霧立越

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第8回・霧立越シンポジウム
「九州脊梁山地の地質と構造」

―幻の滝と構造線を考えるー  2002年7月20日〜21日

‖1日目 7月20日(土)

幻の滝・フルートコンサート&滝のエステとヒーリング体験
 伝説を秘めた幻の滝は標高1200m、深い森の中で周囲が崖に囲まれているため落下する水滴の微粒子が大気中にキラキラと渦を巻いています。こうした環境は、カラダにいいマイナスイオンが充満しているといわれます。マイナスイオンは心身の疲れを取り去り、ストレスを解消して美肌効果や免疫力を高めるヒーリング(癒し)効果があるといわれますが本当でしょうか。何はともあれ、幻の滝で瞑想し「滝のエステとヒーリング体験」をしてみましょう。
 フルート奏者、森田和美さんのフルート演奏を聞きながら滝つぼで瞑想に入ります。フルートが周りの崖に共鳴し、更に滝の音と共振して街のホールでは体験できない演奏会になることでしょう。
 瞑想中は寒くなりますのでビニール合羽や敷物等をご持参ください。滝つぼには、まろやかで美味しい岩清水が湧出しています。持ちかえり用のペットボトルもお忘れなく。尚、滝への通路は急坂路のため登山靴などしっかりした足回りが必要です。

08:30〜09:00 受付(フォレストピア)
09:00 ホテル発(マイクロバス)
09:50 木浦林道滝入り口着
09:50〜10:00 オリエンテーション
10:00 木浦林道滝入り口発(徒歩)
10:50 滝到着
11:00〜11:40 神事及びテープカット
11:45〜12:15 昼食
12:20〜滝のフルートコンサート
12:20〜14:20滝のエステとヒーリング体験
14:30 滝発(徒歩)
15:30 林道滝入り口(マイクロバス)
16:30 フォレストピア着

シンポジウムへの展開と考察

プロローグ
 2002年4月24日、静岡県の溝口久氏から天竜川流域で行われたイベント参加のリポートがmailで届いた。巨漢で優しい目が魅力の溝口氏は、かつて湯布院の観光協会事務局長公募に応募して静岡県庁から出向した経歴を持つ活動家である。現在は、静岡県・グリーンツーリズム研究所主任研究員としても活躍している。
 そのリポートに目を通していると、――ホウジ峠の中央構造線」は県指定の天然記念物であり、花崗岩主体の領家帯と結晶片岩類の三波川帯の接触面を見ることができる。ここで「地のエステ体験」をしようと言う。何のこっちゃと思いつつ資料に目をやる。中国から気功の専門家を招き中央構造線上を歩いてもらったところ長野県長谷村と大鹿村の境にある分杭(ぶんぐい)峠で「気の場」を見つけたと言う。「大地の気」は断層上の特異点にあり、このような場所はゼロ地場であることが多く、マイナスイオンが流れ込み疲れやストレスを取り除き免疫力を高めるとの説明がある。うーん???。―
 ここまで読んだ時、「?まさか」と思ったが次に、はっと閃くものがはしった。それは、昨年発見した「幻の滝」である。
 発見以来テレビ局の取材などでその滝に案内した。するとリポーターやクルーの表情が優しく変るのである。「気持ちがいい」「ストレス解消になる」などの言葉が聞えてくる。全身が笑っているように見える。先日も霧雨模様の日にご案内したツァーのお客様から「嬉しくて涙が出ました」という声を聞いた。
 ザーザーと岩場に響く滝の音を全身で受けとめながら見上げると水の塊がちぎれながら波状的に落下して岩場に当り、躍動しているように再びまとまって落下する。滝つぼから押し寄せる爽やかな風はとてもここちよい。が、それだけだろうか。「何となく不思議だ。この滝には何かあるのではないか」。そんな突拍子もないことを考えていた時に溝口氏のリポートである。
 さらに続きを読む。――この断層上には諏訪大社、山住神社、鳳来寺、伊勢神宮、高野山、四国に渡り石鎚山、最後九州阿蘇の元伊勢とも言われる幣立神宮に繋がっていく。山岳信仰、霊場が連なっているのである。これらの聖地と中央構造線の位置関係は単なる偶然でしょうか?と「中央構造線の謎を探る会」代表の後藤拓磨氏はその話を締めた。その断層上で目を閉じ腕を広げゆっくりと腹式呼吸をすると「大地の気」を感じる、これが「地のエステ」という訳である。――と。
 空想は更に膨らんだ。「もしかして、あの滝付近には断層があるのではないか」。その滝つぼの岩盤から湧き出る岩清水もとてもまろやかで美味しい。「こんなに美味しい水は初めて」という人がいた。中央構造線はたしか九州脊梁山地を通っているはずだ。どのへんを通っているのだろう。これまで地下のことはあまり考えたことがなかったのである。

中央構造線の謎?
 そこで、溝口氏に「中央構造線の謎を探る会」の後藤拓磨氏を是非紹介してください。とmailを打った。しばらくすると後藤拓磨氏本人からmailが入った。――小生、地質の専門家では、ありません。また、氣の専門家では、ありません。地質(中央構造線の成り立ち、鉱物資源も含む)と、「氣」などを切り口として、中央構造線を調査・研究しております。ずいぶん前から、金属資源を切り口に中央構造線のなぞに迫りたいと思っておりましたが、5、6年前から、そこに「氣」の話(中央構造線上に素晴らしい「気の場」がある・・・)が加わり、かつては、夢のようだった調査旅行が、いっきょに現実のものになりました。――とある。
 後藤拓磨氏はこれらの調査のために地元新聞社を辞めて取り組んでいるという。現在は、有限会社ヒューマネットの取締役社長であり、長野県飯伊地域メディア振興協会事務局長など地域づくりにも精力的に活動されているようだ。そして後藤拓磨氏のホームページには以下のように謎が提示されている。

◇「気の場」の謎。
 数年前から、この巨大断層上にある、「気の場」(一種のパワースポット)が話題になっています。長谷村(はせむら=長野県上伊那郡)と大鹿村(おおしかむら=同下伊那郡)の境にある分杭峠(ぶんぐいとうげ=標高1400m)がそうだというのです。そこからは、気功師が出すよりもはるかにレベルの高い、天然のよい気が、発生しているといわれます。癒しのエネルギーと呼ぶ人もいます。気の場とは、いったいなんでしょう?なぜ、断層上から「気」が発生するのでしょう?
◇南朝方ルートの謎。
 日本列島が北朝と南朝に分裂。ふたりの天皇を立て、抗争した南北朝時代(1336〜1392年)は、中学校の歴史の時間にも勉強します。建武(けんむ)の新政を行った、後醍醐(ごだいご)天皇は、中央構造線上にある奈良の吉野を拠点として、その沿線上に皇子(みこ)たちを配置し、北朝方に対抗しました。後醍醐天皇は、なぜ、中央構造線を選んだのでしょう?そこには、どんな勢力がいたのでしょう?

◇渡り鳥の、南下の謎。  猛禽類(もうきんるい)の、サシバという鳥をごぞんじでしょうか?サシバは、秋になると、東北地方から長野県の伊那谷上空に集結してきます。そして、中央構造線に沿って、四国、九州、沖縄と南下し、さらに東南アジアの諸島に渡り、そこで越冬するのです。渥美半島(愛知県)の伊良湖(いらこ)岬は、サシバが集結する半島として、有名です。いったいサシバは、中央構造線の何に反応して渡るのでしょうか?

◇聖地(霊場)の謎。
 中央構造線という巨大断層の真上に、あるいは近辺に、昔から聖地と呼ばれてきた山や神社、お寺が集中してあります。まず、諏訪大社(長野県)、その上社前宮の霊山・守屋山(もりやさん)。狼(おおかみ)信仰のメッカとなった山住神社(やまずみじんじゃ=静岡県磐田郡水窪町)、修験道の霊場・鳳来寺山(ほうらいじさん=愛知県南設楽郡鳳来町)。三河湾を渡れば、わが国最大の聖地とされる伊勢神宮。さらに奈良・吉野を越えて、紀州・高野山(こうやさん)と、根来(ねごろ)寺。四国に渡れば、霊場・石鎚山(いしづちさん)、そして九州は阿蘇の元伊勢ともいわれる幣立神宮(へいたてじんぐう)。これらの聖地と中央構造線の位置関係は、たんなる偶然でしょうか?――
とある。
 「うむ、そういえば、秋になるとホテルの裏山の通称『サキヤンタニ』の上空に弧を描いてサシバが集まり、揃って南下しているなあ」と頷く。ここは多分、中央構造線の延長線にあたる「臼杵-八代構造帯」の近くかも知れない。
 「聖地(霊場)の謎」では次のことを思い出した。当地の東方、北郷村に宇納間地蔵尊が鎮座している。ここの地蔵尊の例祭には県内外から多くの参詣者があり各地に代参の講が数多く受け継がれていて歴史のある有名な地蔵尊である。けれどもなぜ北郷の地蔵尊だけがこれほど有名なのか。力があるのか。そういうことを議論したことがある。その時考えたのは、宇納間地蔵尊近くの川原の中には、帯状になった岩盤が斜めに川底から異様に突き出している。あれは断層かも知れない。かつて断層地帯には何か不思議なエネルギーがあるのではないかと考えたことを思い出した。これは、早稲田大学の後藤春彦教授の地霊論から発想した。先生は地域づくりの話で「地霊」とか「地域の遺伝子」と言う言葉を使われた。地域には時として地域特有のエネルギーが存在するという話である。

山伏伝説地?
 更に、想いは連想ゲームのように広がる。幻の滝は「近くの村人たちや猟師さえ行ったことが無い」という。地形の険しさもあるが恐れて近づくことをきらったのではないか。これは滝伝説からの想像である。
 滝の下流の村人から聞いた伝説とは、「その昔、ある男がこの谷に迷い込んだ。すると滝の近くに間口が5間もある大きな家があった。その家に上がり込んだら床の間に高御膳でご馳走が準備してあった。男は恐ろしくなって逃げ帰ってきたげな」という。その時、その御膳を食べてこなかったので男には福が授からなかったと伝えられているそうである。
 また、「ある時、谷に迷い込んだら、一面にソバやキビが実っていた。そのキビを一房摘んで帰り、明くる日再び奥さんと連れだって行ったらソバもキビもなく一面にスズタケが広がっていた。そして、そのスズタケは首がみんな折れていたげな」という。また「遠くから見ると白い衣のような布がかかっており、近づくと消えてしまう」とか「谷に入り込むと鶏の鳴き声が聞えたげな」或いは「滝つぼには鴛(おしどり)がいて近くから矢を射かけても当たらない」などという話もある。
 人跡未踏の深山幽谷の地にこのような伝説があるとは、村人が近寄りがたい何かがあったのではないか。それは、修験者「山伏」が滝の「気」を感じて修行していたのかも知れない。だから地元の人々は近寄り難かったのかもしれない。

ガゴが岩屋と山伏
 更に、想いは飛躍する。「ガゴが岩屋」と「阿弥陀が岩屋」である。昭和40年代の中ごろだったと思うが白岩山の西側山中に「ガゴが岩屋」を訪ねたことがある。地元の猟師さんたちと日肥峠から耳川源流に降りてたどりついた。その岩屋は8畳位の広さがあり、床や天井も平らな岩石でできており出口の方が狭くなっている。大きな炭窯の中にいるような気がした。
 子供のころ悪さをすれば、「ガゴがくるぞ」と脅されていたものだ。そのガゴとは一体何者なのか誰も知らない。椎葉の方々にもガゴの話しを聞いたところ、高齢の皆さんは一様にガゴの話を知っている。「悪さをすればガゴが出てくるという」。その「ガゴが岩屋」付近には昔、鍋や茶碗類のかけらを見たという人がいるのだ。
 今年3月、「ガゴが岩屋」を探しに出かけたが見つけることができなかった。かつて「ガゴが岩屋」を訪ねてから三十年近い歳月が経ち、深山幽谷の地にも林道ができ原生林は伐採されているので付近の自然は大きく変わっている。記憶の場所が定かではない。今、「ガゴが岩屋」の場所を知る人はもうほとんどいなくなった。もう一度本格的に探険したいと計画している。
 ガゴの伝説を調べていたら京都の元興寺に似たような話があった。《元興寺は、蘇我馬子が飛鳥の地に創建した飛鳥寺がその前身で、718年に寺籍を移して現在地に新造された。その寺の梵鐘に鬼がいたという伝説がある。弘仁年間(810〜824)に成立した「日本霊異記」に「ココラニモ、チノミ子ガツヨウナクニ、ココエ、ガガウゼガクルト云テヲソラカセバナキヤムゾ」》とある。これは「ガゴ」ではなくて「ガガウゼ」であるが訛ったとも考えられる。京都の伝説がなぜ九州山地の奥深くに残るのか。
 空想は飛躍する。「ガゴ」は修験者の山伏ではないか。白岩山を挟んで東側の幻の滝と西側の「ガゴが岩屋」が活動の拠点と思えば節が合う。山伏が断層による「気」の場を見つけてその場所で精神世界を高めようとしたかも知れないのだ。

郷土芸能と山伏考
 山伏が活躍していたと思われるいくつかの手がかりがある。鞍岡に伝承されている古武術「タイシャ流」は、祇園神社の夏祭りのメインだ。六尺棒を持った「棒使い」がお神輿を警護して行列をつくる。お神輿が終わると神殿横の広場で「白刃」(しらは)と称して真剣と6尺3尺棒で闘陣の型を演武するのである。タイシャ流と呼ばれるこの古武術には、巻物と呼ぶ神格化された秘伝書がある。門外不出、他言無用とされる秘伝書には、巻頭に天狗が闘陣の型を見守っている絵が描かれおり、闘いの極意が記されている。
 巻末には傳尾判として伝授者の名前とその年号が列記されているが肥雲働山・一能院友貞から柏村十介に渡されたことが書かれており、山や院がついていることから、山伏系統の武術ではないかと思われるのである。その後の伝授者は正保二年山村四兵衛から始まり嘉永や安政年代まで白岩山を越えて椎葉と鞍岡の人物に渡ったことが伝授者名から読み取れる。タイシャ流は、人吉出身の丸目蔵人が開眼した武術であるが、鞍岡のタイシャ流は山伏の武術となって受け継がれたものと思われる。
 また、秋のくんち祭りに臼太鼓踊りが演じられ、その中に山伏装束の二人が山伏問答を行う場面がある。その問答は、

問  そうれに見えし山法師は、何山法師にて候(そうろう)
答  たあだ山法師にて候
問  まこと本山の山法師ならば、御身の体(たい)のいわれを御開かれ候
答  体(たい)は父の体内より血を丸め、母の体内に九月の宿を借り阿吽という二字をうけ、生まれ出でたるがまこと本山の山法師にて候
問  まこと本山の山法師ならば、御身のかぶったるトキンのいわれを御開かれ候
答  トキンは、峯七つ谷七つ須弥山(しゅみせん)の山を表ぜたるものにて候
問  まこと本山の山法師ならば、御身の肩にかけたる袈裟のいわれを御開かれ候
答  袈裟は、今日天照皇大神を表ぜたるものにて候
問  まこと本山の山法師ならば、御身の手についたる杖のいわれを御開かれ候
答  杖はつく日の形と申す
問  形とはいかに
答  形とは、良きところにも悪しきところにも杖はつく日のいわれをもって形とは申す
問  まこと本山の山法師ならば、御身の腰に下げたる貝のいわれを御開かれ候
答  貝は法螺貝にて候
問  音はいかに
答  音は、ぽーぽーと聞こえ次第のものにて候
問  まこと本山の山法師ならば、御身の足に履いたるわらんじのいわれを御開かれ候
答  わらんじは神の前でも仏の前でもこれは礼なしのものにて候
問  にせではない。とうざいとうざい。皆を御尋ね御開かれそうろう。仲直りに遊び踊りを一度つかまろうやと若い衆を進めいで、早く急いで急いで
答  さあきから心得ておる

 こうした問答が行われる郷土芸能の伝承文化を見ると山伏はこの山のどこかに拠点を持っていたに違いないと思うのである。
 巨樹の会を主宰する平岡忠夫氏は、第7回の霧立越シンポジウムで「修験道は明治維新になった時に消されているんです。歴史上からですね。それは、なぜかっていうと、新しい明治政府が一番恐れたのが、修験道だったんですね。消されて今残ってるのは名前だけなんですよ、土地の。」と説明している。
 平家落人の里として知られる椎葉であるが、椎葉の古老たちは労働歌などの歌が実に上手だ。そして祈りの唱えごとが実に素晴らしい。長文をそらんじている。「コンニチノ、キクガミ、ゲクニューノカミ、テンニイチガミ、ヤマノカミノオンマエデ、カブフタオシムケ、オシユルギャアテ、ジョウブツサセモウスゾヤ、ナムアミダブツ」。などと狩の作法でもすらすらと唱えごとがでてくるのである。これはもしかしたら山伏の影響を受けているのではないか。

不気味な地底
 筆者が断層に興味を持つようになったのは、昭和四十年代のことである。ヤマメの孵化場を本屋敷上流の松が平に建設しようと考え、孵化用水探査のため大学の地質学の先生や電気探査の業者を招いて地下水探査を行った。その結果、凝灰岩(阿蘇の火山でできた石―俗に言う「はい石」)の層を掘削して横穴を開けると古生層の石灰岩に突きあたり、そこに湧水があるという調査結果を得た。そこで業者に依頼して凝灰岩に直径1mほどの坑道掘削を始めた。
 50mほど入ったところで粘土状の被溶結凝灰岩(「はい石」が固まっていない部分)の層が現れ、その中に溶岩で炭化したと思われる木の年輪を付けた炭が見つかった。そして、その奥に石灰岩の古生層はあった。そこから、まさに大量の湧水が噴出しその水は被溶結凝灰岩の層に消えていた。
 掘削した坑道奥の闇の中で耳をすますとまるで地下に滝と湖があるかのようにドロンドロンという不気味な音が地底深くから聞えてきた。「地下はなんと不思議な構造をしているんだ」と、地下構造の凄さ不思議さに感動したものである。
 地質を調べると、五ケ瀬町鞍岡から椎葉一帯にかけては、仏像構造線と中央構造線につながる臼杵八代構造線に挟まれた秩父累帯である。その中の黒瀬川構造帯と三宝山帯について「日本の地質9 九州地方(共立出版社)」には次のように記してある。《この地域のおもな三宝山帯は宮崎県五ケ瀬町鞍岡の南方の国見峠を中心とした地域で、五ケ瀬町本屋敷から椎葉村仲塔まで幅約8km、長さ25km以上にわたる帯状の地域にある。北限は、本屋敷―戸根川上流を結ぶ構造線で、黒瀬川構造帯と接する。南限は仏像構造線に相当する構造線で南側の四万十累帯と接する(神戸 1957)》とある。この断層の白岩山衝上層近くと思われる場所に幻の滝はあった。その滝付近を地形図で見ると、とても険しい地形であることがわかる。谷や尾根がどの方向へ曲がっているのかよくわからないほど等高線が左右上下に振れていて密である。九州脊梁山地の地形図全体を読んでもこのように等高線が深い皺をつくり複雑に絡み合っている地域は他にはない。
 脊梁山地が造山活動を行う時、巨大な岩盤のぶつかり合いや摩擦が想像を絶するエネルギーを引き起し、その力がこの地点に集中し凝縮されてできた地形ではないかと思った。大地の巨大な岩盤のずれは、その摩擦で生じた電気が雷雲を呼び起こし、岩盤のぶつかり合う轟音と雷鳴が宇宙まで轟いたであろうことは想像にがたくない。その岩盤から生じた電磁波などのエネルギーが固い岩石の中にも閉じ込められているのではないかと思うと面白くなる。

シンポジウムへ
 これまで「気」とか「マイナスイオン」などと聞きなれない言葉が出た。インターネットで検索すると膨大な情報をヒットするが、どうも理解しがたいものが多い。中にはオカルト的なにおいのするものもある。だが、ホームページに――今回の分杭峠の「気場」を発見する過程で活動に携わった「東海大学の佐々木茂美教授(工学博士)」の学会論文や著書には,詳しい内容が記載されています。――とある。
 またマイナスイオンについては――マイナスイオンが滝壷や噴水の周辺のような水が流れるところや飛び散るところに多く発生することは、今世紀初頭に、物理学者のフィリップ・レナード博士によって発見され「レナード効果」と名付けられました。レナード博士はこの功績によって、ノーベル物理学賞を受賞しています。日本では、マイナスイオン研究の第一人者、東京大学山野井昇博士がイオンと医学の分野で活躍されており、先生の著書「イオン体内革命」(廣済堂)は現代の「マイナスイオンバイブル」といっても過言ではありません。――などとある。これは改めて学ばなければならないと思った。
 市場でもマイナスイオンヘアドライヤーだとかマイナスイオンエアコンだとかマイナスイオン〇〇などという商品が昨今増えている。今、宮崎市では「イオン」の出店で揺れている。大規模店舗の進出は既存の商業施設を揺さぶるが、これもあの「イオン」からつけられた社名なのだろうか。
 ここまで想像が膨らんでくるといつもの虫が騒ぎ出した。「中央構造線の謎を探る会」代表の後藤拓磨氏に「シンポジウムの講師に来て頂けませんか」とお願いのmailを打った。合ったこともない人にmailでのお願いは失礼千万であるが、地域づくりで活躍されている仲間であれば許されるであろうと。
 すると、5月14日待望のmailが届いた。mailには――せっかくのお誘いでもありますし・・・・(高千穂や、幣立神宮行きは、以前からの課題でありましたから)おうかがいさせていただきたいと思っております。――とある。そして、分杭峠の磁場発見の隠されたエピソードもちらっと情報を開示された。これは素晴らしいイベントになる。待望の「気」の場は見つからないにしても、学ぶことは大きい。なにより「中央構造線の謎を探る会」の九州支部でも設立できれば日本列島縦断のネットワーク・交流軸ができることになる、などと想像が膨らんだ。

分杭峠視察
 分杭峠や長谷村の生涯学習センターに是非行ってみたい。そういう思いがしだいに高まってきた。そうだ、5月29日に国土交通省地域振興アドバイザー事業で受入市町村との打ち合せ会が東京で開催される。今年は鳥栖市を担当することになったので行かねばならない。ならばこの機会に長野まで足を伸ばそう―と急きょ計画した。
 5月28日茅野駅からレンタカーで152号線を南下、杖突峠を越えて長谷村をめざした。沿線はまさに緑滴る季節で、車の窓を開けるとエゾハルゼミの大合唱が聞こえる。九州山地では標高1000丹幣紊亮然林地域がやはりこのようにエゾハルゼミの大合唱を聞くことができる。初夏の気温が18℃を超えると鳴くブナ帯の蝉である。どれか一匹が鳴き始めるとその鳴き声に呼応して一斉に鳴きはじめ、その鳴き声はまるで森から湧き上がるように聞こえる。
 長谷村に差し掛かると河川工事のダンプカーがひっきりなしに行き交う。川の石がとても美しい、変成岩だろう。川岸には、アカシヤの木が白い花を一面に咲かせている。断層地帯のため防災工事が盛んに行われ、アカシヤの木も地すべり防止の目的で植栽されたのだろうか。
 やがて長谷村の「気の里づくり」の生涯学習センターが見えてきた。ここに宿泊を予約していたが、そのまま分杭峠を目指した。標高1400辰瞭修泙罵縞襪貲る坂道を車はオーバーヒート気味にあえぎあえぎ登って行った。ようやく峠に辿り着くと「従是北高遠領」という文字を彫り込んだ立派な石柱が立っている。が、「気の場」の案内板は見あたらない。
 「おかしいなあ」。つぶやきながら付近を見回すが人影は見当たらない。しかし、車は数台そこにに止まっている。と、道路下に防災工事現場のプレハブの事務所らしい建物が見えた。車が入ってきた。そこでプレハブ小屋に降りて行き「地場ゼロ地帯とはどこですか」と尋ねた。五十がらみのその男は、見た目はいかつい格好をしているが、優しく笑って「案内しますよ」と先にたって歩き始めた。後をついていくとやがてその先に歩道が見え、その延長線上に樹間を通して人影がみえる。「あそこですよ」と指をさして現場の人は立ち去った。
 細い急な歩道を降りて行くと若い男女が5〜6人いた。「ここですか、気の場は」と声をかけると「そうですよ」といって笑った。そこは、小さな沢になっていてその窪みに1坪弱ほどの広さに石を積み上げて平らにしたところがある。その中央に立っていると気分がいいという。しかし、筆者はなんにも感じない。「うーん」とうなりながら下の方を見ると10メートル程降りたところに湧き水がありそこで水を汲む人がいる。よくみると石の上にいた人たちも、みんなペットボトルを携えている。「ああ、この水を汲むためにもってきたのか」と納得した。そこへ降りていき、かけひの水を口に含んでみた。特に感じるものはなく、普通の湧き水のような気がした。しかし、人々はこの水は元気のもとだという。
 わけの分らないまま、生涯学習センターに引き返し投宿した。その夜、中央構造線の謎を探る会の後藤拓磨さんと長谷村教育長の池上さんと会食をしながらお話を伺った。根掘り葉掘りという感じで質問してみた。この方々はかなり勉強されている。もう、学者だ。
 翌朝、窓外がしらじらとして夜が明けてきたので再び分杭峠に登ってみた。すると夜明けだというのに、もう例の石を敷き詰めたその上に人がいる。「どちらからですか」と尋ねると、松本からだという。「朝日の昇る頃が一番気を多く感じます。気持ちがいいので時々来ています。」とおっしゃる。

個性的な講師陣
 こうしてシンポジウムのキーの部分は決った。次は、科学的に検証するため地質学者の参加が必要になる。そこで、ホームページから検索して探していたら、宮崎大学の地学教室の山北聡先生のホームページ「山北研究室」があり、中央構造線については専門家であるらしいことが分った。そこから講師のお願いを始めた。先ず、後藤拓磨さんの「中央構造線の謎」のリポートをメールで送った。すると次のようなメールが返ってきた。

『秋本 様  霧立越シンポジウムの資料拝見しました。一昨日は,九州脊梁山地の地質についての講演というご依頼でしたので,お引き受けしましたが,資料を拝見して,参加することを躊躇するようになりました。
 それは,このシンポジウムが,「構造線上のミステリースポット」といったような,一種の「超常科学」あるいは「神秘主義」を基調としているように読みとれるからです。
 リポートにあるような,「中央構造線に沿って様々な謎が存在している」などというのは,以下に述べるように,およそまともな議論に耐えるものではありません。
 まず,「中央構造線の真上に、あるいは近辺に、諏訪大社、山住神社、鳳来寺、伊勢神宮、高野山、石鎚山、阿蘇の元伊勢とも言われる幣立神宮など,昔から聖地と呼ばれてきた山や神社、お寺が集中してある」という点です。
 これらのうち,高野山・石鎚山や阿蘇は中央構造線からは10km以上離れていますから,これを「近辺」と言っていいのかという問題はありますが,それはまあおいておきましょう。では,出雲大社・住吉大社・熊野大社・熱田神宮等の神社は?。石槌と並ぶ修験道場である四国の剣山や紀伊半島の大峰山,あるいは恐山や羽黒山のような東北地方の霊場は?。これらは中央構造線とはなんの関係もありませんね。ここには,「超常科学」に典型的な論理構造のパターンが,はっきり表れています。
 すなわち,中央構造線と有名な神社や聖地という2つの事象が同所的に見られる例があることから,両者に関連があると短絡する論理です。ここで,2つの事象の関連を立証するのであれば,まず必要なことは,同所的(あるいは同時的)に発現する例を列挙することではなく,片方の事象の発生確率ともう一方の事象の発生確率との間に正の相関があることを示すことです。
 つまり,「中央構造線近辺には神社や聖地が多いが,それ以外のところには少ない」ということを示さねばなりません。中央構造線の近辺にも在るが,それ以外のところにも同じように在るのであれば,両者の間には特になんの関係もないことになります。両者が同所的に見られる例は,単なる偶然ということですね。
 中央構造線の総延長は1000km程度在りますから,その両側に10km,あわせて20kmの幅の地帯を考えれば,その面積は2万平方kmになり,日本全体の面積の5%以上を占めます。もし,日本全体で古くからの有名な神社や聖地が200あれば,特に中央構造線との関連はなくても,上の地帯の中には平均的に見て10以上の聖地が存在するはずです。上に挙げられた聖地のうちいくつかについては,その立地条件は中央構造線とは無関係に他の要因で制約されていることは容易にわかるでしょう。
 たとえば,伊勢神宮はもともと太陽神信仰が起源ですから,海からの御来光を拝むことができて,畿内中心部から近いところを求めれば志摩半島が最適ということになるでしょう。石鎚山についても,同種の修験道場である剣山・大峰山との関係で考えれば,単に高い山で(石鎚山・剣山はそれぞれ四国の最高峰と2番目,大峰山系は近畿地方の最高峰)岩場の多いところを求めた結果にすぎないでしょう。
 また,中央構造線の位置とある事象の発生確率との間に相関があった場合でも,「気の場としての断層」というような,実証不可能な怪しげなものに根拠を求めなくても,通常の諸科学の論理的枠組みの中で容易に説明できるケースがほとんどでしょう。たとえば,「後醍醐天皇は、中央構造線上にある奈良の吉野を拠点として、その沿線上に皇子たちを配置し、北朝方に対抗した」という点については,中央構造線に沿っては谷地形が形成されており,そこには交通路が発達します。
 近畿地方については,紀ノ川や吉野川沿いの低地や谷,高見峠から伊勢方面に出る櫛田川沿いの谷等がそうで,現在でも国道24号線・166号線などが通っています.吉野は,両水系の接点にあたっていますから,北朝方の根拠地である京都からある程度離れ,東西交通の要所に位置し,さらに兵力に劣っていてもゲリラ戦等で防衛しやすい山岳地域であるという条件を考えれば,軍事的拠点として吉野を選択することは理にかなっています。
 また,「皇子たちを中央構造線に沿って配した」というのも交通路を確保するための当然の戦略です。「猛禽類のサシバが渡りに際して,中央構造線上の伊良湖岬に集結する」というのも,餌場に乏しい海上や濃尾平野の市街地を極力避けて東海地方から近畿地方へ移動しようとすれば,伊良湖岬から志摩半島へというルートしかありません。渥美半島や志摩半島のように東西に延びた半島地形の形成は,中央構造線を含む地質構造と無関係ではありませんが,そこに神秘主義の入り込む余地はありません。
 もし,シンポジウムがこのような「超常科学」に依拠して行われるのであれば,残念ですが,私は協力できかねます。』と。

 これは困った。ガ―ンと脳天を叩かれたようだ。膨らましていた夢がいっぺんに潰されたような気がした。途方にくれたがようやく思いなおして再び次のようなメールを打った。

『山北聡先生 やまめの里の秋本治です。mailありがとうございました。
 先生の歯切れのいい切りこみ方はとてもわかりやすく、これこそがシンポジウムだと思いました。私は中央構造線についての知識がありませんが、先生のお説のとおりだと思っている一人です。「そんなことがあるはずがない」と。
 それで、長野の取組みに疑問を持ち、それなりに行って調べてみましたがその熱心さに、これは一体なんだろうと思いました。最初に分杭峠の「磁場」を見つけた人は、国土交通省のキヤリアだというのです。そして、長谷村役場が「気の里」づくりに取り組み「気の里生涯学習センター」を建設して村おこしをしている。行政がこれだけのことをしているその論拠は一体何?。東海大学の佐々木茂美教授の「気」論にもちょっとついていけそうにありません。
 しかし、スーパーカミオカンデの実験では地球をも突きぬけていくニュートリノに質量があるという。こうした不思議を考えると「超常現象」ではなくて、もしかしたら何かあるのではないか、などの期待が膨らんだのです。謎めいたことには素人は多くの尾鰭をつけたがります。発想が豊かだと思ってください。科学はそういった誤りの部分を正していくことも大きな役割があるのではないでしょうか。
 21世紀は、心の時代ともいわれます。人々は癒しを求め、謎めいたことにのめり込んでいく傾向にあります。麦飯石、トルマリン、水晶、活性水素水等々どこまでが真実かわからないことが多いのです。これからの地域づくりには、そうしたことに対して正しく学問的にもきちんと整理していかなければならないと思います。
 磁場はガウスメータ等で分析できるのか。滝音によるヒーリング効果があるとするならばその周波数成分等によって滝音が人間にとって心地よいかどうかその因果関係が分析できるのか。また、滝の周りに立っていると気持よくなるのは人間の静電チャージが滝のミストによりディスチャージされ、大地に対して電位が減少していくからではないか?、滝付近の浮遊ミストの粒子径やミスト濃度などを測定し、アースに対する人間の電位変化を測定できないか。など、疑問を科学することにはとても興味があります。
 ですから、先生には、先生の見解をきちっとお示しいただきたい。私は決して一方的に誘導しようなどとは考えておりません。あることに先生を加担させたような結果になってはいけません。それは、これまでのシンポジウムの記録をご覧いただければご理解いただけるものと思います。「まともな議論に耐えるものではない」と思われる部分があることはごもっともだと思いますが、それはそれで素人の考えとして否定していただきたい。今回のシンポジウムは、特にそういう意味で学問的にもきちんと押さえなければ、このフォーラムは成立しないと思って先生にお願いしたいのです。
 最初、脊梁山地の地質についてご講演頂き、パネルディスカッションで否定すべきはきちっと否定していただければと考えていましたが、逆に後藤拓磨氏に構造線の謎を講演頂き、その後小林伸行さんに滝のお話を頂き、最後に先生から講演いただいて否定すべきはきちっと否定いただいても結構です。フォローはパネルディスカッションでもできます。
 もう一つは、地下構造についても私たちは学びたい。しかし地質構造について学びましょうといってシンポジウムを開いても誰も振り向いてくれそうにありません。そこで、リポートのように「構造線の謎」などをタイトルにすれば多くの方が関心を寄せてくれます。そんなノリで書いたのですが、お気にさわられたらお許しください。
 もし、タイトル等問題であればご指示いただければ変更したいと存じます。シンポジウムの進行についてもご教示願えたらと思います。先生!、お怒りにならないでください。ご迷惑をおかけしますが、再度ご検討くださるようよろしくお願いします。そして、これから脊梁山地の地質調査に私たち霧立越の会員も霧立山地には詳しいので情報提供やご協力させていただきたい、そんなことを希望しています。』

 すると、再び山北先生からのメールが入った。

 『別に私は怒ってはおりませんよ.多少驚きあきれたという部分はありますが。これまでのシンポジウムの記録をweb pageで拝見する限りでは,まじめな内容でやっておられるものと推察いたします。それだけに,今回のシンポジウムは,これまでのものとは異質で異様な感じがします。
 では,シンポジウム参加にあたって,いくつか条件を付けさせてください。まず第一に,シンポジウムの宣伝や事前の紹介の際に「中央構造線の謎」といった後藤氏の見解について,肯定的に言及しないこと(「こういう説がある」と事実として紹介するのであれば,シンポジウムの内容を外部に示す上で必要でしょうからかまいません)。
 シンポジウムの趣旨がそういうものだと受け取られるなら,それに参加することは,私にとって極めて不本意なものとなりますから.この点で,先のリポートの文章は不適切であると思います。
 第二に,同じ意味で,シンポジウムのタイトルについては,「謎」はまあしょうがないとしても,「ミステリースポット」といった神秘的・超常的な印象を与える表現を用いないこと。
 第三に,上の問題と関連して,私の講演が「中央構造線の謎」説に与する立場からのものでないことを明記することです。
 第四に,パネルディスカッションでは,後藤氏の「中央構造線の謎」説に対する反論の機会を保障していただきたい。私の講演は,中央構造線や秩父累帯の日本列島・東アジアの中での位置づけやその形成過程,それを踏まえての宮崎県北部の地質の具体的な紹介という内容で行うつもりですが,この講演は後藤氏の話とはおそらくまったく噛み合わないでしょう。そのことは,前回のメールで私が述べた内容には,中央構造線の位置に関する情報を除けば,地質学的な内容は含まれていないことを見れば明らかです。後藤氏の見解を否定するには,特に専門的な地質学の知識など必要ありません。歴史学や地理学などのごく一般的な知識と論理的思考さえあれば十分です。そのような話をするだけなら,私が講師として呼ばれる意味はないので,講演は地質学に関して行いますが,「超常科学」に対するきちんとした批判は別途必要でしょうから。
 パネルディスカッションは,これまでのシンポジウムでの建設的なものとはうってかわって,場合によっては,TVのオカルト番組での大槻義彦と織田無道の対決のような不毛なものになるかもしれません。それでもよければ,上記の4点を条件に参加することにします。
 非科学的で社会にとって利益にならない妄説に対して,その誤りを明らかにすることは,科学の徒としての社会的責務であり,そのような活動に積極的に参加しておられる大槻氏や安斎育郎氏・菊池聡氏らに日頃から敬意を表している以上(大槻氏の具体的な論点については,違和感を感じる部分もありますが)自分にも同様の要請があった場合に,逃げるわけにはいきません。』という返事がきた。

 この先生はかなりきついなあ。どんなシンポジウムになるのだろう。不安はつのるばかりである。が、まあ、これでなんとか見とおしをつけることができた。
 後藤拓磨氏にもこのことを伝えなければフェアじゃないと思い、山北先生のリポートをそのまま転送した。後藤氏からは次のようなメールが届いた。

『秋本 治 様 飯田の後藤拓磨です。
 宮崎大学の先生の反論ですが、小生が、3年前に作ったHPで反論されておられるわけでして・・・・正直に言いまして、当時は、小生も具体的に調査活動をする前でした。 いろいろ戦略上の思惑もあり、「夢」を広げたのが、あのHPです。
 たとえば、高野山が、中央構造線から少し離れていることも、当時から、知っておりました。  しかし、いずれにしても、高野山も断層(別の)上にあるようです。あのHPは、一緒に「夢」の探索をしようと、仲間を呼びかけるHPです。宮崎大学の先生を説得することを目的とした、学術的なものでは、ありません。しかし、よく、宮崎大学のそんな先生が、参加をOKされましたね・・・・そんな怪しげなシンポには、出たくないと、よくおっしゃいませんでしたね(^^)。』

 再び山北先生からメールが届いた。

『秋本 様  無理を聞いていただいて,ありがとうございます。いくつか気がついた点を挙げてみます。
<九州には、臼杵-八代構造帯と呼ぶ日本列島を二分する巨大断層の中央構造線があり、その南部には仏像構造線が並んであります。五ケ瀬町から椎葉村にかけては、こうした2つの断層に挟まれた地域で、そのシンボル的なものが祇園山の四億三千万年前(シルル紀)の地層です。>
祇園山のシルル系が「中央構造線と仏像構造線に挟まれた地域のシンボル」というのは正確ではありません。むしろ,この地帯の中では特異な存在であり,このような異質な岩石が存在している部分が「黒瀬川帯」として識別されています。

<この2つの断層に挟まれた秩父累帯といわれる古生層には、金、銅、スズ、マンガン等の鉱物類も生成され廻淵鉱山、財木鉱山など大規模な鉱山跡があります。>
これらの鉱山のうち,マンガンの鉱山は秩父累帯の地層と直接に関係しますが,金・銅・スズについては,第三紀の火成活動にともなって形成されたもので,秩父累帯と直接の関係はなく,秩父累帯以外の部分にも同時期にできた同種の鉱床が存在しますから,この表現は誤解を招くでしょう。
 なお,秩父累帯の地層は,昔は古生代のものと考えられていましたが,かなりの部分は中生代のものということが明らかになっていますので,現在では「中古生層」と呼ぶのが普通です。また,上の文中の「鉱物」は「鉱石」の方がよいでしょう。
<また、1999年5月には、珍しいサクラの群落が発見され地域固有種として、和名「キリタチヤマザクラ」、学名「Cerasus sargentii Ver.akimotoi 」と命名され学会の注目を集めました。>この学名中の「Ver.」は,「Var.」(「変種」の意)ではありませんか。』
 とある。「うひゃあ、さすが大学教授だ」さっそく原稿を訂正する。滝については、滝のホームページが充実していることから、熊本の小林さんにお願いし、後藤拓磨さんの紹介で、フルート奏者の森田さん、新潟の芳賀さんで脇を固めた。町長、県知事、マスコミ関係者に後援依頼状を提出するなど一歩一歩シンポジウムが現実のものになっていく。
 準備しながら、宮崎大学の山北聡先生には一度ご挨拶に行った方がよいのではないかと思った。これまで誰からの紹介もなく面識のないままメールのやりとりだけで進めていたからだ。あの厳しい批判にも圧倒された。そこで、シンポジウム開催の一週間前になって出かけた。

 正門から入って左に大学の事務所はあった。「あのう、地学教室の山北先生はどちらでしょうか」と室内に入って聞くと事務服の女性が研究室のルームナンバーを教えてくださった。教えられた階に上がり部屋の番号を見極めてノックする。返事はない。そこでドアのノブに手をかけてまわしたらドアは開いた。「失礼します」と言って室内を覗いたとたん「しまった、部屋を間違えた」と思った。その部屋は床に紙類が散乱していて床面は見えないほどだ。しかし、書棚にはびっしりと本がきっちり整理されていた。「どうやら整理中の倉庫と間違えたようだ」。あわててドアを閉めてルームナンバーを確認するが間違ってはいない。「さては、聞き違えたか」と、もう一度事務所に降りて先程の女性の方に確認するが間違っていないようだ。狐につままれたような気持ちで突っ立っていると、「部屋にいらっしゃらないとすると多分講義中かもしれません、夕方5時前ころにはいらっしゃいますよ」と教えてくださった。

 やむなく外へ出て時間をつぶし、夕方5時前に再び事務所を尋ねて「山北先生はもう部屋にお戻りでしょうか」と聞くと「直接行ってください」といわれる。「お電話してくださいませんか」とお願いしたら、女性の横の男性職員が「電話してもどうせ出られませんよ」とおっしゃる。「部屋にいても電話に出られないのだろうか」。いぶかりながらも階段を上がっていく。山北先生の部屋の近くに着いた時、スーツ姿の先生がそこを通りかかった。「すみません、地学教室の山北先生のお部屋はどちらでしょうか」と聞いたら、「あっ、そこですよ、その部屋。」と、先程倉庫と思った部屋を指される。「ノックして声が聞こえたらいらっしゃいますよ」といってその先生は通り過ぎた。
 恐る恐るノックしてみる。すると「ハーイ」という声が聞こえたのでドアをあけたら、顔中髭だらけで半ズボン姿の熊のようながっちりした体格の男が、床一面に散乱した紙を踏みしめてガッサガッサと音を立てながら近づいてきた。一瞬身をひいて、恐る恐る「あのう、山北先生でしょうか」というと「そうです」とニコニコして立っていらっしゃる。その笑顔からすると恐い人ではないらしい。「ここではなんですから」と隣の小さな部屋に案内されてようやく気を取り戻した。ここで改めてシンポジウムへの講師要請と内容の打ち合わせをすることができた。それにしても不思議な先生である。
 驚くことがもう一度あった。それは、シンポジウム初日の滝開きである。滝発見以来、年に一度滝開きをしてアピールしょうと企画したものである。滝開きは、神主の祝詞(のりと)奏上から始まる。そして、玉串奉奠、テープカットなどが続く。
 玉串奉奠の時がきた。各界の代表の方々にお願いすることとし「講師を代表して山北先生お願いします」とお名前を読み上げた。すると先生はニコニコしながら近づいてきて、「私は宗教行事には一切参加しない主義でして」とおっしゃって引き下がられた。これまで山開きとか起工式とかいろんな行事で神事を体験してきたが断られたのははじめてある。
 考えてみると神事は宗教行事なのか。これまでは只の儀式として、節目節目の一種のイベントとしかとらえていなかった。例えば、山開きにしても、神事を行なってテープカットしてから登山をはじめれば、なんともいえない清々しさがある。また、生きとし生けるものへの感謝の念をあらわすものでもあり、自然への畏敬の念をもつ日本固有の精神文化だと思っていた。それが、地球環境問題の意識としても重要だと思っていた。
 「そうか、地学の先生は植物や動物がこの世に現れる以前の、地球の生い立ちから、岩石ができ、地層や断層がどうやってできたかなどを研究されているため、生きとし生けるものとか、自然への畏敬の念などということには縁のない世界にいらっしゃるんだろうなあ」と思い直すことにした。「それにしても今度のシンポジウムは、えらいことになるぞ」。背筋に冷たいものが走った。

マイナスイオン
 シンポジウムの企画をすすめていく中でも幻の滝は気になる存在である。幻の滝を検証するにはどうしたら良いか。熊本で登山用品の店「Outdoors' Home 峯夢」を立ち上げた小倉伸一さんは、実験機器の制作などでも有名な島津製作所に勤務されていてプラズマ工学の専門家である。氏に相談したところ、つぎのような提案がなされた。 「ご諮問の必要機器の件についてですが、秋本様の言われる滝のもつヒーリング効果には下記の物理現象が関係しているのではないかとの仮説を立てると、下記のものがあると良いと思います。それぞれの物理量測定は担当分野が異なりますので、私の方でも各々知見のあるものに相談して再度確認したいと考えています。また各々その分野ではすでにデータ取られているかもしれません。

1.滝音のヒーリング効果の確認実験、およびその周波数成分分析
目的:
‖豌擦鮨Hzから超音波レベルにわたる高感度マイクとレコーダで録音し、それを聞かせた人間の脳波のα波、β波の発信状況を調査する。
△泙深波数分析と、秒レベルでのビート(存在するなら)を測定し、滝音が人間にとって心地よいのか、もし心地よいならばその因果関係を分析したい。,惑焦伐奮悗凌佑留援とダイナミックNMRという大がかりな装置が必要ですが、△呂修譴曚漂て颪任呂△蠅泙擦鵝
担当分野:音響工学・脳波科学
機材: マイク(5Hz-40000Hz)、マイクアンプ、FFT(高速フーリエ分析)アナライザー、ディジタルレコーダ ダイナミックNMR

2.磁場分析:
目的: 秋本さんの言われていた無磁場地帯の実証に必要です。
担当分野:磁気工学
機材: 高感度ガウスメータ(電圧出力付3次元プローブがベター。1方向でも可)、マルチチャネルレコーダ

3.浮遊ミスト粒子径・ミスト濃度測定
目的: ミストと人間の関係
担当分野: エアロゾル工学
機材: 調査します。少々お時間をください。

4.滝の上記空間でのアースに対する人間の電位変化
目的: 滝の周りに立っていると気持よくなるのは人間の静電チャージが滝のミストによりディスチャージされ、大地に対して電位が減少していくからではないか?これを検証する。
担当分野: 静電工学
機材: 地中埋設アース板、木炭、ケーブル、マルチメータ(μV電位計)」

 しかし、これらの実験はかなり専門的で素人には難しそうだ。そんな時、毎日新聞にマイナスイオン特集が大きく掲載された。どうやら滝のマイナスイオンは、市民権を得ているらしい。幻の滝は、マイナスイオンの量に特長があるのかも知れない。
 そこで、さっそくなじみの毎日新聞記者に記事を執筆された毎日新聞東京本社科学環境部の記者を紹介していただき、連絡をとった。すると、

「やまめの里秋本治さま。 毎日新聞をご愛読いただき、ありがとうございます。
さて、幻の滝のマイナスイオン測定についてですが、基本的には、「イオンカウンター」がなければ、イオン数は測定できません。そこかしこにある機械ではなく、購入すると高価です。
 例えば宮崎大学や、宮崎医科大などに、お持ちの先生がいらっしゃればいいのですが。九州南部で、思い当たる先生がいないのです。
 どうしても、という場合は、イオン数を有料で測る企業があるようです。株式会社エコホリスティック(西村純一代表)。この人は日本機能性イオン協会という団体の事務局長を務めています。協会がどんな団体か、企業の業態などは、取材していないので分かりません。
 基本的に、滝のそば、自然の中は、マイナスイオンが豊富だといわれています。数は、水の流れる(落ちる)激しさに比例しますが、天気や風向き、時間によって刻々と変わるので、「豊富だ」という既知の事実以外は、1万でも10万でも、あまり重要ではないという気がします。
 でも、滝のPRのためのイベントとして測定なさるのであれば、カウンターを持っている人を探すか、業者に頼んでしまうというのも方法でしょうか。
 話は少しずれますが、この「幻の滝」発見というのは、ニュースとして報道されているのですか?当社の宮崎支局には、お知らせいただいているのでしょうか?私はそちらの方が、興味があるのですが。
 マイナスイオンについては、宗教めいたものからうさんくさいものまで、情報が入り乱れて、本当に科学的な検証が埋没したり、信用されないという状況です。記事のあと、いろんな反響がきて、驚くやら、反省するやらです。ご不明の点があれば、なんなりと。」

という返事をいただいた。その後も情報をやりとりするなかで、マイナスイオン計測器(イオンカウンター)を購入することが最良の方法と思えた。10万円ほどの投資であるが致し方ない。  その機器が届いた時、熊本のテレビ局から滝取材の申し込みがあり、さっそくマイナスイオンカウンターの出番となった。おっかなびっくりで機器を携え目的の地へ降りたった。そこで計測をはじめる。すると滝つぼ近くでは、10万個(1立方センチ中)を超えてマイナスイオンが検出されるのである。出発前に事務所内で計測した時は、数百であったのに。

 その後も日にちをおいて数回計測に現地へ行ったが、どうも計測に誤りはないようだ。機器のメーカーとも計測方法についてやりとりしたが間違ってはいない。
 なぜこんなに多いのだろう。やまめの里近くの「白滝」や「うのこの滝」にも出かけて計測してみた。すると2〜3万個である。特に「うのこの滝」は水量の多い日であったため幻の滝より数百倍の水量があり、その瀑布には圧倒されたが水量の割にはマイナスイオンが少ない。水は汚れていて透明度も悪い。かすかに悪臭が漂い、水際にはビニールや発泡スチロール、空き缶、ペットボトルなどあらゆる生活物資の残骸が漂っている。しぶきに濡れた岩場はぬるぬるしていて気持ちが悪い。
 幻の滝は、飲んでも美味しい水だ。しかも、その清水は滝の岩場に幾度となくぶっかりながら落下している。そして、人が入れる場所は150辰曚浜邵垢里△誅滝の一番上の滝の部分で落差75mの滝つぼであり、滝全体の中間地点となっている。このためマイナスイオンが異常に多いのかもしれない。良い水質は水のクラスターが小さくてマイナスイオンの発生が多いと機器メーカーから説明があった。水質と水温と環境によるものであろうう。
 テレビ局取材の後、テレビ局のホームページには、女性リポーターの感想が下記のように掲載されていた。

「 最近流行りのマイナスイオンの威力を体で感じてきました。宮崎県と熊本県の県境の山の中に、去年発見されたばかりの滝があります。音はすれども姿は見えず・・・なかなか発見されなかったその滝は、険しい山々に囲まれ身を潜めているのです。幻の滝とも言われていた滝を見に行こう!という番組の企画で向かったのですが、進む道は正にけもの道・・・。ボロボロになりながら、たどり着いた先には生命力があふれた見事な滝がありました。その姿の美しさは神秘さえ感じさせるのもでしたが、居心地のよさは科学的に証明されたのです。そう、マイナスイオンです。
 同行してくださった登山家の方がこれまでに計測したところ、街中で計測されるマイナスイオンはおよそ200〜400、川や噴水の側で2000程度ではないかと教えてくださいました。しかし、その幻の滝の側では100000です!10万ですよ!!ケタ違いです。
 そこにいるだけで頭や体が軽くなって、全身の力が抜けていく。ボロボロになっていたはずの体の疲れを感じないんです。これです!これですよ。
 覚えていますか?宮崎駿監督が描いた「もののけ姫」の中でアシタカが傷ついた男を抱えて山道を歩くシーン。森の中の水辺で休んだ後、「嘘のように体が軽くなった」とつぶやきます。もしかするとあれは、マイナスイオン効果のことを、言っていたのかも知れない!!
 以来、すっかりマイナスイオンの虜になってしまった私です。あぁ、癒されたい! 」


 こうしてマイナスイオンカウンターが活躍することになるが、それでもまだ、マイナスイオンは市民権を得るところまでにはなっていないようだ。シンポジウムの前夜、講師を囲む懇談会は盛りあがった。そこで、マイナスイオンカウンターを持ち出して室内のマイナスイオン計測をはじめたが、講師の山北先生曰く「マイナスイオンとは水蒸気のことをいうのだ。そのシャブシャブの鍋の蒸気をカウンターのほうにおくってごらん」とおっしゃって蒸気をカウンターの方向にあおいだけれど反応はない。水温の高い蒸気からはマイナスイオンは発生しないのである。滝のレナード効果も水質によってマイナスイオンの発生量に差がある。識者の間でも「マイナスイオンとは水蒸気のこと」というような誤解があることが分った。まだ、市民権は得ていないのだ。次はマイナスイオンのシンポジウムでもやるか。
マイナスイオン測定データ
測定場所 マイナスイオン(個/立方センチ) プラスイオン(個/立方センチ) 測定日
ホテル事務所 400〜600 2002.7.7
ホテルフォレストピア橋上 2000〜3000 2002.7.7
幻の滝 上部 段の上 30000〜40000 200〜300 2002.7.7 
幻の滝 滝つぼ近く 80000〜100000 2002.7.7
白岩山山頂 3000〜7000 1000〜2000 2002.7.10 
幻の滝 林道下り口 7000〜8000 2002.7.13
幻の滝 上部の神事の場所 8000〜10000 2002.7.13
幻の滝 上部 段の上 30000〜50000 2002.7.13
幻の滝 滝つぼ近く 80000〜100000 2002.7.13
白滝 滝つぼより50地点 10000〜15000 2002.7.17
うのこの滝歩道終点先岩の上 17000〜20000 2002.7.17
うのこの滝 滝つぼ 岩の下 27000〜33700 2002.7.17

霧立越の歴史と自然を考える会
会長 秋本 治

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第13回霧立越シンポジウム
九州脊梁山地文化圏
平成22年10月24日〜25日


第12回霧立越シンポジウム
『柳田国男100年の旅』
平成20年7月19日〜21日




第11回霧立越シンポジウム
『自然体験とインタープリテーション』
平成20年5月10日(土)〜11日(日



第10回霧立越シンポジウム
西南戦役130年
平成19年4月21日〜23日



第9回・霧立越シンポジウム
過疎山村の町村合併を考える
2002年11月22日



第8回 霧立越シンポジウム
幻の滝を考える
2002年7月20日〜21日
 


第7回 霧立越シンポジウム
キリタチヤマザクラを語る
2000年4月30日
 


第6回 霧立越シンポジウム
日本上流文化圏会議
1997年11月2日
 


第5回 霧立越シンポジウム
森とくらしのあり方を探る
1997年5月17日
 


第4回 霧立越シンポジウム
霧立山地と自然
1996年11月8日
 


第3回 霧立越シンポジウム
霧立山地の植物
1996年5月11日
 


第2回 霧立越シンポジウム
タイシャ流棒術350年と霧立越
1995年10月2 1日
 


第1回 霧立越シンポジウム
「霧立越を語る」
1995年5月14日
 


森シンポジウム
―地域の光の創造と発信―
1992年10月25日

五ヶ瀬ハイランドスキー場
パネリスト
竹内宏氏(長銀総合研究所理事長)
後藤春彦氏(三重大学助教授)
藤井経三郎氏(リブ・アソシェーツ代表)
車 香澄氏(福岡大学教授)
長沼武之氏(宮崎県観光振興課長)
秋本 治 (やまめの里代表)
コーディネーター
鈴木輝隆氏(落ち穂拾いの会)



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2009.03.10〜