹き鳴らしながら藪の中の鹿を追うのである。山の急斜面をスズタケにつかまりながら、泥んこになってネットの開口部に向かって進むと、やがて二頭の雌鹿が出てきた。
驚いた鹿は、最初下の方へ駆け降りて横位置に張ったネットに飛びかかり絡まった。ところが数秒後には、絡まったネットから抜け出して今度は目の前の斜面を上の方へ二頭とも勢いよく駆け上がって行き、瞬く間に姿をくらました。
峠の鹿 「上へあがったぞー」と皆で口々に叫んが、その後、人の列をすり抜けて後方に逃げ出した。その次のネットでは4頭が出てきた。その次は親子2頭が出てきた。けれども、いずれも同じように逃がしてしまった。実に、涙ぐましい努力ではあるが、すべてが空振りに終わったのである。
おっかなびっくり、藪の中の険しい斜面を、この先通れる空間を目で探しながら、やっとの思いで移動している私たちを尻目に、あざ笑うかのように鹿は目の前を平然と駆け上がって行く、このシーンを見て、とても滑稽に思えてきたのである。野生動物の生活圏で鹿と追いかけっこをして人間に分があるわけがない、と。けれども、有効な対策のないまま打ち過ごしているわけにはいかない。改めて向坂山の植生保全の意義と、効果的な鹿対策について以下に考えることにした。


向坂山の自然生態
オオヤマレンゲ 九州脊梁山地の東側に位置する向坂山(1684m)は、南の扇山(1661m)から北の小川岳(1542m)に連なる霧立山地の主峰である。向坂山から西側の尾根は、三方山(1578m)、国見岳(1739m)、烏帽子岳(1692m)、白鳥山(1639)へと連なって九州の脊梁をなしている。 向坂山山頂一帯の植物相は、森林限界帯がなく、頂上までブナ、ミズナラ、シナノキ、シデ、ミズメ、コハウチワカエデ、コシアブラ、ヤマザクラなどの落葉広葉樹とイチイ、ハリモミ、ツガなどの針葉樹が高木層となり、中低木層にはウリハダカエデ、テツカエデ、マンサク、オオヤマレンゲ、フウリンウメモドキ、ツクシドウダン、オオカメノキ、ヤマグルマ、ミヤマガマズミ、ツノハシバミ、ノリウツギ、シロモジなどが広がり、岩場にはヨウラクツツジ、ヤクシマホツツジ、ツクシコメツツジ、ハスノハイチゴなどが点在、林床にはスズタケやコグマザサが群落をつくる。 ウバタケニンジンクロフネサイシン 草本類ではキレンゲショウマ、オオマルバノテンニンソウ (ツクシミカエリソウ)、アキチョウジ、ツクシノダケ、ユキザサ、ナルコユリ、モミジガサ、モミジハグマ、クリンユキフデなどが地表面を覆っていた。沢を詰めればワサビが群落をつくって春には一面に白い花を咲かせていた。 最下層には、クロフネサンシン、マルバノイチヤクソウ、マルバノフユイチゴ、ウバタケニンジンなどの希少種が見られ、地表面はジュウモンジシダやスギゴケなど多くのシダ類や苔類に覆われている。チャートの岩盤には地衣類のイワタケなどが着生している。
このように豊かな植生の向坂山は、太平洋側では五ヶ瀬川と耳川、日本海側では緑川の分水嶺となって、豊かな水資源を育み、古くから水源涵養保安林として自然生態系が保全されていた。昭和57年には九州中央山地国定公園に、平成6年には森林生物遺伝子資源保存林に指定されている。


進む鹿の食害
鹿の食害で荒廃した山肌 こうした中で向坂山一帯は、平成12年頃より樹木の皮や草本類に鹿の食害を見るようになり、平成16年頃からは、林床を埋め尽くしていたキレンゲショウマ、オオマルバノテンニンソウ、アキチョウジ、ツクシノダケ、ユキザサ、ナルコユリ、モミジガサなどが次々と食害で姿を消していった。沢を埋め尽くすほどの群落を形成していたワサビも今は絶滅している。
食害は、草本類にとどまらず太平洋型ブナ帯の特徴とされる林床のスズタケ、コグマザサに及ぶ。木本類ではヨウラクツツジ、ツクシコメツツジ、ハスノハイチゴ、ケヤマウコギなどは枯死して見かけなくなった。 次世代の森林を形成する多様な広葉樹も稚樹は次々と食害にあって枯死し、林床はまるで箒で掃いたように鹿の忌避植物以外の下層植物は消えてしまったのである。
オオマルバノテンニンソウ 九州脊梁山地は、日本最大規模の湿性タイプのブナ林(オオマルバノテンニンソウ-ブナ群落)とされているが、オオマルバノテンニンソウは既に消滅しており、「湿性タイプのブナ林」を評するには過去形で語らなければならなくなった。 地表面を覆って水分の蒸散を防いでいた草本類やスズタケ、稚樹等が枯死すると林床は急速に乾燥化が進むため、保水力のない尾根筋では樹木の樹勢が衰え、ブナやミズナラなどの枯死倒木が相次いでいる。 倒木により大きな空間ができると、長い年月をかけて林内の風や光、水分を調整し合っていた周りの樹木も急に弱って枯死倒木が連鎖的に広がる。倒木によって裸地状態となった地表面は、雨が降っても保水力がないので一斉に鉄砲水となって流下し、下流域では災害を誘発することになる。表土も流失するため河川の濁りが増加する。近年は、好天が続けば河川の流量が激減し、ひとたび降雨となれば鉄砲水となり、その後の濁りが長く続くようになった。
枯死したスズタケに残された巣 鹿の食害は、植物のみにとどまらない。この数年、霧立越を歩いても、スズタケが枯死したエリアではウグイスが鳴かなくなった。春、白岩山の山開きの神事では、祝詞の中で「コマドリの鳴き声が響きわたり」とブナ林の清々しさを表現した祝詞を奏上されているが、そのコマドリの鳴き声も聞こえなくなったのだ。 ウグイスやコマドリはササの葉が営巣の材料である。ササが枯死した地域では巣造りができないのだ。ウグイスがいなくなるとその巣に托卵するカッコウやジュウイチ、ホトトギスなどカッコウ科の野鳥類も飛来しなくなる。

破壊の連鎖は想像を越える
ある種の昆虫が食草としている植物が絶滅すれば、食草植物と共にその昆虫も絶滅する。その昆虫が絶滅すればそれを捕食している野鳥なども飛来しなくなる。その昆虫によって受粉している虫媒花の植物は結実しなくなる。このように破壊の連鎖は広がる。 キエダシャクの擬態
モリイバラの花を撮影していた時のことである。ファインダーからのぞくと右側に徒長しているような曲がった枝があった。しかしよく見るとそれは枝ではなくてキエダシャクの擬態であった。鳥の目をはぐらかすために、バラの茎の色になり、体にはバラの棘まで作ってモリイバラに成り済まして蕾を食べているのである。このモリイバラも鹿の食害で減少しているが、モリイバラがなくなれば、このキエダシャクもいなくなるはずである。すると、キエダシャクが関わって受粉していた植物の花は結実できないことになる。 霧立山地の植物と食草関係をさっと検索しただけでも以下のように多種多様な昆虫との関係がわかる。 アオダモ(ウラキンシジミ・チョウセンアカシジミ)、アワブキ(スミナガシ)、イケマ(アサギマダラ)、イボタノキ(ウラゴマダラシジミ)、ウマノスズクサ(ジャコウアゲハ・ホソオチョウ)、エノキ(テングチョウ・ゴマダラチョウ)、オニグルミ(オナガシジミ)、クロフネサイシン(ギフチョウ)、クリンユキフデ(ギンボシヒョウモン)、クロウメモドキ(ミヤマカラスシジミ・ベニモンカラスシジミ・スジボソヤマキチョウ)、ケマン(ウスバシロチョウ)、シモツケ(フタスジチョウ)、スズタケ(クロヒカゲ・コチャバネセセリ・サトキマダラヒカゲ・ヒカゲチョウ・ヒメキマダラヒカゲなど多種)、セイタカスズムシソウ(コノハチョウ)、タチツボスミレ(ミドリヒョウモン・オオウラギンスジヒョウモン)、ハタザオ(エゾスジグロシロチョウ・クモマツマキチョウ)、ハリギリ(キバネセセリ)、ヒロハヘビノボラズ(ミヤマシロチョウ)、ブナ(フジミドリシジミ)、マンサク(ウラクロシジミ)、ミズナラ(アイノミドリシジミ・ジョウザンミドリシジミ)などなど多くの昆虫が共生していることが分かる。
また、このような植物や昆虫がいなくなれば、腐葉土中のバクテリア類や菌類も消滅するだろう。まさに森林の多様な遺伝子が枯渇して自然の生態系は更に大きな破壊の連鎖へと向かっている。

被害は尾根筋で拡大した
鹿の食害の前兆は西米良村で鹿の大きな群れを確認したというニュースが放送されるようになった頃から始まった。その後、向霧立山地の白鳥山、御池付近の尾根筋などで被害が進んだようである。椎葉御池付近の尾根 向坂山山頂の北斜面平成18年9月に御池へ登山した時には、写真のように既にスズタケや次世代の稚樹も枯死し、林床は箒で掃いたようになって異様な光景が広がっていた。その後、国見山から三方山へと北に移動、その数年後には、向坂山でも同じような光景が広がってきた。このような植生の破壊は、皮肉にも森林生物遺伝資源保存林に指定されたエリアが顕著である。人が立ち入らない保存林から食害が進み、保存林から離れて尾根を下り、人通りの多い登山道や集落近く、人間の生活圏に近付くにつれてスズタケや草本類の被害は少なくなる。
向坂山山頂付近では、特に三方山へ続く西側の尾根筋と山頂の北斜面、熊本県側の緑川源流域の被害が顕著である。林床のスズタケは枯死、草本類も消え、次世代へ繋ぐ稚樹も枯死して鹿の口が届く高さまでは樹木の皮までも無くなっている。裸地状態となった地表面は、動物の足跡ばかりで鹿の糞が多量にみられ、獣の臭いが立ち込めている。まさに死の森と化しているのだ。是非現地を踏査してこのような現場を確認頂きたいものである。

困難な鹿の食害対策
このようなことを踏まえて、九州森林管理局と宮崎北部森林管理署では、平成19年頃から向坂山山頂の北斜面に数キロメートルにわたって鹿防護ネットを敷設され、生態系の保全に鋭意取り組まれている。ところが、向坂山ではネットのメンテナンスが非常に困難を極めているのだ。 雪の重力で破壊されたネット動物に破壊されたネット 山頂近くでは、冬季の積雪は2mを越えるところがあり、鹿防護ネットは雪面の下に埋まるので鹿は自由に出入りするようになる。また、雪の重力により、ネットは支柱とともに折れ曲がって破壊される。
鹿のネットに対する学習能力も高く、歯でネットを噛み破って進入する。ネットの裾下の隙間に鼻を入れてクサビのように頭から押し込み、裾を止めたアンカーを押し広げて進入する。また、斜面に縦に張ったネットで は、高さが2mあったとしても、斜面の斜め上から助走してきて簡単に飛び越えて出入りする。
地形によっては、盛り上がった土手がネットの高さにせまり、容易に出入りできるような場所も出てくる。また、風雨により倒木がネットを破壊するので季節に関わらず常時補修を続けなければならない。またネット内に進入している鹿を駆除しなければ鹿牧場化してしまうが、その駆除は『はじめに』の項に記したように困難を極める。
こうしたことを考えると向坂山のように広範囲に張り巡らした鹿防護ネットは、完全なる維持管理は不可能ではないかとさえ思われるのである。

鹿防護ネットの成功事例
 鹿防護ネットの成功事例としては、狭い面積ではあるが、カラタニのキレンゲショウマ群落地と白岩山石灰岩峰植物群落地がある。この二か所も、当初はネットの維持管理に困難を極めた。
キレンゲショウマ群落地では、鹿の進入原因を調べると.優奪箸僕鄒个ありネットの裾が開いていた。▲優奪箸落石を抱えているため高さが低くなっていた。E殘擇ネットを押しつぶしていた。せ間の経過とともにネットに弛みが生じて低くなっていた。ゥ優奪箸房が絡まって斃死し、ネットを破っていたなどがある。こうした部分から進入するので保護の効果も一進一退であった。
更に、秋になると鹿はキレンゲショウマの果実が好物で、高いネットを飛び越えて進入し、ネットの中の果実を悉く食べ尽くすまでネットの中で生活するなど、キレンゲショウマの種子が全滅することもたびたびあった。
復活したキレンゲショウマ群落 このようなことから、森林管理署では平成22年に金属性の簡易フェンスで外周を囲むようにして柵を設置された。このフェンスは、〔屬量楾腓い約15センチあるので雪の影響を受けない。金属製のため支柱間の弛みがない。L嵬椶大きいので、多様な種子の運び屋であるテンやアナグマ、タヌキ、ウサギなどの小動物は自由に出入りすることができる。など、ネットから金属製の簡易フェンスに変更することによって保護の成果が飛躍的に高まった。この事例では、道路沿いであることと、小面積のため設置工事や管理が楽に行われたことが大きい。
一方、白岩山石灰岩峰植物群落地でも、キレンゲショウマ群落地と同様にネットが破壊された。ここでは、ネットに角をからませて斃死する鹿が多く、ネットの補修にはボランティアを動員したりしながら取り組んだ。そのうちに、15センチ目合いのネットには、カモシカが角をからませて斃死する事件が発生した。このため、防風ネットや目合いの小さな金属網を外側に張ってカモシカを護ることとし、岩峰下部には、キレンゲショウマ群落の柵と同じ金属製の簡易フェンスが設置された。これにより、小動物の出入りは可能になり、鹿の進入は防止でき、カモシカや鹿がネットに絡まって斃死する事故も無くなった。ただ、金属製の簡易フェンスが一部のみでネットの部分が広いため、鹿の出入りする箇所もあり、現在では毎月の巡回補修が欠かせない。
鹿防護ネットの左が外側、右が保護地金属製簡易フェンス 写真左は、白岩山の鹿防護ネット設置状況。15センチ目合いのネットの外側に、小さな目合いの防風ネットを張ってカモシカがネットに絡まるのを防いでいる。ネットの内側(右側)はシギンカラマツソウ、オオバショウマ、シライワアザミ、ソバナ、ナルコユリ、レイジンソウなどが勢いを盛り返している。ネットの外側(左側)の保護していない地域では、鹿の忌避植物以外はすべて消滅している。
写真右は、石灰岩峰下の風化した石灰岩が崩落を続けて裸地状態となっている部分に横に張った金属製のフェンス。この下から飛び越えてフェンスの上側に入る鹿はいない。
このようにして、白岩山の鹿防護柵も、一部金属フェンスを導入したことにより、今のところ大きな効果を上げている。しかしながら金属フェンスは、現地まで材料を運搬するのに大変な労力を要することが難点である

向坂山の自然生態系保全についての考察
これまで述べたことを踏まえて、向坂山の自然生態系保全については、特に広範囲であることから、以下のような対策が必要ではないかと思われる。
.鹿防護柵の構造について
\磴紡个靴洞いこと。
▲筌泪諭▲▲淵哀沺▲謄鵝▲離Ε汽などの小動物が出入りできること。
鹿,猪の進入防止に耐える柵であること。
ぅモシカがかからない構造であること。
以上の条件を満たすことが必要で、目合い15cm程度の金属の簡易なフェンスが妥当と思われる。

.向坂山の植生の特徴と保存エリアについて
図1 地形によって植物の種類や生息環境は異なることから、左の図1のように山頂を囲む全方位を保存したほうがより効果的と思われる。また、遺伝子バンクの目的からも、全方位を保護することによって、多様な種子を鹿食害により破壊された霧立山地に風や動物によって拡散させ、生態系の再生を図ることができる。

.向坂山の地形による植生の特徴
‥貘:イチイ、ハリモミ、ツガなどの針葉樹やブナ、ミズナラなどの高木が多い。尾根にはコグマザサの群落がある。
∪沼:シロモジ、ツノハシバミ、フウリンウメモドキ、テツカエデなどの低木層が広がっている。
F鄲:ミズナラの群落。キリタチヤマザクラの基準木がある。ハスノハイチゴ、ワチガイソウ、チゴユリ、クリンユキフデ、ツルリンドウなどの草本類が多い。
に迷:マンサク、オオヤマレンゲ、ツクシドウダン、コメツツジ、ヨウラクツツジ、ヤブウツギなどの低木が多く、ウバタケニンジン、クロフネサイシンなどの希少種がある。鹿食害が最も深刻なエリアである。

.鹿の進入を防ぐ最も確実な柵の設置方法について
防護柵を山の斜面の縦方向に設置すれば、鹿は斜め上から助走してきて飛び越えるので鹿の進入を完全に防ぐことはできない。
防護柵を山頂を囲む形でほぼ等高線状に横方向に設置すれば、地形的に下から見上げる柵はより高くなり、鹿は斜面下から上の柵に向って助走はつかないので鹿の進入を確実に防ぐことができる。
よって、図1のように、山頂を囲む形に設置することが鹿の進入を防ぐ最も確実な方法ではないかと思われる。

.設置費用の軽減と維持管理を確実に持続させるための方策について
向坂山の自然生態系保存エリアのプランと同様のラインで五ヶ瀬町に於けるスキー場関連事業として右図のような林間遊歩道の計画がある。この事業を、宮崎県・五ヶ瀬町において実施し、その歩道上部の法面の上に鹿防護柵を設置すれば、防護柵の運搬と施工を容易に行うことができ、且つ、鹿の進入は確実に防ぐことができる。また、この歩道により設置後のメンテナンスもより確実に容易に行うことができるのではないかと思われる。設置費用の軽減と生態系の保存、自然学習、地域振興それぞれに相乗効果があると思われる。以下遊歩道設置計画の経緯について述べる。
林間遊歩道計画
五ケ瀬ハイランドスキー場の基本計画である「五ヶ瀬町波帰地区森林レクリェーション基本計画 報告書」(昭和61年・宮崎県・五ヶ瀬町・株式会社興林コンサルタンツ)によると、その計画の基本は、
.向坂山の北斜面に日本最南端のスキー場
.九州では、珍しいブナ帯の遊歩道による高山植物等の自然探勝
.かしばる峠林間台地に森林レクリェーションベースキャンプの設置および周辺の自然環境整備。
以上の3点セットで構成されており、森林資源を活用した森林公園計画である。
図2 この中で、△陵景眛桟弉茲蓮▲好ー場から向坂山山頂を中心として鉢巻き状に、ほぼ等高線上の遊歩道を設置し、ひと周りできるコースを建設するものである。このため現在の登降リフトと第三リフトは、甲種(夏山リフト)としてグリーンシーズンにも利用できるように搬器下の高さが制限される高コストの機器が設置されている。林間遊歩道は、具体的には白岩山まで7kmの計画がなされ、その新設予算35,000千円が見込まれていた。
更に、平成4年には「五ヶ瀬町観光振興計画」が策定され、向坂山の鉢巻き遊歩道計画としてプランは継続して示されている。
五ケ瀬ハイランドスキー場は、こうした遊歩道の付帯工事のないままスタートしたが、平成21年には、五ヶ瀬町一般会計において向坂山鉢巻き遊歩道計画の調査費2,000千円余が計上されているが調査は行われないまま予算が繰越されている。
これは、森林生物遺伝子資源保存林との協議が困難なため進行しないということである。九州森林管理局のホームページからひくと、九州中央山地森林生物遺伝子資源保存林の詳細は下記のようになっている。
(引用はじめ・抜粋)

【管理に関する事項】
(2) 保存林内においては,原則として自然の推移に委ねることとするが,保存林内の一部人工林については間伐等を繰返しながら将来的には天然林へ移行させる育成天然林施業を行うことができることとし,その設定の趣旨を損なわないよう適切に取扱うこととする。
 但し,利用に関する事項に記した調査・研究のほか,次に掲げる行為については,必要に応じ行うことができることとする。この場合,森林管理局長は,必要に応じ関係する独立行政法人森林総合研究(支)所,独立行政法人林木育種センター等の意見を求めることとする。
ア 保存林の機能の維持確保を図る観点からの森林施業及び病虫獣害対策 イ 非常災害のため応急措置として行う次の行為
   〇害仍の消火等
  ◆[喘呂諒壊,地すべり等の災害の復旧措置
ウ 保存林の機能の維持に配慮した治山事業
エ 標識類の設置等
オ その他法令等の規定に基づき行うべき行為
 また,貴重な遺伝資源を保存する必要があることから,標識の設置やパトロール等を通じて入林者への協力要請に努める。
(3) 保存林の周辺森林の取り扱い
 保存林に対する外部の環境変化の影響を緩和するために,保存林周辺を主体に適切な機能類型区分及び施業を実施する。

【利用に関する事項】
 保存林における遺伝,育種に係る調査・研究のほか,森林生態学等広範な分野の学術的な調査・研究のため,保存林の機能を損なわない範囲内で保存林を開放することとする。
 なお,利用に当たっての手続き等は,次によることとする。
ア 研究者等が調査・試料の採取を行おうとする場合,あらかじめ森林 管理局長に許可を得ることとする。
イ 森林管理局長は,研究者等から利用の申請があった場合には,その内容を審査し,特段の問題がない場合にはこれを許可することとする。
 審査に当たって,必要に応じ関係する独立行政法人森林総合研究(支)所,独立行政法人林木育種センター等の意見を求めることとする。
ウ 次に該当する場合は,許可しないこととする。
 〃固な施設の設置等現状回復が困難な行為が予想されている場合。
◆,修梁勝つ敢此ΩΦ罎侶弉茲らみて,森林生物遺伝資源の保存に支障を及ぼす恐れが見込まれる場合。

【管理・利用に関して調査・研究すべき事項】
 森林管理局長は,保存林の適切な管理・利用を図るため,独立行政法人森林総合研究所,独立行政法人林木育種センター等と連携を図りつつ,保存林の状況把握に関する調査・研究及び情報の整備に努めることとする。
 具体的には,前述したような地域的及び個体数的に貴重で特色ある生物の生態メカニズム,及び,人為が加わっていない状態での豊富な樹種特性の遺伝変異の解明並びに利用の観点から,当該保存林をフィールドとして次の調査・研究に努めることとする。
 “某M夕阿硫鯡澄DNA分析等による類縁関係(遺伝的分化),天然更新方法,有性繁殖方法等の調査・研究)
◆々盂と潅楼茲砲ける広葉樹類の種子生産と稚樹の発生,並びに,樹木病原菌・森林昆虫・野生動物・野生きのこ類に係る試験調査
 樹木について,他地域との遺伝変異の比較・把握等(葉,樹幹等の形態変異,アイソザイム等生化学手法を用いた変異の確認等)
ぁ(歛故啼發凌∧及び林木における成分変異の把握(特用樹等の成分変異の調査)
(引用おわり)

森林生物遺伝子資源保存林は、「原則として自然の推移に委ねること」とある。この法令を策定した時は、鹿の食害によって遺伝子が壊滅的な状況になることは想定していないと思う。これによって鹿対策を講じないするのは、生物多様性基本法などの本来の目的からも外れるように思える。この法令の但し書きにある
「ア 保存林の機能の維持確保を図る観点からの森林施業及び病虫獣害対策」を援用してあらゆる鹿食害対策を積極的に講じて頂きたいものである。

(参考)
鹿の変異
 脊梁山地へ足を踏み入れると、いずれも尾根伝いにスズタケが枯死している異様な光景が目に付く。早い時期から枯死した尾根筋ではスズタケは腐敗して形も残っていない。
スズタケの鹿食害の始まり鹿の食痕 この現象に、はじめに気付いたのは、平成16年であった。白岩山の南西側にある「ガゴが岩屋」の調査を行っている時、スズタケの密生地では、地上1mくらいの高さから悉く折られているのを見た。当初は、猪がカモ(寝床)を造った跡かと思われた。猪は、スズタケを切り取って集めて積み上げ、その中に潜り込んで寝る習性がある。ところが、周辺に猪の寝床はなく、よく観察するとスズタケは折られたままで運んだ形跡がない。しかも、地面は鹿の糞だらけである。このことから、鹿が冬季に餌がなくて飢餓状態となり、異常行動を起こし、手当たり次第にスズタケをかみ砕いたように見えたのである。
その後、詳細に観察する内に、鹿がスズタケの葉に口が届かず切り倒して、葉を舌で巻き込むようにして引きちぎって食べたことが分かった。在来の鹿は、体格も大きく、葉を葉柄近くから歯で食いちぎって食べていたが、近年は、スズタケの茎を噛んで切り倒し、葉の根元から引きちぎって食べるようになったのである。
近年の異常繁殖を続けている鹿は体格が小型になった。摂餌ラインが低くなったのでスズタケの葉に口が届かなくなったのだ。そこで、茎から切り倒して葉を食べることを覚えたものと考えられる。秋から冬にかけて葉を切り取られたスズタケは枯れていく。
当地では、昔から「木六竹八」と呼ぶ。陰暦で8月以降、つまり新暦で9月以降に切り取った竹は性が良いという。虫がつかないのだ。春から夏にかけて地下茎の養分を使い切ったスズタケは、秋から冬にかけては、地下茎に栄養を貯蔵して春に備えなければならない。けれども、葉がなければ養分を造ることができないのだ。昔の鹿のように葉を少し残して食べると、残った葉で少しは仕事ができるが、茎から切り倒したり、葉を引きちぎって食べてしまうと枯死するほかはない。

鹿の食性が変化した原因を考える
 かつては、拡大造林政策で大規模な人工林化を進めた。自然林を伐採して植林すると最初は草本類が広がるので下草刈りを行う。次には、広葉樹が発芽して稚樹に覆われるようになる。その後、稚樹は除伐して植林木の成長を図るが再度稚樹は成長する。この間は鹿の餌が豊富にあった。そのうちに林令が15年以上にもなると林内は光が入らないようになることから稚樹も消えて鹿の餌はぱたっと消えて無くなる。そこで、鹿は餌を求めて移動を始めるようになる。
鹿に食べられた栗  移動した鹿は、見知らぬ植生の中に入る。そこで初めての物を口にするようになり、ワサビやキレンゲショウマなど従来の鹿が食べなかったものも食べるようになった。そして、ついにミズナラの実などのドングリやミズキの実、栗の実などを食べるようになった。このようにして、草食動物が高蛋白、高脂肪の餌を摂取するようになると体質に変化が起きてきた。動物は、栄養が豊かになると多産系になる。多産系になると体躯が小さくなるのは必然的な現象である。そして、血縁関係から群れをつくるようになった。このようにして鹿の異変は起こったのではないか。少なくとも異変の一つの因子ではないかと思われる。鹿にとっては、種を増やすためのひとつの進化なのかもしれない。

平成23年9月
霧立越の歴史と自然を考える会
秋本治